第31話 絶景ハマのアトラクション
何やってたんだよっと問い詰めたかったが、ミナトが冷静さを取り戻した。
「時間ない。
早く、ここ。離れよ」
ももしおの話を聞くのは、無事1階に到着してから。
昼食の調達のためにコンビニに向かう。歩きながらももしおの話を聞いた。
「ほんっとにほんとにびっくりしたんだからね」
ねぎまは半泣きだった。が、ももしおは能天気。
「なんかでっかい滑り台だなーって見てたの。そしたら人が来て。で、滑れるのかなって」
ももしおは、カビのテープを太陽光発電の淵に貼り、透明のセロハンを剥がし終わった。高いところが大好きなももしおは、フラフラと誘われるように屋上の端へ行ってしまった。とてもいい眺め。
見下ろすと普通のアトラクションにはない、スリル満点の滑り台。それは、かもめプラザホールの建物についていた横浜市のマークである。カタカナの「ハマ」からデザインされた横長ひし形の真ん中に横線1本。
「滑っちゃったね、シオリン」
「空ん中で滑ってる感じ。サイコー」
分からん。ももしおを理解できん。
「死ぬって」
オレはブチ切れたいところを抑えに抑えた。どんだけ心配したか。
「へーきだよ。滑り台の先に、道、続いてたもん。壁に横ジマの凸凹ついてるじゃん」
「あるね。道じゃないけど。シオリンったら」
確かに壁には横ジマ模様の凹凸があった。その幅は恐らく40センチほど。横浜市のマークよりはるかに狭い。
「それを伝って窓から入っちゃった。それがね、男子トイレだったの。男子トイレって個室、少ないんだねー。鏡も小さくて」
「そーなの? 知らなかった」
会話がいつもの身のない話に変わりつつある。どう助かったかは把握できたから、どーでもいい。
「そしたらね、もう陽キャ大臣御一行が来ちゃったわけ。隠れたよー。個室じゃトイレ使用中んなっちゃうじゃん。だから、道具入れるとこに。びびった! SP、道具入れまでチェックするんだもん。道具に隠れてセーフ」
「やだ、シオリン。ばばちぃ」
「臭うかも。でねでねでね。そのまま、SPさんがトイレタイム。ほら、見てみたいじゃん? 気になるじゃん? こんなチャンスないじゃん。でも、乙女としては、初めて見るモノが排泄状態ってのはいかがなものかって悩むわけ。SPだったら鋼の体。体イケメンってだけでやっぱ、そそられるじゃん? 鏡に写った顔、まあまあイケメン」
「シオリン、お口にチャック」
ももしおが桜貝のような可憐な唇から耳を覆いたくなる言葉を垂れ流す。悩むとか言いながら、めっちゃ見ようとしてたわけな。
最寄駅のコンビニにはももしおが相模ンに贈ったアクスタが並んでいた。あれからもう、3週間経つのか。
4人でコンビニ駐車場の車止めに座ってカップ麺。
「荷物あったからレンタサイクル?」
オレはねぎまに聞いた。
「ううん。乗り換えとかめんどくさいから借りたの」
かももプラザホールが使われねい理由の1番は、交通の便が悪いこと。横浜から鶴見に行き、鶴見駅で鶴見線に乗り換えなかればならない。或いは鶴見駅からバス。どちらも本数が少ない。バスはかもめプラザホールの前に停車するが、最寄駅からは徒歩15分。
「そっか。荷物担いでチャリ漕ぐの、大変だったんじゃね?」
スーツケースは重かった。階段を上るとき、腕がぱんぱんになった。
「ううん。荷物はかもめプラザホールの隣の空き地に隠しておいた」
え。
ももしお×ねぎまは、温室前でカビのテープを受け取った。気前のいい勅使河原さんはスーツケース1コにぎっしりテープを詰めてくれた。1つのスーツケースには、すでにネットで大量購入した使い捨てカイロが入っていた。家まで持って帰りたくなかったので置いていくことにした。が、かもめプラザホールは前に訪れたときと違い、掃除されていた。国務大臣を迎えるに当たって不審物のチェックをする恐れもあった。ってことで、隣の空き地の草むらに隠して落ち葉で覆った。横着者。
ちなみに、今はかもめプラザホールのホール内の隅に置いてある。遠方からの来訪者の荷物に紛れている。
「帰り、どーすんの。あれ持ってチャリ大変じゃん」
「帰りはチャリ、近くのポートに返すから」
最寄駅にレンタサイクルの返却ポートがある。
「軍手やゴミ袋は買ったけど、シャベル、なかったね」
ねぎまが「どーする?」とオレを見る。
「大丈夫」
オレはペットボトルを斜めに切ってシャベルの代用品を作った。
準備OK。
意を決してかもめプラザホールへ向かう。
できるかもしれないし、できないかもしれない。でも、何もしないよりはいい。……いいのか?
少なからずオレは、特大の砂遊び的なことにわくわくしていた。
かもめプラザホールに戻ると、広場にスーツ姿の背筋がシャキッとしたおっさんが1人。明らかに日曜日のお父さんじゃない。きっとSP。SPらしきおっさんは、ホールの周りを調べたのか小道から現れた。
セーフ。もしも排水の制御装置を調べていたときや作業をしているときだったら危なかった。
時刻は12:30。お昼休み。かもめプラザホールの広場には多くの人がいた。ところどころに置かれたベンチでおにぎりを食べる家族、出前のピザを食べる家族など様々。本日晴天、風弱し。外で食べるには最高。ギャングのようなウミネコがいるが、それもまた一興。
それにしても。ガキんちょは容赦ない。せっかく掃除して落ち葉が集めてあったのに、落ち葉の山で遊んでいる。展望台は落ち葉だらけ。ガキんちょらは落ち葉まみれ。被せてあったネットを木に引っ掛けてハンモックにしようとするがきんちょもいる。賞とかとるくらい賢くても、オレが小さいころと一緒じゃん。
「あ、にゃんこ」
ねぎまが猫に手を振る。猫の親子は人の多さにビビっているのか、植え込みの下に隠れている。虎視眈々と食べ物を狙っているのかもしれない。
「あいつ、太り過ぎじゃね?」
オレは母猫のことを言った。ら、めっちゃ返り討ちにあった。
「女性に太ってるとか、失礼!」
「うんこ宗哲」
「はい」
「太るのはお母さんの仕事だからね」
「野良ちゃんの厳しい世界で生きてるんだもん。あのお母さんはやり手だよ」
「おっしゃる通りです」
女子の結束、怖っ。
ミナト先生は冷静に分析。
「魚を取ってるわけじゃなさそ。
工場の人らから、
食べ物もらってるかもね。
人に慣れてるじゃん」
確かに。
広場には京を含めた8人のガキんちょもいた。食べているのはバーガー。近くには京の両親と祖父母がいた。ご挨拶。めちゃくちゃお礼を言われた。あまりに頭を下げられるので、退散。
オレが勝手に寂しいヤツかもなんて思っただけで、京は両親に大事にされてるっぽい。学校に呼び出されても子供の味方してくれたんだもんな。
「宗哲ニキ」
京がオレたちのところへ走って来た。
「おう。がんばれ」
見れないかもだけど。
「きらきらが飛んでる。
なんかした?」
そっか。京には見えるのか。
「この辺? 温室のじゃね?」
オレはとぼけようとした。
「エレベーターから降りてきたおじさんら、少しきらきらつけてた」
それって、会議室から来た人ってこと?
「そ?」
会議室はエアコンの設定を30℃にしてドアを閉めたまま。
「なんか、換気してるとか暑いとか言ってた」
それを聞いて、オレは京に、自分たちが会議室に施したことを話した。と、京は「手伝う」とオレの服の端を引っ張る。
「京、発表に専念しろって。がんばれ」
エールを送ったのに、京はそれをスルー。オレではなく、ももしお×ねぎまに訴える。
「オレも生レンレンみたいになる!」
それを聞くと、ももしおとねぎまは顔を見合わせて、無言でくすッと笑い、首をこてっと傾けた。
「京くん、手伝うよ♡ お姉さんと一緒に行こう。いざ、禁断の熱い世界へ」
「宗哲クン、ミナト君、すぐ行くから、先によろしくね」
ももしお×ねぎまは、京を真ん中にして手を繋ぎ、どこかへ拉致った。
「生レンレンになるって?」
どゆこと?
「ももしおちゃんとねぎまちゃんみたいに、カビのテープとカイロ、服の下に仕込むんじゃね?」
ミナト師匠が教えてくれた。
「え? あの2人、そんなんしてんの?」
「たぶん。オレのスマホ、ぜんぜん着信音しない。
それに、2人とも汗かいてた」
ええーーっっ。だから、ねぎま、雰囲気違って見えたのか。ん? ってことは、ねぎまって、シャワーの後とか、あんな感じ? うっわー。そーゆーシチュエーション、なってみてー。
ミナトはポケットからスマホを取り出した。歩き出す。オレもミナトと並んで一緒にスマホ画面を見ていた。ネットへの接続を試みている画面が続く。3メートルくらい進むとネットに繋がった。ぶぶーっとスマホが振動し、メッセージが一気に届く。
「すげ。効果バッチリ」
ももしお×ねぎまが、きらきらの麦色の胞子を纏っていたことは大きいようだ。
「あ、宗哲からのメッセージ」
「え、オレ?」
「『会議室に行く』って」
「あ、送ったわ」
届いてなかったのか。会議室で会えたけどさ。
歩きながら向かっているのは「工事中」のガードフェンス。
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