第05章 学校で
031 > 生徒会
先週金曜日の夜。
辰樹を見知らぬ男に託した後の直次郎は放心状態のまま週末を過ごし、週明け、通常通り学校に登校した。
3日前、予備校で起こったことが現実のこととは思えず、なにかしようにもフラッシュバックのように蘇る辰樹の肢体が脳内を占拠し何も考えられないような状態だった。
(なんだったんだ、アレ……学校来たら捕まえて……)
そこまで考えて、辰樹が直次郎と同じ高校に通っていない事実を思い出す。だが、今日は週明けの月曜日で予備校の授業は入っている。
(ってことは、今日予備校行って……)
そこまで考えていると、ふわりと百合のような香りが鼻を掠めた。
不審に思った直次郎が顔を上げると、知っている顔が数メートル先の扉から顔を覗かせ、教室の中を伺っていた。
(白石……)
それは、直次郎が勝手に思いを寄せている白石玲香。
だが、いくら直次郎でも片想いというのとは少し違うのだろうと思っている。
客観的に『容姿が良い』という感想を、短絡的に恋愛感情と結びつけてしまうのは思春期特有のものだと思っていたからだ。
白石は長い黒髪を一纏めに結び、近くにいる級友に話しかけていた。
(隼人を探しに来たのか……)
今朝、直次郎が学校に出る時間帯を見計らったかのようにLIMEで連絡が来た。それには『急遽、法事で親父の実家に行くことになった。今日から1週間休む。連絡する時間がなかったから、俺の担任に伝えておいてくれ』とあった。
去年まで品行方正とは言い難かった直次郎と正反対の幼馴染・荻本隼人は先生の覚えめでたい学校一の秀才だ。担任に電話一本するだけでよかっただろうに、と直次郎は思ったが、伝言を言いつかったからには直接報告した方がいいだろうと、律儀にも職員室に行ってその旨を伝えた。
だから、隼人が今日から1週間は学校に来ないことを知っているのは担任を除いては直次郎だけだ。
「来月予定してる文化祭予算の件、詰めようと思ってたんだけどな……」
力無い白石玲香の言葉を耳にした直次郎は意を決して立ち上がり、白石の前に向かう。
「あ、の……白石、さん?」
「? はい?」
キョロキョロと教室内を探っていた白石は名前を呼ばれて直次郎を見た。
(うぐっ! び、美人だな!!)
するりと伸びた艶やかな黒髪が左肩から数束流れ、大きな黒目と対比して白い滑らかな肌からなんとも言えない色香が漂う。
直次郎はその圧倒的な存在感に気圧されながら
「あ、の……隼人の幼馴染の……」
「! 北野くん?!」
「は、はい! そうです、そのっ……」
「もしかして、隼人くんのこと、何か知ってる?」
「は、い……」
(荻本、じゃなくて、『隼人』か……)
帰国子女の白石が隼人のファーストネームを呼ぶ真意は知らない。だが、なにか胸の奥がチクリと痛んだ。
「今朝、あいつから急に連絡があって、今週は休むって言ってました」
「そう……」
明らかに意気消沈したその美少女を見て、続けてなんと声を掛ければわからずに固まっていると
「理由とか、聞いてる?」
「家の用事、ってしか……」
直次郎の答えを聞いた時、一瞬、白石の目が細められた。直次郎はそれに気づかなかったが、顎に指を当てて考えるようなそぶりを見せた白石が
「わかった。1週間だけ? 他になにか聞いてる?」
明るい声音と笑顔で直次郎に問いかけた。
「え、い、いや……そんなには……」
「んー……隼人くんと連絡が取れる?」
「LIMEでテキストだけなら……あいつ、あそこに行ったら通話はほとんど繋がらないから……」
「? あそこに行ったら? 通話できない? なんで?」
「さあ?」
「……ま、いっか。LIMEかぁ……隼人くん、私にも教えてくれないんだよね。やっぱりそれって幼馴染特権?」
「特権って……」
直次郎と白石は既に教室から出て廊下で立ち話をしていた。
白石玲香が転校して以来、その容姿に一眼で惹かれ、勝手に目で追っていた対象が隣で自分と話していることが信じられなかった。
先週、自分の身に起きた童貞喪失事件も頭から消えていた。
(これは……隼人には悪いけど、役得っつうか……すまん!)
直次郎と校内随一の高嶺の花が廊下で人目も憚らずに会話している機会が1週間の間よく見られることとなり、ひっそりとよくない噂がたった。
『元不良の北野が、幼馴染の荻本の彼女をNTRしようとしてる』と。
そんなことを知らない直次郎と白石は、隼人を介した会話をしているだけだったが。
何も知らないのは直次郎だけで、最悪なタイミングで色々なことが同時並行に多発しようとしていた。
君知るや〜 最強のΩと出会ったβの因果律 〜 有島 @arihima-kth
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