後編
「さて、なんか変なやつが乱入してきたが、気を取り直して配信を……」
「待って。無視しないで。なんでスルーしようとするの」
突然の闖入者を華麗にスルーし、配信を続けようした俺にかかる待ったの声。
その声の主が誰なのかは言うまでもないだろう。
NTRぶっ殺大権現などという不敬極まりない名を語る不届き者である。
「チッ、なんでもなにもないだろう。ここは我のチャンネルだ。今日はコラボの予定もなかったのにいきなり乱入してきた輩など、無視して当然ではないか」
慈悲深い俺は仕方なく答えてやるのだが、口から出てくる内容はまさに正論そのものだ。
一部の隙もないと自負できるし、さっさといなくなって欲しかったのだがそう上手くはいかないらしい。
「舌打ちとかしないで。まな……貴方にされると傷付く。もっと私に優しくして」
「はぁ? なんで我がお前に優しくする必要があるのだ。優しくしてもらいたかったら名前をNTR好き好き大好き権現に改名してから出直してこい。それが道理というものだろう」
図々しいことを言ってくる大権現のことを、俺は思い切りぶった切る。
同時に確信した。この大権現とやらは、俺のアンチなのだろうと。
世の中にはまだまだ寝取られを嫌う輩は数多く存在しているため、時たまこういった奇行に走るものが現れるのだ。
寝取られこそがこの世の真理であり、純愛のほうが間違っているというのにな。全く嘆かわしいことだ。
「それはできない。貴方は間違っている。NTRなんていう狂った概念を信仰するなんて、頭のおかしい人のすること。つまり、今の貴方は頭がおかしくなってるの。それをこの私、NTRブッ殺大権現が正してあげる。幼馴染との純愛こそが正しき道なんだから」
そして案の定と言うべきか、大権現はそんなことを言ってくる。
俺がおかしいと否定したところで、俺が意見を変えるとでも思っているんだろうか。
あまりの考えの浅さに、思わず鼻で笑ってしまうのも仕方ないことと言えるだろう。
「ハッ、なにを言い出すかと思えば。人に物を説きたいというなら、まず手順を踏んでからにすべきだろう。お前がやろうとしていることは、正当性の欠片もないという自覚はあるのか?」
「……む。それは」
「ないだろう? お前らアンチはいつもそうだ。一方的に人の考えを否定し、おかしい間違ってるなどと口にするが、それで人の心が動くはずもないんだよ。まずは現実でもっと人と関わり、感情の機微とコミュニケーションを学んでから出直してこい。その後なら我はいつでも相手をしてやる」
そう締めくくり、俺は天を見上げた。
決まった……。カッコよすぎる、さすがすぎるぜ、俺。
画面を見ると、大量のコメントが流れている。
『さすがDMJ! 完璧すぎる論破だぜ!』
『普段は頭おかしいことしか言わないくせに、変なとこだけまともだよな』
『純愛なんてやっぱクソだわ。これから寝取られで抜いてきます』
『ちょっと彼女寝取られてくる』
『そんなこと言えるならなんで寝取られに走るンスか、先生! つーか道理を説くならお前がまず配信やめろ! ラブコメ描いてるくせにそんなんやってるからアンチが増えるって自覚しろッス!』
ごく一部を除き、どれも俺に肯定的な意見ばかりだ。
どうやら今のやり取りはネットでも拡散されているらしく、チャンネル登録数もガンガン上がっている。
(ククク……感謝するぜ、大権現。これで俺はまた、純愛から寝取られを取り返すことが出来たんだからな)
アンチすら糧にして、俺は前に進んでやろう。
やつらは俺の無限の寝取られの中で、剣として墓標に刻まれるのだ。アンチ乙!
「さて、色々あったが配信の続きといこうか。純愛など、やはり間違っているからな。これから一緒に寝取られる主人公の無様な姿を、心と眼に焼き付けようぞ!」
気分も高揚し、意気揚々と配信を再開しようとした、その時だった。
「……じゃない」
「む?」
「純愛は……間違いなんかじゃない」
短く、しかしハッキリと、大権現はそう言った。
「なんだ、まだ懲りてないのか。お前は間違っていると、骨の髄まで理解できたはずだが?」
「確かに私は間違っていたかもしれない。だけど、間違っていたのは私のやり方。今すぐ寝取られを論破してみせようとした、私のやり方が悪かった」
「ほう……?」
「貴方の言い分は正しい。だけど、言い分が正しいだけ。寝取られは違う。そんなもの、受け入れられない。寝取られだけは、私は間違ってると言い続ける」
「なら、どうする?」
「決まってる。NTR大好き大明神。今ここで、貴方に改めて勝負を挑む。私は純愛が好き。貴方は幼馴染とのイチャイチャラブコメを描き、リアルでも幼馴染と付き合うべき。そのためにも、私の全身全霊で、貴方に巣食うNTRを打ち倒す!」
大権現は言い切った。
そこに迷いは見られない。
本気で俺を倒す。そんな覚悟を確かに感じながら、俺はコメント欄へと目を向ける。
『おお、マジか!』
『やるんだな、大権現! 今、ここで!』
『純愛が寝取られに勝てるはずないじゃないっすか。忌憚のない意見ってやつッス』
『ビシッとやっちゃってくださいよ大明神!』
『純愛は殺せ!』
……大盛りあがりだな、これは。
ぶっちゃけ相手をする必要は微塵もないが、ここで引くのは悪手だろう。
我が信者たちも納得しないし、最悪矛先がNTRに向かう可能性すらある。
(…………仕方ない、か)
「ふむ。まぁ、いいだろう。受けてやる」
『おおおおおおおお!!!』
俺は大権現からの挑戦を、受けてたつことにした。
いや、受けざるを得なかったと言ったほうが正しいか。
ここで逃げを打つことは出来ない。100万人配信者としてのプライドだって、俺にはある。
『それでこそDMJ!』
『ちゃっちゃっとやっちゃってくださいよ、我が神! 純愛をぶった切ってください! 期待してます!』
『見せてくれよ、大明神。アンタの約束された勝利のNTR《タニンボーン》を!』
『大明神には俺たち、神の
挑戦を受けたことで、コメントも爆発的に増えている。
視聴者も100万人を超え、300万に届く勢いだ。
まさに王の財宝というべき、無限にも等しい英霊たちが俺に味方してくれている。
「フッ、頼もしい限りだ。ではいくぞ、大権現。寝取られの貯蔵は十分か?」
「そんなものはない。というか、寝取られの貯蔵ってなに。そんな妄想さっさと捨てたほうがいい。貴方はラブコメの才能がある。さっさと寝取られなんて馬鹿なことに時間を費やすのは辞めて、純愛ラブコメを書くべき。そして幼馴染と裸ワイシャツで朝チュンさせて」
「まだ言うのか、お前は」
俺は呆れた。どうやらこの大権現は、以前から俺を応援してくれていたファンのひとりであるようだ。
ファンが反転してアンチになるのはよく聞く話だが、そういうタイプのアンチは一際厄介とも耳にしている……これは気合を入れておいたほうが良さそうだな。
「何度だって言う。そもそも大明神。貴方は純愛を否定しているけど、それはおかしな話。そのことに気付いていない貴方は、そもそも寝取られを語る資格はない」
「……なんだと?」
それは聞き捨てならない台詞だ。
俺に寝取られを語る資格がない? そんなこと……あるはずがない!
「我に寝取られを語る資格がないとは、どの口が言っている。取り消せ。我ほど寝取られを愛している者など存在しない!」
「じゃあ聞く。大明神、寝取られはどういうシチュエーションから発生してる?」
激昂し、勢いのまま問い詰めようとしたのだが、返ってきたのは質問だった。
「どうって……そりゃ、彼女を間男に奪われことからだが……」
「そう。彼女を、または好きな人を赤の他人に奪われる。それが寝取られ。そのことに主人公がショックを受けるまでがワンセット。違う?」
「いや、違わないけど……」
それがどうしたと続ける前に、大権現が口を開く。
「つまり、寝取られには愛し合う恋人たちが存在する。これがまず大前提。恋人を奪われたことにショックを受けるなら、主人公は彼女を真剣に愛していたということ。これが純愛でなくてなんだと言うの?」
「そ、それは」
「ここまで言えばもう分かるはず。寝取られとは、純愛がなくては成り立たない。つまり、寝取られというジャンルは純愛から生まれた、ただの派生系に過ぎないの。言わば二次創作。スピンオフ。スピンオフ作品が、本家の作品を上回れるはずがない」
我が意を得たりとばかりにドヤ顔を見せる大権現。
論破してやったぜとばかりに胸を張る大権現に、俺は瞬時に食いかかる。
「ち、違う! スピンオフでも本家を上回る作品は存在している。リ◯カルなのはやア◯ギ、セ◯シーコマンドー外伝があるだろうが!」
「すぐに主語を大きくするのが、オタクの悪いところ。一部の作品が上回っているからといって、それがなんなの? そもそも派生作品とは本家の人気あってこそ生まれたもの。本家へのリスペクトを欠いた人が、二次創作の素晴らしさを語る資格なんてない。あと、マ◯ルさんは外伝とは言えないと思う」
「ぐ、ぐううぅぅ……!」
悔しいことに、俺は大権現に反論する言葉を口にすることが出来なかった。
俺だってクリエイターのひとりだ。本家へのリスペクト……それがとても大切なことであると、心ではちゃんと理解している。
ここで公式なんてどうでもいい!などと口にすれば、俺はその瞬間創作者としての資格を失ってしまうことだろう。
寝取られが死ぬほど好きな俺だが、クリエイターとしての俺が否定の言葉を吐くことを許してくれなかったのだ。
『お、おい、DMJが黙ったぞ』
『負けるのか、NTRが、純愛に……』
『嘘だと言ってよ、バー◯ィ!
』
コメント欄も明らかに困惑していた。
当然だろう、彼らが見たかったのは寝取られが純愛に勝つ姿であって敗北する場面では断じてないのだ。
だが……駄目だ。思い付かない。
俺には、大権現を否定する言葉が、なにひとつ思い浮かばない……!
「……どうやら決着はついた。貴方はもう、純愛を否定できない。純愛の否定は寝取られの否定にもつながる。この矛盾を、貴方は論破することなんて不可能」
「く、くそっ……!」
「そもそも、貴方は童貞。童貞が寝取られ最高!なんて語るとか片腹痛い。彼女もいたことがない人が、失う痛みを語るなんて滑稽。もう分かったはず。貴方は間違っていた。でも、今ならまだやり直せる。これからは純愛ラブコメのみを描こう。そして幼馴染に告白して、彼女を作ってイチャイチャするべき。それこそが、あるべき正しい姿なんだから」
大権現はそう言って微笑んだ。
コメント欄も童貞云々の発言にショックを受けたのか、沈黙しつつある。
俺のリスナーの8割は童貞だったから、それもやむを得ないだろう。気持ちは痛いほどわかる。
ただ編集さんの「ウチもそうだそうだと言ってるッス」という、空気を読めないムカつくコメントだけが大量に流れていた。もはや荒らしも同然だ。
(俺、は……)
間違っていたんだろうか。
純愛を否定した時点で、俺は寝取られを語る資格がなかった。
それは確かだ。だが……。
「……い」
「ん?まだなにか……」
「童貞が、寝取られを好きでなにが悪い……!」
俺は確かに童貞だが、それでも寝取られが好きなんだよ!!!
「童貞だろうが、寝取られが好きなんだよ! 妄想の中じゃ、俺は1000万回は寝取られている。身体は清くても、心はとっくに非童貞だ! 童貞を馬鹿にするんじゃねぇ!」
「え、いや、馬鹿にはしてない。というか、貴方の童貞は私で捨てるべきだから問題ない。今ちょうど家に着いたところだから、とりあえず落ち着いて……」
「うるせぇ! リアルなんてどうでもいいんだよ! 俺は一生童貞を貫く! そしてラブコメの寝取られも描いてやる! 漫画家なんてもう辞めだ! 寝取られが悪だというなら、俺はこの世の寝取られ全ての悪になってやる! 今からラブコメの寝取られ漫画を実況配信するぞ! この世の純愛厨どもに、寝取られの恐怖をバラ撒いて堕としてやるんじゃー!」
もはやヤケクソだった。
寝取られが否定されたことで、俺は壊れてしまったのかもしれない。
だが、もうどうでもいい。
そもそも最初からこうするべきだったんだ。
何故なら、俺は寝取られの味方なのだから。
「寝取られ最高! 彼女なんていらねぇ! さぁ童貞ども、俺と一緒に地獄の底までぐべぇ!」
ペンタブを手に取った瞬間だった。
俺は何者かに、強い力で吹き飛ばされたのだ。
「な、なんだ突然……」
「そこまでっすよ、先生」
「学はやっぱり拗らせている。私が正してあげないと」
なにが起こったのかと顔をあげると、そこにはスマホを持った編集さんと、ノートパソコンを抱えながら何事かブツブツと呟く幼馴染の燐子の姿があった。
何故かは知らないが、ふたりともハイライトの消えた目で俺のことを見下しており、ハッキリ言って怖すぎる。
「え、あ、あの」
「先生、寝取られ漫画配信はライン超えッス。公式からの同人を、我が社は認めてません。調教……もといお仕置きッス」
「私が学に教えてあげる。純愛の素晴らしさを。そして一緒に朝チュンしよ?」
ジリジリとにじり寄ってくるふたりに、俺はあっという間に逃げ場を失い、そして。
「ちょ、やめ――――」
「「私たちが寝取られから学(先生)を寝取る……!」」
二人がかりで襲われた俺は、逃げることなど不可能なのであった……。
「しくしくしく……」
「大人を無礼るんじゃないっすよ、先生」
「よし、垢BANされてる。これからは三人四脚で頑張っていこう、学」
……その後のことは語りたくない。
ただ、迎えた翌朝で朝チュンを達成できた燐子はひたすら上機嫌であり、編集さんはハードボイルド風にタバコを吸いながら俺を見下ろしていた。
俺は裸ワイシャツ姿でさめざめと泣くことになり、NTR寝取られ実況配信生プレイを1000万人の前で晒したことで垢BANとなり、伝説の配信者として名を残すことになった。
ちなみにめげない俺は別垢を作成し、大明神が二人がかりで寝取られた時のことを赤裸々に語りつつ、その時の状況をオリジナル寝取られ同人誌として配信した結果、世界レベルの大ヒットをかましたのだが、さらにふたりからお仕置きを食らうことになったのだが、それはまた別の話である。
◇◇◇
長らく投稿出来ず申し訳ありません!
読んで面白かったと思えてもらましたらブクマや↓から星の評価を入れてもらえるととても嬉しかったりしまする(・ω・)ノ
寝取られの素晴らしさを普及するべく、登録者100万人NTR系Vtuber『NTR大好き大明神』として降臨したものの、俺の配信にいつも邪魔しにくる純愛系ヤンデレVtuberが正論かましてきてウザすぎる件 くろねこどらごん @dragon1250
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