第29話 名づけて、整いました大作戦
どうしようか。
「やれることはやったよ」
ミナトは自らを労った。夜は陸風だった場所に微かに海風を感じる。海を眺める展望台には、記念撮影をする家族がいる。ベンチで4人、一仕事終えた脱力タイム。それぞれ考えてはいるだろうが、テンションは低い。
ねぎまの頬にはミッションに高揚した名残がある。みんなが冊子にQRコードを貼っていた一方、一人で作業をしていたんだから。もっと早くねぎまを手伝いに行ければよかった。お疲れ様。
「京くん、友達、いたね」
ももしおに日焼け止めを塗りながら、ねぎまがオレを見る。
「カノジョまでいるんだもん。
お姉さんはびっくりだよ」
ももしおが残念がる。
「可愛かった」
オレの感想に、ねぎまも笑いながら頷く。海風がふわりとねぎまの髪を揺らし、汗ばんだ首筋が見えた。色っぽ。
「らぶらぶなんだってさ」
と、もしおが下唇を突き出す。
京の友達グループ男子5人は、京以外、私立中学に進学予定。受験の天王山である夏休みは朝から晩まで塾&勉強。だから京は暇だった。もともと5人で私立中学に進学しようと話していた。京はダントツに賢く、塾通いなして中学進学塾主催のテストで好成績を叩き出していた。
5月、京にカノジョができた。カノジョは公立中学へ進学予定。京も公立中学に進学することにした。夏休み、京とカノジョはよく2人で一緒に自転車でデートをしていたらしい。それ、温度測るのがデートのついでだったってことじゃん。くっ。
ついでに、美少年の京は、小学校にファンクラブがあるとか。
モテ格差。モテるヤツは幼少期からスキルを磨き、益々モテる。非モテは非モテのまま。モテの二極化。結局モテは顔なのか? 遺伝子なのか?
今考えるべきは、それじゃない。
そんなどーしよーもないオレの左手をねぎまがつついて遊ぶ。オレ、こんなに可愛いカノジョいるのに、なに考えてんだろ。やめやめ。
がさささ がささささ
不審な物音に目をやると、猫の親子枯葉の山で戯れていた。どうも掃除した落ち葉はここに集められているらしい。施設の正面から見えない場所だからだろう。展望台よりも低い地面から積み上げられているのに、この山! 四畳半ほどの広さで見上げるほどの高さ。上にネットがかけてあり、風に飛ばされないようになっている。
「なんだよー、こっち来いよ」
おいでおいでっとすると、ミケの子猫が1匹だけこっちに歩いてきた。オレのおいでおいでを華麗にスルーし、子猫はミナトの足元に。
「今日は人がいっぱいだね」
ミナトが子猫に話しかける。
オレは側溝の中にから子猫を助けたことを思い出す。まるで自分が子猫になったように、頭の中に側溝の底にいる映像が浮かんだ。走っても走っても出られない。かもめプラザホールの周りを小道と一緒に一周する側溝。コンクリートの壁が延々と続く暗路。
かもめプラザホールは陽キャ大臣が隣の工場の排水の熱で暖房できるよう働きかけた施設。その功績は地球に優しい運動として陽キャ大臣の明るくクリーンなイメージを作っていった。
現在、工場の排水は海に排出され、温泉卵ができるほど。
「あのさ、温泉卵って、何度でできるんだっけ」
オレはももしおに聞いた。
「65℃くらい」
65℃か。海水と混じった上で65℃ということは、工場からの排水自体はもう少し高いということ。問題は多々ある。完成ではないけれど話してみよう。
「あのさ、できるなんて思ってねーけど、喋ってい?」
前置きした。また、うんこヘッダーで呼ばれるのは覚悟の上。
「何?」
「どーぞ」
「いーよ」
「ホールの周りにさ、道あるじゃん。あれと一緒に側溝があるんだよ。雨水排水用の。コイツが閉じ込められてたとこ」
オレはミナトに抱っこされている子猫を指差した。
「ああ、あるね」
とミナト。オレは続ける。
「それ、網目のある蓋ついてる。
その上にカビのシートを置いて、
その下にお湯を流せたら」
「すごーい! それいい。
カビのサウナ状態。
名づけて、整いました大作戦」
ももしお、名づけんでいい。
「ただそこまでで詰んだ。
お湯の温度、もし、海水と混じって温泉卵を
作れるなら高すぎる。
それより、側溝までお湯を運ぶなんてムリゲー」
そこで終了。
ねぎまは眉を寄せて考え始め、ももしおは、かもめプラザホールと工場との境へ走った。
「あ、シオリン、待って」
3人でももしおの後を追う。
ももしおは、境にある高さ1.2メートルほどの柵に肘と顎を置いて、工場の方を眺める。
温室とかもめプラザホールの境には、まだKEEP OUTのテープが張り巡らされている。柵は工場の敷地の終わりまで続き、温室とかもめプラザホールの境にはない。小学生のときに潜った温室の両開きのドアが見える。グループ企業だからか、工場と温室との間に柵はない。
かもめプラザホールと工場の柵の辺りには何本もの配管が走っている。
爆音の後見に来た時は、温室は破れた部分に青いビニールシートが張られ、下の方に土嚢が積み上げられていた。崩れた土もあった。
今は、温室の破れの上半分が直され、その下の方は修理中。黄色と黒の「工事中」のガードフェンスで囲まれている。
ももしおはリュックの中からパンフレットを取り出した。周りにカモメの絵が描かれているパンフレットには、工場の排水でかもめプラザホールが暖かくなる仕組みが説明されている。図はシンプルで簡単。小学生向け。それに添えられた写真には、「制御スイッチ」「バルブ(使う時に開けるよ!)」「配管(工場からの温かい水」」と文字が加えられている。
「やっぱあそこで制御してる」
ももしおは配管と同じ色で塗られた箱を指差した。クルージングのときにも、双眼鏡で覗きながらくっちゃべってたっけ。
「土曜は工場、稼働してたけど、
今日は休み?
そしたら、お湯、出ないんじゃね?
冬だったら、こっちの施設の暖房のために
あったかいの、どっかに溜めてそうだけどさ」
ミナトが静まり返っている工場を見た。お湯が海に流れている気配もない。
そのとき、ねぎまが思い出した。
「あ、でも待って。温っかい水、あるはず。
勅使河原さんが、温室は工場の排水で
温っためてるっておっしゃってたもん」
4人で配管を見る。制御装置には、別方向へ行く配管が1本あった。それは温室へ繋がっている。
温室に目をやると、中では木々の間を派手な鳥が飛んでいる。温室の温度は保たれている。今も温っかい水が来てるってこと。
しゅたっ
気づくとももしおの姿は、オレの隣から消え、温室の一部を囲んでいる「工事中」のガードフェンスのところにあった。
てててて
ガードフェンスはローラー付き。ガラガラとこっちまで運んでくる。やめろ。オレは盗みには加担しない。京に正義のヒーローって言われたばっかじゃん。何やってんだよ。
「それはあかんって。パクったらダメ」
オレの言葉にねぎまは冷たい目を向け、ももしおに手を貸した。
「動かすだけ」
とももしお。
そして、ももしおが運んでくる何枚ものガードフェンスをかもめプラザホールと工場の境目近くに並べていく。オレはただオロオロしていただけ。ももしお×ねぎまの意図が分からないまま。ミナトは2人がやらかすことが人目につかないよう、小道の方で見張りをしている。「こっちは危ないよ」と言うミナトの声が聞こえてくる。
ガードフェンスで目隠しをした後、ももしお×ねぎまは工場の敷地に入って制御装置の扉を開けている。
え、ももしお、制御装置の外にあるバルブ回してるし。もう勘弁してくれ。心臓がもたん。
2人は戻ってきた。ミナトも戻ってきた。
4人でガードフェンスの向こう側に身を隠す。
「湯気が出るお湯、バルブを開ければ出てくるよ。
制御装置では温室と一緒に扱われてるっぽい」
ももしおは嬉しそうに報告する。ねぎまも頬を紅潮させながら言った。
「ホールの暖房用の排水は地下の下の方へ流れるようになってる。
今はそっちのバルブ、閉まってた。
温室の方へ流れる切り替えがあって、
予備が1コ、使われてないまま。
予備の配管はね、地下に潜り込んでないの。
全く使ってないみたい。
それ、使えそうだよね、シオリン」
「問題は、どーやって、
排水を配管からこっちの側溝に持ってくるか。
だよね、マイマイ」
そこでミナトが指摘した。
「問題は他にもあるって。
側溝は下水に繋がってるじゃん。
道路からの引き込みの位置からして、
温室辺りから下水に流れる」
そうすると、たとえ排水を側溝に持ってきたとしても、ホールの周りを1周する前に下水の方に流れ込んでしまう。
「堰き止めちゃお」
とももしお。ももしおはしゃがみこんで地面に図を描いた。ホールの円。その周りにもう1つの円。円の外に道路となる直線。さらに、外側の円から道路方向へつ向かう線。外側の円から道路方向へ向かう線が下水への流れを示している。
「ここんとこを堰き止める」
ももしおは外側の円から道路方向へ向かう線にバツ印をつけた。その部分を堰き止めれば、側溝は、小道に沿ってホールの周りをぐるっと一周するだけの円状になる。
「待った。それをしたら、溢れる。
完全には塞がない方がいいかも」
溢れてしまって網の上のカビが水浸しになっては困る。カビが水に耐性があるかどうかは知らないが、胞子は水に弱い。発生した胞子が即、消滅してしまう。
配管の太さを考えると、それほどたくさんの量の水を一度に流せない。ルートの最後の部分は熱が奪われて温度が下がる。堰き止めて溜めるよりも、熱い排水を流しっぱなしにした方が温度が上がると思う。それを説明した。
ねぎまはガードフェンスの隙間から、かもめプラザホールを除き見る。
「展望台のある海側が1番高くて、
そっから道路の方へ流れるように
造ってあるじゃん。
展望台への階段が始まる、あの角。
あそこから流せたらいーよね」
それは制御装置から直線距離で約10m離れていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます