夏の或日。少しの不幸。

西順

夏の或日。少しの不幸。

 俺の仕事はテレワークなので、基本的に家の中に引きこもる生活をしていたのだが、今日から十日は外に出なければならない。理由はエアコンが壊れたからだ。


 マンションの管理会社に電話して、修理業者を手配して貰ったが、この夏の暑さにやられてエアコンが壊れた家は多いらしく、我が家に修理業者が来るまで、十日掛かると言われてしまった。それでは仕事どころか生活もままならないので、どこか落ち着ける場所はないか? とスマホで探すと、近場にコワーキングスペースを発見した。


 コワーキングスペースはテレワーカーが快適に仕事が出来るように個室スペースを貸し出している店舗で、俺がこれから行く場所は、全室電源完備でフリーWi-Fi、そしてコンビニが併設されているらしい。それはありがたい。


 軽装に着替え、バッグにPCを突っ込んで玄関を開ければ、ムワッとした熱気に顔をしかめるが、どうせこのままでは自室も同じになるのだからと諦め、ギラギラした太陽と、それを反射するアスファルトを恨みながら、俺は件のコワーキングスペースへ向かった。


「ここか?」


 と看板を見上げれば、完全にビルの一階にある某コンビニである。地図アプリとにらめっこしても、ここで間違い無いとなっている。仕方ないので店内で店員に尋ねるか。とコンビニに入ると、その涼しさが嬉しい。が今はそれどころでは無かった。


「すみません、ここにコワーキングスペースがあるって……」


「それでしたらあちらになります」


 俺が言い終わる前に店員は店内の奥を指し示した。こなれた様子から、言われ慣れているのだろう。店員が指した方を見遣れば、成程、コワーキングスペースの出入口ドアがそこにあった。


(中々面白い試みだな)


 そんな事を思いながら、コワーキングスペースの出入口ドアに手を掛けるも開かない。


「アプリで開けてください」


 と店員さん。ああ、そう言う感じね。関係無い人に迷い込まれても困るもんな。俺はあらかじめダウンロードしておいたアプリ画面を開いて、出入口ドアのQRコードを読み取る事で解錠すると中へ。そこは個室が左右にズラリと並んでおり、奥には休憩スポットだが商談スポットのような場所もあった。


 俺は空いている個室を探し、またQRコードでチェックインする。使用時間によって料金は変わるが、一番安い一日パックだと、一時間二百円とそれ程懐にダメージも無いので、エアコンが直ってからも使ってみるのも良いかも知れない。


 昼過ぎまで仕事に没頭して脳が疲れたので、コンビニへ。ドアトゥドアでコンビニ行けるって最高じゃない? と思いながら、店内を一回りする。普段であればおにぎりやサンドイッチなどで済ます所だが、今日は思い切って弁当でも食べるかな。とがっつり「焼肉弁当」なんてものを持ってレジへ。


「温めますか?」


「はい」


 即答だ。しかもちょっと良い声で。その場で温めて貰った熱々の弁当を持って個室に戻る。これもドアトゥドアだから許される事だ。と思いながら、熱々の焼肉弁当を掻き込みながら、冷たいお茶でそれを胃へ流し込む。贅沢しているなあ。


 夕飯もコワーキングスペースで済ませ、朝食用にパンとヨーグルトとスムージー。それと夜食としてアイスを買ってコンビニを出る。


 夜になっても外はムワッとしていたが、昼間に比べれば……、やはり暑いな。さっさと家に帰った所で、家の中も暑いのだ。と沈んだ気持ちで家路をトボトボ帰った。


 玄関ドアを開ければ、室内からムワッした熱気が溢れ出し、全身を撫で付けるので、俺はしかめっ面で室内に入るや、すぐに窓を全開にして、押入れの奥に仕舞われていた音のうるさいサーキュレーターを引っ張り出してスイッチを押した。


「…………」


 動かないだと!? 元々安物だったからなあ。放置しているうちに壊れていたのか。はあ……。明日、新しいのを買いに行こう。と決意した所で俺は冷蔵庫を開けて愕然としてしまった。冷蔵庫の中が温いのだ。まさか!? と冷凍庫を開けると、家を出る前に、必要になると思って用意しておいた製氷皿の水は氷になっておらず、水のままである。


「マジか……」


 冷蔵庫までお陀仏とは、俺って呪われているんじゃないか? なんて自嘲しながら、溶けてしまうアイスから先に食べ始めるのだった。

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夏の或日。少しの不幸。 西順 @nisijun624

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