第35話 そして再び日常が始まる

 リントナー領に戻って来たヒースとナターリエは、すぐにリントナー家に行った。ヒースの家族に報告をすると、これまた大喜びをしてもらえて、ほっとするナターリエ。たった一晩で話が動き、たった一晩明けての行動力。ヒースとナターリエ、どちらもそれは「あっていた」様子だ。


 とはいえ、婚礼の話はまだ置いて、ひとまずは婚約者に、という話になった。そして、ナターリエはとりあえず、リントナー領での仕事をそのまま継続をする、ということだった。


「あらあらあらあら、本当におめでたいわ~~~~!!!!!!」


 リントナー辺境伯夫人は、今日も圧が凄い。が、そのことはリントナー辺境伯家の者はみなわかっているようで、辺境伯夫人を抑えるように「ちょっと前に出すぎです」とブルーノが言う始末。


「あら、ごめんなさい。またやってしまったわ~~~!!! だって、本当に嬉しいんですもの。ヒースにこんな可愛いお嫁さんが、ええ、ええ、まだ婚約者ってことなのはわかってるけど……ねえ~~~~! わたしのドレスのモデルをしてくださらないかしら? もう、今からワクワクするわ……」


「ヒースの婚約者であって、お前のモデルではないからなぁ~」


 と答える辺境伯。話をしていると、アレイナが部屋に入って来た。彼女は、長い時間話をまだ聞けないため、あえてこの家族会議の場に呼ばれなかったのだが、自らやって来てしまったようだ。その辺、リントナー辺境伯邸はどうにも緩い。緩いが、それをナターリエは悪いとは思わない。


「あっ、お姫様だぁ!」


「こんにちは、アレイナ様」


 すっかりアレイナにとってナターリエは「お姫様」らしい。


「ねぇねぇ、庭園に行こう! 庭園で、お花見るの!」


「おいおい、アレイナ、ナターリエにはそんな時間は……」


「ヒース様、折角ですし、少しぐらいお時間いただいても?」


「ううん、ナターリエが良いなら……」


 辺境伯もそれはあっさりと許可をして「アレイナの世話を申し訳ないね」と言った。おおよその話は終わっている、という意味だ。ナターリエは立ち上がって「失礼します」と一礼をしてから、自分の手を引くアレイナについてリントナー家の庭園に向かった。


「やったじゃないか、第二王子は大丈夫だったのかい?」


 ナターリエが部屋から出てから、ベラレタがヒースに尋ねた。


「ああ、うん……どんな話をしたのかは、詳細をナターリエは言わないんだが……姉貴が言っていた通りだったようだな」


「そうかい。第二王子とナターリエ嬢が話をしたのか」


「ああ。それで、第二王子から改めて婚約破棄を通すように国王陛下に進言をしてくれて……いや、本当に助かった。それがなければ、きっとナターリエ嬢は第二王子と復縁をしていた」


 そう考えれば、心から第二王子には感謝をしなければいけない、とヒースは思う。だが、それを彼自身が形にすれば、第二王子はきっと嫌がるだろう。きっと、そういう人となりだ。


「第二王子は飛竜を気に入ったらしい」


 と、辺境伯が言い出す。


「そうなのか?」


「ああ。だから、リントナー家から、飛竜を一体、第二王子に届けよう。竜舎の建築も勿論つけて。それから、王城側にいる飛竜騎士団に依頼をして、第二王子に騎乗の訓練をしてもらおう。それが、こちらからの礼だとわかるだろう」


「そうか。ありがたい。親父、頼まれてくれるか」


「ああ。任せておけ。いや、本当によかった。ついでにベラレタ、お前もそろそろ結婚してみたらどうだ」


 その、まるで結婚をお試しのように言う辺境伯の物言いに、あっはっは、とベラレタは大きく笑った。それから、ヒースに


「一緒に式でもやるかい?」


 と言い、ヒースに「それだけは勘弁してくれ」と苦笑いをされた。どうやら、ベラレタの結婚はまだまだ時間がかかるようだ。



「アレイナ様、わたし、ヒース様の婚約者になるんです」


「こんやくしゃ?」


「はい。そのう、いつか、お嫁さんになるんです」


 庭園をアレイナと共に歩いていたナターリエはそう打ち明けた。すると、アレイナは不思議そうな顔でナターリエを見上げて


「お嫁さん? 誰の?」


「ヒース様の」


「ええっ!? ヒースお兄ちゃん、結婚できるの!?」


 それはどういう意味だ、とナターリエが目を丸くすると、アレイナはバタバタバタ、と足踏みをして驚きを表す。


「だって、お姉ちゃんと、ヒースお兄ちゃんは、結婚出来ないんだと思っていた!」


「あら。ベラレタ様も、ヒース様も、出来ますよ?」


「本当に?」


 そう言うとアレイナは、近くにあったピンクの花を子供の手でねじり切る。あまりよろしくないことだと思いながらも、ナターリエがその様子を見ていると


「お姫様にこれあげる」


「まあ、いいんですか?」


「うん。おめでと! 結婚は、お祝いするって聞いたから」


「ありがとうございます」


 そう言って花を受け取るナターリエ。すると、そこにヒースがやって来る。


「お兄ちゃん!」


「アレイナ、悪いが、そろそろナターリエを返してくれ」


「えぇ……」


 アレイナは嫌そうに、ナターリエのドレスにぎゅっとしがみついた。ナターリエは微笑む。


「また、こちらに来ますよ」


「本当に?」


「はい。本当です。これは、絶対に」


「じゃあ、しょうがないからお兄ちゃんに返してあげる……」


 渋々といったアレイナの様子に、ヒースは「おいおい!」と叫んで、ナターリエの手を少し強引に握った。


「俺のだぞ」


「ええ~……」


 もう片方の手を握ろうとしたアレイナだったが、ナターリエは彼女が渡した花を手にしていて、片手しか空いていない。


「お兄ちゃんがお姫様とったぁ~~~!!!!」


 アレイナはそう言って庭園をかけていく。きっと、その先にはブルーノがいるのだろうが、ヒースは「放っておけ」とナターリエに笑った。


「ヒース様は、大人げないですね」


「うん。俺は、大人げがないんだ」


 そう言うと、ヒースはナターリエを上から覗き込み、それからあっさりと彼女の頬にキスをする。挨拶の一つのようなあっさりしたキスだったが、ナターリエは頬を真っ赤にして「ずるいです」と言った。


「ははは」


「ヒース様が、こ、こんなこと、簡単にする人だとは思っていませんでした……!!」


「そうか? 俺は、案外素直なのでな……キスしたいと思えば、すぐするぞ」


 そう言って、ヒースはナターリエをもう一度覗き込んだ。ナターリエは一瞬体を強張らせたが、すぐに瞳を閉じ、近づいて来る彼の唇を受け入れる。


 リントナー辺境伯邸の庭園で、優しいキスをする2人。唇が離れると互いに目線が絡み、それからどちらともなく照れくさそうに微笑んだ。




「まあ、ようございましたね!」


 ユッテに報告をすれば、たった一晩で何がどうなったのか、と驚いたものの、心から祝福をしてくれた。国王との謁見の話、第二王子との話、ハーバー伯爵邸での話などを、ざっとユッテにすると、彼女は目を輝かせてそれらを一通り聞いて


「お嬢様、本当にお疲れ様でしたねぇ……何にせよ、本当に良かったです! ええ、ええ、第二王子もそのう、造作はとても良い感じではありましたし、なんといいますか権力的にも大きかったですけれど、ええ、ええ、ヒース様でしたら、申し分ございませんよ!」


 権力的に大きい。なんという適当な、そして不遜な言葉を口にするか。ナターリエは苦笑いを見せる。


「ユッテがたまーに本音を言うの、ほんと好きなのよねぇ~……」


「あらあら、そう言っていただけますと」


 すると、ノックの音がして、ヒースが「失礼する」とドアを開けた。


「ナターリエ嬢、ようやく古代種トルルークを捕獲した。早速だが、鑑定を頼めるか?」


「はい、勿論です!」


 ナターリエは満面の笑みで返事をする。それから、慌てつつも紙と黒鉛も持って、部屋を飛び出た。


「トルルーク、ようやくですね」


「ああ、結構時間がかかったな……最初にリューカーンに会った時から、手を変え品を変え……ってやつだ」


「とても楽しみです!」


 ヒースはナターリエが手に紙と黒鉛を持っていることに気付いて尋ねる。


「描くのか?」


「はい!」


「そういえば、今度ハーバー伯爵邸に行ったら、ナターリエ嬢が昔描いていたという、魔獣の絵を見せてもらいたいな……」


「ええ~……きっと笑われますよ……」


と言えば、ヒースは既に笑いながら


「そうだな、きっと、笑うだろうなぁ」


と答えて「もう!」と彼女に怒られるのだった。




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魔獣鑑定士令嬢は飛竜騎士と空を舞う 今泉 香耶 @Kaya_Imaizumi

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