勇者よ、逆境にて奮い立て!

林きつね

勇者よ、逆境にて奮い立て!

 光と闇が交差している。

 命を、魂をすり減らし、ただ一人の少年であった男は今、『勇者』として目の前の『魔王』と対峙している。

 幾度の困難で手に入れた武器を持ち、数え切れない犠牲の上に在る場所で。


「クハハハハハ! 弱い!弱いぞ人間!」

「がハッ──?!」


 魔王の羽から放たれた波動に、勇者は地を転がる。硬い地面の痛みを何度も感じながら、それでも武器だけは決して離さずに、それを支えに立ち上がる。


「無理をするな人間よ、いま楽に送ってやろう──」


 宙に浮かぶ巨体から手が伸びる。辺りに充満する闇のエネルギーがその手のひらに集まっていく。

 すぐさま対応をしなければ勇者に後はない。けれど、ふらつく足元がそれを許さない。


「クソっ……動け、動け! オレはなんのためにここにいるんだ! 魔王を倒して世界を平和にしなくては、アイツらに合わせる顔がない! 動け!動けよ!」

「クハハハハハ、もう諦めるがいい、人間」

「諦……める……?」


 剣を見る。そして、剣を構える。

 この剣のかつての持ち主のことを思う。

 大切な旅の仲間。戦士 プルトガ──。誰よりも諦めることを知らなかった男。彼の人生は、挑戦だった。

 その生き様が、何度も勇者の心を奮い立たせた。

 そして今も──。


「諦めるだなんて、アイツが、プルトガが許さない!」

「ほう、立つか」

「ああ、立つさ。アイツとの日々は今も俺の心にある。それがある限り、何度でもオレは立ち上がる!」


 脳裏に光が走る。これは、とある戦士と未熟だった勇者の思い出。


『プルトガ、なにやってるんだこんな朝早くから。洗濯か? 洗濯なら昨日の夜のうちにサーヤがやってくれ……え、それ……な、なにしてんの?』

『なにって、パンティに染みつけてんだよ』

『当たり前みたいに言うなよ。パンティに染…いやなんて? ……なんで?』

『あ、誤解すんなよ?! 別にサーヤのを盗んだとかじゃねえからな?! これは俺が昨日自分で買ってきた新品だ!』

『新品だ! じゃねえよ。なんで朝っぱから新品のパンティ買ってそれに染みつけてるんだよ。もう全部意味がわからないから一から説明してくれる?』

『使用済みのパンティって一番興奮すんだろ?』

『澄んだ目で何言ってんの?』

『だからこうやって、新品を揉んでシワと染みを作って、作ってんだよ』

『……使用済みのパンティを?』

『そう!』

『頭バグってんのかお前』



「やべえ、ゴミみたいな記憶思い出しちゃった。なにやってんだよアイツ気持ち悪いな」

「さあ、死ぬがいい! か弱き人間よ!」

「ぐああああ!」


 強力な魔王の闇の波動。勇者は再び吹き飛ばされ、再び地に伏せる。しかし、勇者はまだ生きていた。


「ほう――これを喰らってまだ生きるか」


 驚愕をにじませる魔王の言葉。しかし、驚いているのは勇者も同じだった。

 まだ人としての原型を保っている自分の体を手で触り確かめる。


「まだ、立てる……!」


 そしてゆっくりと立ち上がり、目の前で砕けたそれに目をやる。

 それは、旅の仲間 武闘家 マルセンが身につけていたお守りだった。


「マルセン、お前が……守ってくれたのか?」


 また一人の仲間を思う。

 彼は強さを求める男だった。ひたすら寡黙にその拳を鍛え、勇者の敵を幾度となく打ち砕いた。

 本当に、寡黙な男だった──。


『やあ、マルセン。街の散策はどうだ? プルトガとサーヤはどこかで見たか?』

『……』

『……そういえば、街の屋台で珍しいものを見かけた。マグマで作ったマグまんじゅうだそうだ。はは、面白いだろ?』

『……』

『……まだ、食べてはないんだけどな。みんなで一緒に食べようかなって……マルセンも食うだろ?』

『……』

『お腹……お腹減ってない、か? いや減ってるだろ。だってほら昨日サーヤが料理の鍋ひっくり返しちゃって夕ご飯無しになったもんなあ、いやあ、あれは笑ったなあ!』

『……』

『あっはっはっはっ! はっ……はは……』

『……』

『……』

『……』

『……いい、天気だよなあ、今日』

『……』

『喋れや!!』


「喋れやあ!! なんっだアイツなんっも喋んねえな?! 質問してたよなオレ?! なんでなんも答えねえの?! 仲間とかよりも人としてマジでどうかと思うわ! なんだアイツ!」

「ククク、威勢がいいな、人間――いや、勇者よ」

「――おかげさまでな」


 再び、剣を構える。

 まだ動ける。まだ、戦える。ならば勇者のやることはたった一つ。

 思いを乗せた一閃が、魔王に向かう。


「ぬゥ――なにが……なにが貴様をそこまでさせる!」

「決まっている! 俺を常に支えてくれた、仲間の──」


『やっぱりさあ、パンティって履いてる姿で初めて完成するんだと思うんだよ。だからこうやって……よし、木の蜜を固めて作ったおしりの完成だ!』


「ぐああ! がハッ……違う! 俺を常に支えてくれた仲間の――」


『……という作戦でいこうと思うんだが、マルセン、頼めるか?』

『……』

『……頼める? 頼めるで、いい?』

『……』

『首も動かせんのか?』

『……』


「ぐあああああ! クソっ! 喋れ!」

「さあ、終わりだ、勇者よ」

「まだっ――」


『ねえ、勇者』

『サーヤ……』

『この旅が終わったら、二人で、暮らさない?』


「うぉぉおおおお!!」

「ぬぅ?!」

「俺を常に支えてくれるのは! 仲間との、サーヤとの!!」


 僧侶 サーヤ。

 旅の途中で出会った女の子。その優しさとひたむきさは、勇者だけではなく、旅の仲間全員の支えになっていたと言える。パーティーになくてはならない存在。彼女がいたからこそ、数々の苦難にも勇者の心は折れなかった。

 そしてなにより、勇者にとって大切な――


『この旅が終わったら、一緒に暮らさない?』

『――サーヤがいいなら。いや、違うな。オレが、一緒にいたい』

『うん……あたしも……』

『サーヤ……』

『勇者……。魔王がいなくなってた平和な世界は、きっと資本を肥やす豚共で溢れかえるけど……』

『サーヤ?』

『あたし達は、あくまでも"持たざる者" として、抵抗の意志だけを支えに、二人で生きていこうね……』


「思想強いなあ?! ぐあああ!!」

「はァ……ハァ……中々の強者だ……だが、もうここまでだ勇者」

「強めだ……どっちの側なんだよそれは……クソ……もう、ダメなのか……」


 視界が霞む。勇者はそれでも、剣を手放さない。けれど、手放さないことが、勇者にできる精一杯だった。

 強く、強く、剣の柄を握りしめ、ポツリと呟く。


「すまない……マルセン、プルトガ……――サーヤ」


『――サーヤ』

『な、なに……?』

『いや、普段は持たずに生きるとか言ってるのに、脱ぐと、凄いの持ってるなって……』

『バ、バカっ……勇者……んっ――』


「…………えっろ」

「どうした? さすがにもう立てぬか、勇者よ」

「クソっ……立ち上がったせいで、立てない」

「ならば、ならば今度こそ終わりだ勇者よ。我の全力を持ち、貴様を屠ろう──」


 魔王の周囲に雷が降り注ぐ。

 勇者はその雷を知っている。それは、勇者の故郷を、家族を、目の前で焼き払ったあの雷だった。

 勇者は忘れていない。あの時の悲劇を。救えぬ苦しみを。目の前で失われいく恐ろしさを。


「なに?! まだ立ち上がるというのか?!」

「おかげで頭が冷えたよ魔王。オレの故郷、家族、仲間、その無念の全てをオレの命に乗せて、お前にぶつけよう」


 勇者の体に光が纏う。


「勇者貴様、その光は……そんなことをすれば貴様は――」

「望むところだ、魔王。オレの命、くれてやる」


 勇者は足を進める。その光が、魔王の雷を消し去っていく。


「行くぞ、プルトガ」


『勇者お前さあ、昨日、ヤった?』

『な、なにがぁ?』

『サーヤと』

『いやいやいやいや、え、え、え、なに? なんの話?』

『隠さなくていい。――どうだった?』

『……デカくて最高でした』

『これ、やるよ。小型カメラ。いつか、使いたい時に使ってくれ』

『プルトガ……』


「マルセン」


『……』

『うわあびっくりした……マルセン、いつからいたの? ま、まさか今の聞いてた?』

『……え、なにこれ、くれんの? 服? ネコミミ? ……コスプレ衣装だ……』

『……👍🏻』


「サーヤ――」


『勇者――』

『うわぁ?! い、い、いつからそこに?』

『ずっと……いたけど……』

『い、いやこれは、違っ、アイツらが勝手に、はははは』

『勇者』

『は、はい……』

『良かったら……今夜、それ、使う?』


「これが、最高の仲間達と築き上げた剣だああああ!!」


 光を纏った勇者は、一振の剣になる。

 文字通り全てを使い振るうその一撃は、どんな強大な闇さえも切り裂く。

 光が天にのぼり、闇に覆われた空を晴らす。そしてその光は、魔王に降り注ぐ――


「ゆ、勇者……貴様……貴様なぜ、そんなに股間が膨れているのだあぁぁぁぁあ――!!」


 こうして、魔王は滅び、平和は訪れた。

 仲間の想いと共に世界を救った勇者の物語は、永遠に語り継がれるだろう。

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