第28話 100人のうち99人が忘れる顔

「今日、3回SNSがアップされて、1コ消されてる。

 最初が見送りに来てくれた海外の要人との写真。

 2コ目はね、飛行機の窓からの写真。

 3コ目が消しちゃったやつ。

 2日に1度のご飯の記事がなし。

 だよね? マイマイ」


「うん。

 だから、明日はきっと、

 ご飯、京くん、お祭り」


「京くんに、明日のこと聞いたんだよ。

 そしたらね、持ち時間は1人3〜4分、

 10時から始まって47人が発表、

 遠い県から順番で12時から1時間休憩、

 関東圏は午後の最後。

 授賞式は発表の後。

 京くんは朝から来るって。

 はりきってる感が、かわちぃ♡」


「シオリン、久しぶりに会えるね」


「うん♡」




 京が陽キャ大臣と談話する会議室は、本日、ももしお×ねぎまが確認済み。予約は秘書のインターネット担当の人の名前で取られていた。



「別に誰でも入っていーんだって。

 公共の施設だから。

 工場排水の熱利用のパンフレットまでもらっちゃった」


「会議室は、誰でも予約すれば使えるみたい。

 ネット予約オケ。

 シオリンと会議室見てきたよ」


「エアコンのスイッチ、

 会議室ごとにあったし」



 勅使河原さんによると、カビの胞子は、28℃から少しずつ飛び始め、35℃から60℃で盛んになる。胞子は空中に浮遊し、空気と共に流れる。密閉した室内の場合は長時間浮遊している。実際に仕掛けられた生レンレンの体感では、効果は1日半程度とのこと。十分。


 陽キャ大臣がいつものテンプレート通りにSNSを使うとしたら、京の記事はアップされない。

 

 いくらオレでも、すんなり行くとは思っていなかった。


 それでもやっぱ、どっか甘っちょろかったんだよ。



 夏休みの研究発表の日曜、思い知った。

 オレたちは、大人に抗おうとしたけど、所詮ただの子供にすぎないってこと。






 第1関門は冊子だった。


 

 会議室にきらきらの麦色胞子のテープを仕込むには、陽キャ大臣が到着する前に現場に行かなければならない。かもめプラザホールの開場は9時。その30分前に現地海側、展望台のベンチに集合。

 オレは集合時刻の10分以上前にかもめプラザホール前に来た。


 掃除されている。昨日は暗くて気づかなかったが、落ち葉がほとんどなくなっている。イベントに合わせて掃除されたのだろう。


 かもめプラザホールの敷地に足を踏み入れるや否や、小さな足音が聞こえた。走ってくる。



「うっす。早いじゃん。京」


「宗哲ニキ!」



 京だった。京の後ろにわらわらガキんちょが7人。



「「「「「「「おはようございます」」」」」」」


「おはようございます」



 礼儀正しく挨拶をする7人のガキんちょに挨拶を返す。

 えっ。京ってぼっちキャラじゃねーのかよ。



「友達とカノジョ。宗哲ニキ」



 京はみんなをオレに紹介し、オレを友達とカノジョに紹介、、、カノジョ!? 小学生だろ? ぼっちキャラじゃない上にカノジョまで。マジかよ。

 ややショックを受けているオレに、京は手にした冊子を広げて見せる。



「これ、改竄されたデータの方。

 電気畑、載ってない。

 グラフまで抜かれてる」


「えっ」



 最終的な10本の線が並ぶはずのグラフが9本になっている。1番上にあった電気畑のグラフがない。電気畑に関する考察もない。地図にあった印も。

 何うっかりしてたんだろ。相手の目論見なんて想像できたのに。


 そこへ、ももしお×ねぎまがやって来た。挨拶&説明。京の持つ冊子は配られたものじゃなかった。建物の外に積まれたまま放置されているのを、京が勝手に1冊取ったと言う。



「訂正の紙配る?」



 ねぎまが京に聞く。



「もーいーです」



 諦めて目を伏せた京の両肩にももしおが手を置いた。



「よくない! 京くんの研究は京くんのものなの。

 よし! 冊子は何冊くらいあるんだろ。

 このホールの客席数と考えて、、、

 こっちは10人。できる!」



 何が?

 ももしおはリュックの中からパソコンを取り出した。何やら操作し始める。


 

「シオリン、荷物、取ってくるね」



 ねぎまはかもめプラザホールの小道に消えた。ガキんちょたちとももしおの作業を見守る。あっという間だった。ももしおはサイトを作り、そこに京の正しいデータを掲載した。そして、そこへのURLをQRコードにした四角いマークを作成。A4の大きさに、ぎっしり並べる。それをUSBに保存。



「宗哲君、これ、コンビニでコピーしてきて。30枚くらい、自転車、そこにあるから。ついでにハサミも2つくらい買ってきて。テープはある。はい、自転車の暗証番号、送った。もう自転車のロックしないで」


「りょ」



 オレは放りスマホに届いた暗証番号を赤いレンタサイクルに入力。最寄りのコンビニまで全力疾走した。QRコードを冊子に貼るんだと思う。

 サクッとコピーして戻る。まだ開場の時間前。誰もいない。

 

 スマホにメッセージが届いていた。

 

『職員用のドア開いてる。

 ロビー奥』


 ロビーの奥には「関係者以外立ち入り禁止」の札。みんなはその向こう、フェイク観葉植物の影にいた。


 そこではすでに作業が始まっていた。ミナトも到着して作業に加わっている。台車に積まれた冊子は紙に包まれていた模様。それが外されている。そして、京の研究のページが次々と開かれて重ねられていく。オレはコピーした紙や買ってきたハサミをみんなの前に出した。幅広のセロテープが5センチほどの長さに切られ、観葉植物の植木鉢の周りにくっつけてある。

 作業は静寂の中で速やかに執り行われた。工作さながらチョキチョキとQRコードをハサミで切る人、セロテープでそれを貼る人、ページを開く人、まとめて紙で元通りに覆う人。


 ねぎまがいない。会議室の方へ行ったのだと思う。


 かもめプラザホールの公共施設としての開場は9時だが、夏休み研究発表の受付開始は9時半から。現在8時35分。間に合うか。


 9時20分、完了。やればできる。



「正義のヒーローだ」



 京はももしおを称賛した。


 QRコードを貼った冊子は、その部分だけ膨らんで異様。元通りの束にできず、上下を半分入れ替えた。きっと冊子を手にした何人もはQRコードを読み込むだろう。だってさ、まずそのページが開いちゃうんだよ。作業工程的にそのページが開きっぱなしで積まれてたから。


 オレは、台車に載せた冊子の山を正面玄関入り口の方へ持って行く。正面玄関横のロビーは小学生とその家族らしき人たちで溢れている。

 首から名札をぶら下げた何人ものスーツ姿の人達が受付用の机を並べ、アンケート回収ボックスやボードやペンを用意している。

 


「お疲れ様です」



 そう声をかけ、さりげなく台車ごと冊子を置いた。歩く速さをそのままに、その場を離れた。

 はー。緊張したぁ。

 大丈夫。オレの顔は100人のうち99人が忘れる顔。




 4人のグループチャットに『会議室行く』とメッセージを送り、会議室が並ぶエリアへ行った。

 公共施設がオープンしたばかりの時刻、未使用状態の会議室のドアは開け放たれている。その中に、たった1室だけドアが閉じられていた。

 音を立てずにそのドアをそっと開ける。中ではねぎまが作業していた。



「マイ」


「宗哲クン」



 床にしゃがんで作業をするねぎまの横で、壁にテープを固定するのに手を貸す。

 カビのテープはガムテープのように接着できる。カビが付着している面には薄い透明のテープがあり、反対側の接着面にはシール用のようなツルツルした剥がせる紙がついている。カビは白い。会議室の壁も白い。床と壁の境の壁側にピッタリ張れば気づかれにくい。既に会議室の3辺には2段にテープが貼ってあった。残りは廊下側。



「冊子の方、終わった」


「すごい。

 お疲れさま」


「こっちも急がないと」



 そう言うオレにねぎまが教えてくれた。



「大丈夫。会議室の予約は午後だから」


「よかったー」


「でも急ぐ。会議室の廊下に監視カメラあるの」


「ええっ」


「角度変えてある。うふっ」



 それ、得意だよな。ファーストフード店でもやった技。



「またかよ」


「昨日来たときは作動させてなかった。

 受付んとこで見えたの」



 かもめプラザホール自体、普段は誰も来ないもんな。


 そこにももしおとミナトが合流。4人で作業。



「ドアのとこ、どーしよ」



 ドアと床には僅かな隙間があった。考えた末、敷居の部分にテープを貼った。さらにドア周りを囲うようにぐるっと壁部分に。


 これで温度設定をMAXにすれば部屋にカビの胞子が充満する。胞子の発生には28℃以上という温度条件を伴うが、発生してしまえば通常の温度でも浮遊し続ける。ねぎまがエアコンをON。そして温度設定を上げていく。



「「「「!」」」」



 温度設定は30℃がMAXだった。当然だ。人間用なんだから。


 カビの胞子は、28℃から少しずつ飛び始め、35℃から60℃で盛んになる。なぜ勅使河原さんが夏でも使い捨てカイロを使っていたのか。本格的に飛ぶのは35℃以上だから。



「あ、でもさ、昨日、猫がつけてたやつで、スマホ繋がらなかったんだからさ、大丈夫じゃね?」



 オレは、作業をこれで終わりにしたかった。悪いことをしているという心への負担に疲弊しまくり。小っさい男、それがオレ。



「ううん。昨日繋がらなかったのは、

 シオリンと私が

 服の下にカイロを貼って、

 カビのテープをつけてたから」


「とりあえず撤収」



 これが第2関門だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る