(その2)

長次は、すぐさま役所に運び込まれて医師の手当てを受けた。

首の傷は致命的なものではなかったがじぶんの人足長屋で横になった。

新吉は役所で篠塚同心にいきさつをたずねられた。

河口の土手で見たままをいうと、

「いい年をした長次は、若いお前にぞっこんのようだな」

長次よりもさらに年上の篠塚同心は、それを冷やかすでもなく、おだやかな顔でいった。

「うっとうしくってたまりません」

新吉が無愛想に答えると、

「長次はお前にだけには気を許しているようだが、何か島に来る前のことを話していなかったかね?」

とたずねたが、

「いえ、何も。よしんばそれを聞いたところで、お役人さまに告げ口などはしません」

新吉は取りつく島もなかった。

「長次を襲ったふたりの男は、おそらくやつの昔の悪い仲間だろう。悪事をして稼いだ金の分け前でもめたまま、長次はここへやってきたのかもしれん」

篠塚同心は、ひとりごとのようにつぶやいた。

「そいつは、長次に聞いてください。あっしにはかかわりのないことです」

といった新吉が座を立とうとすると、

「まあそう急くこともなかろう。ちょうどよい機会だ。お前の出所について話がある」

と、篠塚同心は押しとどめた。

新吉がやむなく腰を落とすと、

「お前はここへ来て三年になる。三年というのは出所のひとつの目安ではあるが、無条件にここを出られるわけではない。だが、ここで働いて得た賃金の積み立てが基準を越え、身元引受人がいればいつでも出所はできる」

篠塚同心は諄々と説いた。

「たしかに、お前は陰日向なくよく働く。賃金の積み立ても順調だ。それは認めよう。だがな、いつもふてくされて反抗的なお前には、正直手を焼いている。人足寄場というのは、罪を悔いて更生しようという罪人に技能を教えて定職につかせ、無宿者などにはさせまいとするお上の慈悲から出たことなのだ」

新吉は、その能書きは、それこそ耳にたこができるほど聞かされていた。

「しかし、かんじんのお前に更生しようという思いがまるで見えないのだ」

篠塚同心は決めつけるようにいった。

・・・更生しなければ島から出られないのか?

急に胸が苦しくなった新吉は、

「罪も犯してねえのに、どうして更生なんぞできるんで」

悲鳴のような叫び声をあげた。

「ほほう、罪を犯していないとな。では、無実の罪でここへやってきたというのか?」

蜘蛛がその糸に獲物をからめとるように、篠塚同心は新吉をじわりと引き寄せた。

・・・お役人にそんな冤罪まがいの話をしては、島を出たその足でお上のお調べに手落ちがあったと奉行所に訴え出るとか、元の雇い主のところへ意趣返しに行くと疑われるかもしれない。

・・・うかつなことはいえなかった。

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