第27話 大臣に猫ちゅーるをつけるでありますっ

 海を眺めるための展望台のベンチ。人気のない、忘れ去られたような場所。星の少ない夜空の下に白いLEDの光がポツン、ポツンと灯る。

 ももしお×ねぎまは猫の親子と戯れている。ウミネコだけじゃなくて猫の声も混じってた?



「マイ」



 遠くから声をかけた。



「宗哲クン。ミナト君も」



 ねぎまが顔を上げた。寂しげな風景に溶けそうな白い肌。こんなときすら神々しいほど綺麗で息が止まる。 



 とてとてとてとて



 子猫たちの中の1匹が「にゃー」と鳴きながらミナトの方へ歩いてきた。ミケ。側溝の中で出られなくなってた子猫じゃん。ミナトは猫にまでモテるのか。コイツ絶対♀。助けたときよりちょい大きくなってる気ぃする。



「何してんの? ねぎまちゃん、ももしおちゃん」



 ミナトは子猫を抱き上げる。オレの方には母猫が来た。野太い声で「なーご」と鳴く。抱き上げ……重っ。でかっ。ムリ。あれ?



「何これ」



 母猫は体に何かを巻いている。めっちゃ嫌がって、オレに体を擦りつけてくる。



「きらきらのカビ」



とももしお。



「嫌がってっじゃん。取っていい?」



 オレが聞くと、2人は渋々OKを出した。母猫の太〜い胴回りに一周している幅4センチほどのテープを外す。首にも巻かれている。首のテープは半分の幅に折り曲げた。折り曲げているとき、指に少し白い粉がついてくる。これって、きらきらと麦色に光る胞子を飛ばす新種のカビ!?

 猫の体温で温まったカビが胞子を撒き散らしていたから、ねぎまとの通話が切れたらしい。

 自分のスマホを出してみた。繋がらない。すげっ。やっと体感。



「何かしたいの? 京くんのために」



 ミナトは子猫を抱いたまま、ももしお×ねぎまが遊んでいた隣のベンチに腰掛ける。海を眺める横顔に夜の陸風が揺らしたゆるふわウエーブがかかる。



「うん。新しく、気になることが増えたから」



 ねぎまはポケットからスマホを取り出した。



「新しく?」



 オレが聞くと、ねぎまがスマホ画面に写真画像を表示させた。写っているのは3人の男。屋外で撮られた写真。1人はタバコを手に深緑色のガーデンチェアに腰掛けている。他の2人は立っている。立っているうちの1人は陽キャ大臣。座っているのは、、、



「これ、財務大臣じゃなかったっけ?」



 顔は見たことがある。が、政治に詳しくない。有名な人ってことは分かる。博識ミナト先生が教えてくれた。



「経済産業大臣。前職は財務大臣」


「うん。そーなの。

 もう1人はね、分かんない」


「で? ねぎまちゃん、この写真は何?」


「今日の夕方4時ごろ、陽キャ大臣のSNSにアップされて、1時間後くらいに削除された写真。ここ、見覚えない?」



 背景は白っぽいグレーの壁、横に電柱。路側帯? 深緑色のガーデンチェアの背もたれ。ひょっとして。



「アヤCの横にあった喫煙所?」



 京の件くだんの観測地点は、このガーデンチェアから1メートルほどの場所。

 


「そうかもって思ってスクショして見てたの。そしたら、シオリンが」



 ももしおとねぎまが交互に喋り始める。



「ネット繋がらないから見せられないんだけどね。

 オータムリーブスのSNSに

 ショート動画がアップされて。

 黒塗りの車と

 周りにスーツ姿のおっさん達がウヨウヨいんの。

 メンバーが

 『海外ドラマみたい』

 『カッケー』って騒いでたよ。

 偉い人ってSPつくじゃん。たぶんSP軍団。

 景色がね、アヤC前」


「似てるなーって思って確かめたの」


「地図アプリで歩いたんだよね、マイマイ」

 

「後ろの山の形、一緒」


「国務大臣が2人もいたらさ」


「SPだらけっしょ」


「オータムリーブスはスカイダイビングのために移動中で。

 あの道、どっかに抜けるわけじゃない道だったじゃん?

 スカイダイビングできるとこに繋がってンだね」


「陽キャ大臣の飛行機、羽田出発だったのに帰りは成田着」



 I市は成田空港から近い。



「他の2人と会うためかな?」


「でね、陽キャ大臣のSNSの記事、

 気づいたら削除されてた」


「なんかさ、陽キャ大臣ってイメージ戦略上手いよね。

 より強いキャラとの写真で強さをアピール、

 みたいな?」


「陽キャ大臣のコメント、

 『ここから新しい日本が始まる』

 だった」


「経済産業省と環境省。

 なぜなーぜ?」


「派閥が同じってだけじゃなさそ」



 派閥? そんなとこまでチェックしてんの?!

 とにかく。



「余計、京のこと心配ンなって、ここに来たって?」



 オレの問いにももしお×ねぎまはこくこくと頷いた。



「来ただけじゃないよね?

 猫にテープ巻いて。

 このテープ、勅使河原さんから?」



 ミナトが聞くと、ももしお×ねぎまは「もらった」と言う。

 Web会議で話した後、ももしお×ねぎまは京を守ると決めた。関わることを諦めたミナトとオレには見切りをつけた。

 ねぎまは横目でオレを見る。



「どーせ、止めるんでしょ?」



 そんな言葉をスルーする。


 厄介ごとには関わらない平和主義。それがオレのスタンス。でも例外がある。ねぎまの正しさを守りたい。ねぎまがねぎまらしくあるために。



 ももしお×ねぎまが考えたことを聞いた。

 すくっとももしおが立ち上がり、敬礼した。



「猫ちゃんたちにきらきらのカビのテープを巻きつけて、陽キャ大臣に猫ちゅーるをつけるでありますっ。名づけて、頂きネコ大作戦」



 アホかー! ムリムリムリ。

 それに、純真無垢な猫ちゃんたちのことを、頂き女子みたいにゆーんじゃねーよ。

 ミナトが優しくジャッジした。



「ももしおちゃん、猫はホールに入れないよ」



 え、そこ?

 再びももしおが敬礼。



「はい!  服の下にきらきらのテープと使い捨てカイロを大量に仕込んで、陽キャ大臣の傍に立つでありますっ。名づけて、火照るわ♡あっはん大作戦」



 ふざけてるだけだよな。コイツ本気じゃないよな。

 再びミナトがジャッジ。



「SPいるからね」



 今度はねぎまのターン。



「怪文書で授賞式を遅らせるのは?

 陽キャ大臣はお祭りを優先するでしょ。

 だって、当選以来欠かしてないもん。

 授賞式の後、京くんとの時間がなきゃいーんじゃん」



 これにはオレがダメ出し。



「捕まるよ」


「じゃ、ブレーカーを落として授賞式を遅らせる」


「難しいって。

 ホールの職員はブレーカーの位置くらい知ってっから。

 すぐ復旧する」


 

 止めに来てヨカッタ。ねぎまの考えた方法、オレの想像とニアミスだった。



「はい! いろんなとこにきらきらのテープを貼って、エアコンの温度をMAXにするでありますっ、名づけて、火照るわ♡あっはん大作戦2」



 ももしおはネーミングのネタ切れらしい。あれ? ミナトがダメ出ししない。オレ、ももしおだから変なこと言ってるって先入観で決めてないか?

 想像してみた。かもめプラザホールの中にきらきらの麦色の胞子が充満する様子を。建物の中全てが通信障害。



「それ、いーんじゃね?」



 ミナトもオレと同じ意見だった。


 ホントは止めに来たハズ。なのに。嗚呼。



 ももしお×ねぎまは、本日午前中、勅使河原さんから新種のカビのテープを受け取った。2人の傍らにはキャスターつきのスーツケースが2つ鎮座している。中身は大量のテープと使い捨てカイロ。



 4人で考えた。

 1番貼りやすいのは観客席の周り。壁の内側にぐるっと一周テープを貼る。授賞式は全員の発表が終わった後。発表中は照明が落とされている。静かに作業していれば目立たないだろう。観客席の中はネットが繋がらない。陽キャ大臣は、使用するSNSに繋下られないので、記事をアップできない。



「ムリだわ、これ」と博識ミナト先生。「コンサートホールとかって、空調管理のプロいる。30分ごととか温度調整してるし、結構換気されてる」



 うーん。

 記事にしようとしているのは、授賞式後に会議室で撮る写真。じゃ、会議室の周りにテープを貼っておけばいい。


 問題がある。ネットに繋がらなくても、写真があればいつでも投稿できてしまう。


 それに関してはねぎまが調べていた。


 かつて、本当に本人がSNSをしているのかと疑われた。しかし、様々なところで、本人、或いは傍にいる人が陽キャ大臣のスマホで写真を撮り、陽キャ大臣自らがその場でSNSにアップしているところを皆に目撃されている。

 最近では、写真を撮られた人たちが、SNSにアップされた記事をその場で確認するのがお決まりになっている。それは、写真に写った人の合意を兼ねている。



 つまり、世間的にはインターネット担当がやっている、未来の日付のSNSのラフスケッチは存在しない。

 そんな舞台裏を小学生に見せるなんて。陽キャ大臣の秘書、脇甘いし。小学生だからって舐めてる。



 陽キャ大臣のSNSは原則1日2〜3回。3回以上はない。2日に1度は食事をアップ。いかにも多忙の中で急いで食べます、あるいは、本日は疲れて妻の手料理で癒されてます的な庶民メニュー。決して、本当は行っているであろう料亭の豪華な食事やパーティメニューは登場しない。

 SNSのメインは主要な会議。要人と会合。

 土、日は選挙区の自治会的イベントなどの写真が多い。


 必ず、沿いて、している。

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