第37話

「まったく、この『世界線』は何が何だか」

 江崎 零士は、自分に言い聞かせるようにそう呟いた

 ―――朝の定例会議後に江崎が向かったのは、担当している

 山間部限界集落にある五号『ダンジョン』だ

 限界集落にあるため変わらずの人気などが皆無だが、その集落の人々は

 今もその山で木を伐り出し、田を耕し、米や野菜を育てて 暮らしている

 集落には昔ながらの雑貨屋が一軒あるだけで、昔林業をしていた山と

 放置された田畑がポツンポツンと点在している

 この集落は過疎化が進み人が少なくなりすぎて、限界集落と

 呼ばれるほどになってしまった

 そんな限界集落の人々が暮らす家は、昔ながらの平屋建ての木造住宅だ

 江崎は住民達との挨拶もそこそこに、旧日本家屋を思わせる

 管理事務所へと向かった



 管理事務所内は、当時の古い民宿をそのままの作りを残していており、

 埃まみれだったが所謂昔ながらの雰囲気が漂い、レトロな感じが実に良い

 風呂とトイレも完備しており、水回り関係も問題なく、畳張りの部屋は

 6部屋あり電気ガス水道は止められているものの、通電すれば使える

 状態になっている

 手入れさえすれば古民家カフェなどもできるほど風情があった


「さて、まずは『開拓移民集団』の様子からだな」

 江崎はそんな独り言を呟きながら、業務用のpcを立ち上げると

 五号『ダンジョン』内部にいる『開拓移民集団』の様子を記録した動画を

 再生した

 録画映像では開拓移民集団が、活動拠点を建設中の様子だった

 XCP245『異世界水』を散布してから、『廃棄異世界』より最初の

 開拓移民集団が数10名が到着してから数日が経過している

 それから『廃棄異世界』から金属製の農具や工具、布製品、消耗品などを

 荷馬車に積んだ開拓移民が続々と到着してきていた

 彼らが『廃棄異世界』から持ち込んでいる農機具や工具類は、

 この『世界』で言う所およそ中世時代に相当する時代に運用されていた

 非常に貴重なものだった

 それらは錆びや破損が激しかったが、現在この周辺にある未開拓地の

 木々を伐採して むそれを材料にメンテナンスすれば使用できる

 状態になりそうだった

 その事もあってか、彼らは手分けをして周辺の木々を伐採して畑の

 拡張に精を出していた



「ん? これはまたゴブリンか?」

 コップに注いだコーヒーをテーブルに置くと、半眼で映像を視ながら呟く

 画面には、江崎の膝ほどの高さしかない緑色の肌を持つ小鬼のようなモンスター

 の群れが映し出されていた

 ゴブリンについてはこの『世界線』に転移してから、すでに見慣れつつある

 モンスターであるため江崎はさほど驚きはしなかったが、その数の多さに驚いた

 以前に開拓移民集団の拠点へと襲撃をかけていた、ゴブリンの群れよりも

 増加していた

 江崎は映像の右下に視線を送ると、そこに表示されている時間を確認する

 そこに表示されている時間を確認すると、この動画を撮影したのは

 深夜の1時過ぎだった

 画面内のゴブリンの群れは、拠点周囲を囲んでいる木製の柵を揺さぶっている

 とは言え、柵はさほど劣化も破損もしていなさそうなので強度はある様だった

 柵内では、簡易式の槍や鎌などを自前で用意した開拓移民集団が用意して

 戦闘態勢を 整えていた

 彼らの後方には、ボウガンや弓と矢が並べられているのも見える

 江崎はそんな映像を見ながらコーヒーを啜った


 押し寄せるゴブリンにより、一部破損した箇所では各々が武器や農具を持って

 ゴブリンの群れへと駆けていく開拓移民者の姿が映像に残っていた

『優しく歓待してやれ!』

 そう指示を飛ばしているのは、開拓移民集団を率いている中年男性だ

 彼の号令に呼応するように 野太くも勇猛さを感じさせる声が上がる

 瞬間に断末魔と悲鳴が生まれた

 連鎖する鮮血がどれが人のものか分からない

 映像からでも、肉の腐った生ごみのような吐き気がする

 臭いが漂ってくる感じが 嫌でも

 伝わってくる

 精神的にきそうな映像が続くため、コーヒーを啜る事を

 思わず忘れてしまう



 ゴブリンと闘っている開拓移民者は、従軍経験でもあるのか

 コンビネーションを仄めかすように声を掛け合い、

 徐々にゴブリンの群れを圧倒し始めた

 視る限りでは、士気は高い状態を維持してはいる事が素人の江崎でも

 何となくわかった

 また、よく見れば武器や防具を確認あるいは補修している

 開拓移民者の数が多くいる事が映像から確認できた


『報告!! ゴブリン集団は多くても300程かと思われます!!』

 そう大声で報告をしたのは、若い大柄な少年だった

 中年男性がやむを得ないと呟くと、仕切る号令を発した

『指示を待て!!

 引きつけてから攻撃しろ!』

 リーダー格である中年男性が、指示を飛ばす

 すると、後方より軽快な音と共に矢の雨がゴブリンの群れへ

 と降り注いだ

 鎧兜や矢立といった防護具など一切持っていないゴブリン達は

 次々と倒れていく

 瞬く間に、簡易陣地は血みどろな地獄へと変貌していった

 製の柵内へと辿り着いた一部のゴブリンは、涎を撒き散らし仲間の死体を

 踏み台にして 柵に登る


『次だ!次が来るぞ!』

 騒然とし、罵り合う声も防衛側は一丸となり登って来たゴブリンに対し、

 棒や農具などを持った開拓移民者が、

 押し潰したり叩き落したりと 滅多打ちにする

 僅かな隙を縫って出て来た個体は、リーダー格である中年男性が

 棍棒で撲殺する。



『畜生!この糞ゴブリン!! 安眠妨害にも程があるぞ!!』

 的確に剣を振るっている髭面の男が悪態を吐いた

『本当に! これだからゴブリンは嫌なんだよ!!』

 同じく剣を振るいながらそう悪態を吐いた茶髪の男が、苛立ちを

 隠そうとしない

 異様ともいえる気迫がアップになって映し出されるが、映像から

 の確認では真夜中で周囲は殆ど灯りがない

 画面左上に表示されている日時計と月時計では、深夜二時過ぎに血みどろな

 攻防戦が映し出されていた

 それはまるでホラー映画のワンシーンを生々しく切り取ったかのような

 映像なため、江崎はただ衝撃を受けていた

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放置田の草刈りをすることになったのだが、なぜかダンジョン攻略することになった 大介丸 @Bernard

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