月夜の決意 ~魅侶玖 抄~
俺が
頻繁に行くと沙夜が困るだろうな、と思っただけだ。
案の定、後宮では「
夜風をそぞろ歩いて、俺は静かな空気を吸い込む。
玖狼のぬくもりなのか、沙夜の持つ空気なのか。
不思議と心が落ち着いて、よく眠れるあの部屋に、できれば毎日行きたいが――
すっかり定位置になった離宮の縁側に腰を下ろし、庭の池に浮かぶ月を眺める。
一歩外に出れば、あやかしが
沙夜を召し抱えた決定打は、確かにここであやかしを消したのを目撃したからだった。
が、俺が誰か知らずとも明るく優しく接してくれる彼女に――人として惹かれていたのも事実。
左大臣九条の調べで、暮らしていた村が全滅した後自力で皇都までたどり着き、夕宮陛下の書状を見たギーが後宮へ招き入れたことは、裏付けが取れた。
過酷な道のりだったのは、想像に
祖母の遺言を握りしめて知恵を絞り、見知らぬ道をひたすら行くその勇気と芯の強さを、尊敬している。
そして俺はそれを聞いたとき、このままではいけないと強く思ったのだ。
この国を
富や名声、権力ばかりを追い求めている皇城や後宮に嫌気がさしていた俺は、皇帝など龍樹がやりたいならやればいいとすら思っていた。
国が滅ぶということに、現実味がなかったからだ。
だが、今はどうだ。
実際は沙夜のような善良な民の命が、無惨に奪われていってしまっている。
俺は、そういった事実を想像もして来なかったことに、愕然とした。
ぎりりと拳を強く膝の上で握る。
月に決意をするかのように、あえてその文言を口にする。
「国を、
――と、生暖かい風が吹いた。
「やっとけつい、したんだね」
「!?」
ふわりと池のほとりに現れたのは、灰色の髪でねずみ色の
「誰だ!」
即座に立ち上がり、
「ちっ」
あきらめて腰の護身刀の柄に手を伸ばすと
「うん。つよいこころや、よし。でもすこし、あやうい」
少年はにこにこしながら、歩いて近寄ってくる。
「なるほど、うでもある。いいね」
小さな頭でうんうんと頷かれて、苛ついた。
「貴様なぞに評される筋合いはない」
「ゆうよが、ほしいのだろう?」
「!!」
「ギー」
少年は、俺から目をそらさないまま、その名を呼んだ。
と――
「お目覚めでしたか」
紫の
月光に輝く銀髪が、妖しく美しい雰囲気を
「ギーのいったとおり、みろくをきにいったよ」
「はい」
「みろく。ぼくの
俺は、呆然とする。
あれほど探し求めていた――
「
刀を納め、バッと地に片膝と右拳を突くと、彼は
「うん。ハクとよんでくれたらいい。さよと、なかよくね」
「沙夜をご存じか!」
「
「なんとっ」
途端にハクは、やるせない顔をした。
「これからがたいへん。けど、きみたちな、ら」
存在が、薄れていく。
「ごめ……まだ……」
「ハク様!」
消えゆく存在を、呆然と見送った。
「……まだ、お力が戻っておらなんだ」
ギーが俺に寄り添い、その赤い目を潤ませる。
「ギー、お前……」
「殿下の決意、われも確かに受け取った。
美麗なもののけが微笑む。その頭には、赤い角が二本、生えていた。
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