見下ろす人

ねむるこ

第1話 見下ろす人

 7年前。これは、私が一人暮らしをしていた時に起きた出来事だ。


 仕事もそこそこ。社会人生活と一人暮らしに慣れてきた時だった。

 夏の暑い夜。床に布団を敷いて眠っていた私は突然、金縛りに襲われたのだ。

 生まれて初めて金縛りにあった私は妙に感動していた。テレビの心霊番組でやっていた通り、本当に体が動かない。

 声を出そうとしても出なかった。確かに声帯は震えているはずなのに音声として耳に聞こえてこないのだ。

 体は動かないのに何故か直感で瞼だけは動かせると分かった。

 でも、開けるのは躊躇われた。

 大抵、こういう時に幽霊というものは見えてしまうものなのだ。心霊番組でそんなことを言っていたのを思い出す。何なら体の上に何かが乗っかっているかもしれない。

 そう思うと瞼を上げることができなかった。

 しばらく瞼を閉じてじっとしていると……。


 小さな音が聞こえてくるのに気が付いた。

 なんだろう?

 私は音を聞くのに集中した。どんな音でどこから聞こえてくるのか。それを確かめたかったのだ。


 ジャリ……ジャリ……


 小さな、何かを踏みしめる音。


 ジャリ、ジャリ、ジャリ、ジャリ


 その音が次第に大きくなっていった。

 ……誰かがこちらに近づいてきている。

 でも可笑しい、私の家の周りに砂利道なんてない。こんな音がすること自体あり得ないことだ。

 動くことができないまま、瞼を強くつぶって足音らしき音を聞く。やがてぴたりと、音がしなくなった。

 なんだ、私の気のせいだったのかと安心した時だ。

 枕の少し上の方。マットレスが沈む感覚がした。


 ……いる。

 何かが、私の部屋の中に。


 その事実に気が付いた瞬間、背中に嫌な汗が流れ、体に緊張が走る。

 部屋の中にいる「何か」の正体を考える間もなく再びマットレスが沈む感覚がした。


 ……近づいて来てる。


 遂にその「何か」は私の枕元のすぐそばまでやって来たのが感覚で分かる。頑張れば目を開けられたのに私は目を開けることができなかった。

 「何か」の正体を知るのが怖くて勇気が出なかったのだ。強く目を閉じ、「何か」の気配が無くなるのをひたすら待った。

 相変わらず私の頭上、マットレスは沈んだままで「何か」の気配が消えることが無かった。

 無くなるどころかより一層強く「何か」の存在を感じる。

 目を閉じたままでも分かった。

 「何か」は私のことを見下ろしている。多分、立ったまま顔だけ下に向けて……。

 目をつぶっているのにどうしてそんな風に思ったのか分からない。恐怖が生み出した、ただの私の妄想だろうか。とにかく、私は「何か」が枕の上の方に立って見下ろしているのだと思った。

 じいっと上から降り注がれる視線。

 私はただ、恐怖に耐えるしかなかった。

 どれくらいそうしていただろう。突然、「何か」の気配が消えたのだ。同時に自分の体が動かせそうだと感覚的に分かった。

 視線から解放されたものの、「何か」が私の部屋からいなくなったのかは分からない。もし、目の前にいたりしたらどうしよう……。

 私はすぐに目を開けることができなかった。だから目を閉じながら恐る恐る枕の上に腕を伸ばしたのだ。

 「何か」がそこにいるなら腕に何らかの感触があるはず。

 しかし私の腕には何の感触もなかった。そこで私はやっと目を開けた。


……何もいない。


 暗闇に包まれた1Kの殺風景な部屋が広がっているだけだった。私の体感ではもう朝になっているものだと思っていたのに、スマホの時計はPM2:00を過ぎたあたりだった。

 何だ。やっぱり気のせいだったんだ。

 何もいないことを確認した私は再び眠りに就く。さっき起こった恐怖は夢だったのだと言い聞かせて。


 ピピピピ……。


 スマホのアラーム音で目を開ける。いつもと変わらない朝がやってきた。昨夜あんなことがあったからか。無事に朝を迎えられたことに安心する。

 あくびをしながら洗面台へ向かおうとした時だった。


「いてっ」


 私は何かを踏んずけて悲鳴を上げる。朝から一体なんなんだ……と思いながらフローリングに転がったそれを拾い上げた。


「……え?これって……」


 小さな小石……砂利だった。しかもそれはマットレスの外。枕側の位置にぽつんと落ちていた。




 


 

 




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見下ろす人 ねむるこ @kei87puow

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