開門の儀
※不快で残酷な表現があります。苦手な方は、退避をお願いいたします。
◇
「
「うん」
返事は、池の方から聞こえる。
振り返ると、赤い太鼓橋の上に人影がある。
白い髪で白く濁った目の、
「頑張ったね、魅侶玖」
「え……?」
魅侶玖は、特別なことは何もしていないのに、とばかりに首を傾げる。
少年はにこにこしながらふうわりと飛んで――物音ひとつさせず、ふたりの側に降り立った。その姿は、前に見た時よりも少し
「瑠璃玉の忠誠を得ること。それが僕を眷属とする条件だよ……まあ、代々皇帝の中にはそれが無理な人も当然いてさ。継承の儀で無理やりにってことも多かったけど。君は自分で得たから、すごいね」
「瑠璃玉の、忠誠?」
「沙夜は、君が国を良くすると信じている」
「っ!」
魅侶玖はたちまち目を見開き、息を呑んだ。
「けれど、継承の儀の前にそれを裏切ったら、僕も失う。心して」
「っ、裏切らないと、誓う」
「はは。良いけど。やっぱり危ういなあ」
「危うい、とは」
ハクの目が、細められた。
「きれいなままだと、
魅侶玖には、やはり想像もつかないことだった。
「さて。表に出ているのも疲れちゃうからさっさと……あ、来た来た」
回廊を走り抜け、こちらへ向かってくるのは、大きな黒い狼の背に乗った、青い
「みんな、無事っ!?」
ギーが、するりと指印を解いた。
あれほど
「ふくく……さぁいざいざ。迎えようか」
◇ ◇ ◇
「ぎゃああ!」
後宮にある
守りを固めたものの、ねちょりぐちゅりと音を立てながら、容赦なく次々と目の前で喰われていく者どもを見て、恐怖で気が狂わんばかりになっている。
「やだ、やだ、やだああああああ!」
血と涙と糞尿まみれになった龍樹に、美麗な第二皇子の面影はどこにもない。
「あーあ。オイラもやだよーこんなの。はーあ。でもなー、沙夜のお願いだもんなあ」
――と。
ぶつくさ言いつつ、ばさりと大きな黒い翼をはためかせて突然その場に現れたのは、烏天狗の
「きったねーから、お首元。失礼しまーす」
ぐい、と龍樹の首後ろの布を持ち、引きずって回廊まで出るや、バサバサと雑に飛び立った。
ぽかんとそれを見送る清宮が、黒い影に覆いかぶさられるのを見ずに済んだのは、龍樹にとってきっと幸いなことだったであろう。
「城まで運びます」
どこかのほほんとした声を聞き、我に返った龍樹は、空中にも関わらずジタバタと暴れ始める。
「ひ!? ぎゃあ! ぶぶぶぶ無礼なっ」
「えー。んじゃ……手ぇ、離します?」
「ややややめろっ」
「へえへえ。うっかり離すと落ちて死にます。黙っててもらえます?」
「っひ、ぎゅ、ぐ」
「ハハ」
――あれでも魅侶玖は、弟のことを思っているんだよ。
「こんなのでも、ねぇ……」
烏天狗の呟きは、皇城の空に消えた。
◇ ◇ ◇
ギーが、呆れたように沙夜を見る。
「……なぜ助けた?」
玖狼の背から降り、沙夜はまっすぐに美麗な鬼を見上げた。その目は瑠璃色に輝いている。
「龍樹殿下のことですか? だって、魅侶玖殿下ってなんだかんだ弟思いですし」
「!」
魅侶玖が驚いて首を向けるのを悟って、沙夜はギーから目を逸らさず頷きのみを返す。
「
「足ります」
「後継の血が要る」
「……そ、れは」
言うのを
「龍樹の子がね。流れている」
「っ!」
「な」
ハクの言葉に絶句するふたりに、沙夜は静かに語った。
「
「っ……そうだった、のか……」
魅侶玖が
「知らぬというのは、罪だな」
苦しげに吐き出したのを、沙夜は
「いいえ、殿下の罪ではございません。清宮殿が、縁起が悪いとひた隠しにしたと」
「! あやつめ……!」
沙夜はそんな魅侶玖に思わず微笑んだ。
「ほうら、弟思い。ね? ギー様」
「そうか……ならば贄は揃った。今こそ開門の儀を
ばあば――星影に習ったもののうち、『かくれんぼ』に勝つため『隠れた門を開く』というまじないがある。きっとそれだ、と沙夜は確信していた。
「はい」
頷き合ったふたりは横に並んで池へ向かい立つと、丁寧に頭を下げ、大きく一度
それから、同時に口を開く――離宮の庭に、鬼と陰陽師の朗々とした声が、暗い空へ響き渡っていく。
「「かしこみ、かしこみ、もうす」」
しゅさ、とそれぞれの衣擦れが響くだけで、澱んでいた空気が澄んでいく気がする。先んじて言葉を発するギーに合わせて、沙夜は舞い踊る。
「かけまくもかしこき、なりませる、めいのおおかみ」
「うつせみの、すがたをあらわせ、めいのもん」
やがて赤い太鼓橋の上に、じんわりと姿を現してくるのは――赤く巨大な門だ。
まだ、太く黒い
「かしこみささげしは、うつしよのにえ」
「あけたまえ、ひらきたまえ、みもろにおわす、めいのもん」
そうして息の合った儀を行うふたりを、魅侶玖と並んで眺めるのは
「懐かしい匂いが漂ってきたな」
玖狼だ。
「!? しゃべっ」
「はは。驚いたか。こう見えて、我は冥の門番よ。
「……なぜ、そんな」
「あやつの母親は、まこと恐ろしくてなぁ」
「
「おう。三つも頭があるんだから、一つぐらい切り落としても平気だろとぬかしよってな」
「言いそうだな」
はっは! と黒い狼は高笑いをする。
「わしの首ひとつで、あのふたりが生きて渡れるなら、安いものよな」
ぶるり、と魅侶玖が身震いすると、ガチンと閂が持ち上がり、ギギギギと門の音が鳴った。
隙間から、紫色の煙がもわもわと漏れてきている。
「備えよ。冥のあやかしは強いぞ」
「! わかった」
正眼に構える第一皇子を見て、黒狼は笑う。
「なかなかやりそうじゃないか。皇子のくせに」
「皇子なんか向いてないからな。紫電に入ろうと思っていた」
「ほーう? なら、助けはいらんな」
ガルルルル、と唸るその眼前にゆうらりと現れたのは――今までとは全く性質の異なる、あやかしだった。
まるで
「心の臓を、貫くんだよ」
ハクがふわりふわりと宙を飛びながら指さす場所は、左胸のあたり。確かに、黒く光るなにかがある。
「あいわかった!」
魅侶玖は愛刀を一度振るや、
袈裟切りを狙いつつ打突もするつもりか、と玖狼は少し距離を取ることを決めた――間合いに入ったら巻き添えを食う。それから、あおーんと怒鳴りながら、門番らしく宣言をした。
「さあさ、今こそ開くぞ、冥の門!」
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