030 > カジノ(その2)ー 白衣の男


 コロシアムに隣接したカジノは規模が若干大きいものの、賭場の内容は通常のカジノとほぼ同じである。


 もともと滝信会の下位団体が運営していたものを、組を丸ごと取り潰す事になったことを切っ掛けに康樹が安く譲り受けた。というと、いささか都合が良い話だった。

 事実は、激しい同位団体同士の内部抗争が原因だったのだが、それも裏で糸を引いていたのは康樹だったのではないかと言われている。


 カジノ自体に魅力があるわけではなく、ほぼ治外法権化している康樹の目に止まっただけだ。そこに新たにコロシアムを拡張併設して現在の会場がある。


 先のゲームはあくまでもエンターテイメントの目玉として供されるものであり、元からここは闇社会の社交場として成り立っている。


 最近は表社会の方で面倒なことがあると、すぐ警察組織が介入してくるためやりにくいことこの上ない。近く、極道を『暴力団』と呼称し、取り締まる法律ができると聞いた康樹は、先手を打つべく世界中に人脈と暗躍の場を広げているところであり、その機会を供する場ともなっていた。


 世界中から裏も表もなく老若男女の資産家も、表立って顔を晒すことができない連中も多数集まってくる。ここにはそれだけの価値がある、と思われているからだ。


 ヒトの獣化に成功し、裏社会の日本のみであるにもかかわらず、巨大なショーとして認知されているのは康樹が指揮を取っているあるモノの仕業でもある。

 ここまでくると、彼以外の何者にも市場を制御できないのではないかと思われていた。



 カジノのVIPルームの一室では、壮年を超えた老紳士たち10数名が雁首を揃えて集まっていた。

 円卓を囲んで雑談を交えながら食事をしているが、誰1人として酒気を帯びているものはいない。


 康樹は今日『重大発表がある』という触れ込みで急遽このゲームをセッティングした。一同に会しているのは世界から集められたマフィア闇社会の幹部たちである。


「化け物のゲームには興味がないが、康樹が何か発表があると聞いて駆けつけたんだが?」

「私もそう聞いている。ずいぶん久しぶりじゃないか、このメンツは」

「久しぶり、そうネ、3年ぶりね。……彼のデビュー以来ね」

「……手土産を持ち帰らないと、ファミリアに……」

「今回はお忍びで来たからジェット燃料は自前なんだ。明日は本国でブルーデイズの試合観戦に妻と行く約束をしてる。早く済ませてくれ」


 それぞれの老紳士たちが異口同音に地球語となっている英語で不満の声をあげる。それを見やると康樹は白い布手袋をはめた右手をあげた。


「それぞれの抗議は後ほど伺います。今は静粛に願えますかね」


 パチンと指を鳴らすと、部屋の奥にある暗幕が引かれ、スクリーンが映し出された。


「なんだ? またショーか?」

「……ショー、と呼ぶかどうかは皆さんにお任せしますよ」


 天井からプロジェクターが降りてきて、そこに何かが映し出された。


「?」

「なんだ? これは?」

「まぁ、黙って見ていてくださいよ」


 康樹がそう言うと、プロジェクターは、どこかの会場で、まだ若い学生のような白衣を着た男を映し出した。その男が普通と違うのは、登壇しているであろう舞台上に車椅子で登場したことくらいだ。


「誰だ?」

「見たことないな」


 口々にそう言うと、その男がどこかの会場にあるこれまた巨大なプロジェクターを背に車椅子ごと前に出た。

 聞き取りづらい様子だったが、その男がこう述べた。


『お集まりいただきありがとうございます。今回の発表者である、東亜城とうあじょう大学、生物理学部遺伝子工学科准教授の南野なんの 実徳みのりと申します。よろしくお願いします』





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