エピローグ
越木岩神社の御神体が据えられているところから、更に坂道を登っていく。傾斜が急になったような気がする。
決して広くない道の途中で老夫婦らしき二人連れと、すれ違う。ふたりの服装は、いかにもハイキングっぽい。女性の方がステッキをつきながら、わたしを見て微笑みかけた。
あちらから声をかけてくれる。
「こんにちは」
「こんにちは」
御辞儀をして、夫婦を見送る。このあたりから道は二手に分かれて、それぞれが丘の頂上へと繋がっているらしい。やがて、いくつかの岩が固められている
ああ、あった。これかぁ。
それは地上から少し段差をつけて据えられていた。横には「北ノ磐座」と表記している石碑がある。ひとつところに集められている一番上の岩には、しめ縄が張られている。
ちょうど磐座の前で手を合わせて、祈っている女性がいた。彼女の邪魔にならないように、二礼二拍一礼をする。
周りの木々から、ざわざわと音がした。なんとなくだけど……来てよかったな、と思った。
神社を出てから、夫婦岩まで歩いて行ってみようと思った。バス通りをしばらく歩いていくうちに、なぜか心が波立ってくる。
―—ほんとに祟りなんて、あるのだろうか? 今の、この時代に?
試してみたい気持ちと、それを打ち消す感情がせめぎ合う。
夫婦岩を道から除けようとした業者は次々と不幸に見舞われてきたという。だから今となっては誰も手をつけられない、と。
でも、それって本当なのだろうか? 東京には、将門の首塚という有名なスポットがある。そちらの由来は、ハッキリしている。平安時代に京都の三条河原で、将門さまが処刑された折りに……というものだ。人の念というか気持ちといわれるものは、いつまで経っても残り続ける説は本当なのかもしれない。少なくとも、わたしはそう思う。
けれども今、もう少しで到着しそうな「夫婦岩」とは何なのだろう? どこかの神社仏閣の御神体の類いだということも聞いていない。いつの時代から、あの場所に座っているのだろう? もしかして越木岩神社の御神体と、かかわりがあるのだろうか?
「うーむ」
あの夫婦岩に軽はずみな気持ちで接するのは、あまりにもリスクが大きすぎる。それは理解している。その程度は、うん。わかってる。
でも、この気持ちのざわめきは? どう処理したらいいのよ?
あれこれと考えこんでいるうち、遂に夫婦岩の正面に来てしまった。
見上げると、やっぱり単純に「大きい岩」でした。あちら側にまわれば、岩の割れ目がある。
額に脂汗が滲んでいるのは、きっと気のせい……。
ひやひやしながら、夫婦岩に触れてみた。ひんやりした感触がてのひら全体に拡がる。さすがにネットで観る悪戯めいた、蹴ったり登ったりはいたしかねる。
でも、こうやって触るだけだったら。あまり意味がない。
なので、心持ち力を入れて。ぺしぺしって、してみた。我ながら度胸がなさすぎる。
行き交う車の運転手が、こちらの姿をあきらかに驚いた視線で見ていく。窓越しの視線が、痛いったらない。
そりゃあ夜ならともかく、そしてふざけたスタイルの酔っ払いでもないし。不審だよなあ。
でも、ひとしきり夫婦岩を叩いたり撫でたりしていたら気が済んだよー。
真っ直ぐいくと、バス停があるはずだ。通り沿いの高級住宅街を眺めつつ、普段通りに歩く。
急に視界が揺らいだ。
えっ?
その瞬間に見えたのは歩道に潰れたコーラの缶と、それに右足をかけた自分自身。仰向けに倒れていた。
「痛ったぁ……」
なんとか態勢を立て直し、ずきずき痛む背中と腰をかばいながらバスに乗る。その日のうちに整形外科に行くことができた。
「圧迫骨折ですねー」
レントゲンを見ながら、医師が言った。
その程度で終わって、良かったよ……。
(了)
日頃みなれているものがネットで有名なアレだった 優美香 @yumika75
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