第26話 可愛い女子限定でさらっとモテたいんです
京の今後を案じつつも、オレはどこかで楽観していた。子供だから。周りが守ってくれるだろうと。
ももしお×ねぎま、ミナト、オレの4人のグループチャットにメッセージが流れた。
『気になる法案見つけた』
メッセージの下にはURL。そこに飛ぶと『国会の内閣法律案』という表が出てきた。
法律案がずらっと並んでいる。閣法番号とか主管省庁とか。なんじゃこれ。第*回国会って、こんなに法律って新しく作られてんの?
時刻は23時。4人ともまだ起きていた。Web会議アプリに集う。
メッセージの発信者はももしお。株について調べものをしていて偶然見つけたらしい。ヤツの日常は謎すぎる。
『法案番号54、クラウド事業に対する人工排熱による環境改善のための課税法案』
(注:この小説はフィクションです)
正直言って、オレにはこれのどこがどう気になるのか分からない。主管省庁が環境省ってとこしか。ねぎまとミナトは違った。
『シオリン、すごいね。この法案、成立してない』
『なるほど。ももしおちゃん、さっすが』
分からん。
「ごめん、説明よろ」
ももしおが説明を始めた。
『環境省はこの法案を通したくて、世論を味方につけたい。それに、真摯で純粋な未来を担う小学生の言葉を使いたいんだよ。法案はね。ーーークラウド事業ってデータをたくさん扱うでしょ? それって熱が出る。それは環境に良くないから、その分税金を払ってもらって緑地化とかに使いましょう的なもの。
陽キャ大臣のSNSの予定はーーー成田京君の考察には”部分的なヒートアイランド現象のようなことが起こっていると考えた”とありましたーーーでしょ?
I市はデータセンターがいっぱい。京くんがずらすように言われた観測地点の先の四ツ角は』
「あ、4つの角全部データセンター」
『そーなの! 京くんの研究と関連があるのかは推測。ただ、政府がひたすら取れるところから税金を取ろうとしてるのは確か』
ミナトが共感する。
『IT産業は成長してるし、メーカーに比べて利益率が高いもんな。金、取れそ』
「なんで、この法案、成立しなかったんだろ」
60個ほど並ぶ法案のうち「成立」の文字がないのは3つだけ。他の2つは主管省庁が金融庁。
オレの疑問について、ねぎまとミナトが語る。
『金銭が絡むと、それだけ成立が難しいってことかも』
『企業に課税するってことだもんね。いろいろ弊害あるっしょ』
『企業献金のしがらみもあるだろうーね』
『海外企業をどう扱うかって問題も』
ももしおが画面の枠の中、両拳で机を叩く。
『ワタシ、京くんを守りたい!』
忘れそうになっていたが、もともと、京を気に入っていたのはももしお。
『シオリン、かっこいい』
ねぎまはぱちぱちと拍手する。
ミナト先生は具体的だった。
『防弾チョッキもないまま前線に立たされる。
税金を払いたくない企業に蜂の巣にされる。
データーセンター作るときから温度対策は考えてるだろーから。あーゆーとこって、屋上に熱を逃す構造になってるはず。地上1、2メートルの温度は変わンない。
企業はあらゆる理論とデータで論破してくる。
言ってたじゃん。京くん、そこは暑くないって。
あのデータが四ッ角のもんじゃないってバレる。
そンとき、大人は撤退。
前線に取り残されるのは京くんだけ』
「子供にそこまでするか?」
楽観的なオレにねぎまは告げた。
『人って、子供ってもンに
特別な感情、持たない?
戦争の被害者の映像
子供、多くない?
子供がさ、世界平和叫ぶと
ニュース。
プロバガンダって
そーゆーのの使い方、上手いよね』
それでもまだオレはピンと来なかった。
「陽キャ大臣がSNSでなんか言ったってさ、
世論まで動くわけねーじゃん」
そして出てしまった。ももしおによるうんこヘッダー。
『うんこ宗哲。忘れたの?
陽キャ大臣はテレビ出身。
おじーちゃん、おばーちゃんのアイドルじゃん。
1ンち中家でテレビが点いてる、
政治的にどばーんと票を抱えた層の。
SNS見なくっても、それをテレビが取り上げたら?
8時、12時、3時、6時、9時に1週間流したら?』
「それ、もう洗脳じゃん」
ぞくっとした。オレも洗脳されてるわ。サラッと流れたアフリカの紛争は傍観してたけど、毎日繰り返し映像になった白人同士の場合は「小児病棟が爆撃されるなんて非道ひどい」って思った。ニュースを観て、老人は事故ばかり起こして危っねと思っていたら、データでは若者の方が交通事故を起こしていた。
『蜂の巣になるかもって分かってても
そうなったら、オレたちじゃ、もう』
ミナトの言う通りかもしれない。
どうすれば京を守れる?
オレは京にメッセージを送った。
『お腹が痛い作戦だ』
返信は、『草』。
土曜。翌日は夏休みの研究発表の日。
17時、部活終了。本日はねぎまも17時で部活が終わる。
『一緒に帰ろ』
ゆる〜くテニスで汗を流して部室で制汗剤をシューシューした後のこと。
メッセージを送ったのに『女子会なの。ごめんね』と返ってきた。はーっと項垂れ、隣で着替えていたミナトにメッセージ画面を見せた。
「なんか、プライオリティ低い気ぃする」
ミナトは爽やかに笑う。
「今更」
そーなんだよな。ねぎまの1番はももしおで、その次が女友達、オレはその下。
「京に『お腹が痛い作戦だ』って送ったの言おーと思ったのに」
「ベタ」
「ベタでもいーんだよ。逃げられりゃ」
そんな話をしながら校門に向かって歩いていると、ポニーテールの可愛い女子に呼び止められた。
「ミナト君♡おつかれ」
ミナトが。
「うっす。部活終わった?」
「うん。今日、マイマイがお休みで、救急箱の補充とか体育館の使用届とかよく分かんなくて」
え、マイマイ? ねぎまが休み? 見れば女子が着ているのはバドミントン部のウエア。
「部長って、ももしおちゃんなんでしょ? ももしおちゃんに聞けば?」
ミナトが返す。
「シオリンよりは私の方が分かるかも。てか、マイマイがいなかったら、シオリンいないよ」
ももしお、どーゆーことだよ。
「え、2人とも?」
「うん。お休み」
女子会はバドミントン部のメンバーでじゃないってこと。
ミナトは女子に別れを告げた後、別の女子に連絡した。
『ミナト君♡』
近くにいると相手の口調まで聞き取れてしまう。
「どーもーっす。あのさ、今日って、ももしおちゃんとねぎまちゃん、なんか予定あるって言ってた?」
『今日は別に。日曜日は予定があるみたいなこと話してた。どうかしたの?』
「2人に部活終わったら渡そうと思ってたものがあっただけ。いなかったからさ。急がないからいーわ。ありがと」
ミナト師匠の華麗なる交友関係。モテ格差。一度でいーからそーやってさらっとモテてみたい。三角関係とかさ、めんどいとこまで行かない感じのモテ、味わってみたいよな。そんなこと思ってる場合じゃない。
「女子会じゃないって?」
「うん。今の子、いつも、2人と一緒にいる子」
ももしお×ねぎまはいつも7〜8人の華やかな女子で固まっている。学食でししやのマスカット羊羹を食べていたメンバー。
「電話してみる」
オレはねぎまに電話した。コール音が鳴っている間に何の用で電話をするのか、ウソの理由を一生懸命考える。
『宗…つクン』
通信が不安定なのか、相手の声が途切れる。風の音とザーザーとしたが聞こえる。さらにもう1つ。
「あ、え、えと。部活終わったら、その、渡そうと思ってたもんあってさ』
『な…に?』
ぎっくーん。そこまで考えてないって。
「い、いや、別に、あれ? マイ、マイ」
そこで接続が切れた。
通話終了。オレってオリジナリティ皆無。ウソ下手過ぎ。
「宗哲って」
ミナトがオレを見て気の毒そうに笑う。
聞こえた。微かに。風の音、波の音。それから、
「聞こえた。微かに。にゃーにゃーゆー音」
「にゃーにゃー? ネコ?」
「ウミネコ。風の音も」
「かもめプラザホール!?」
だと思う。前に行ったとき、通信が不安定だった。
いったい何をしに?
京の授賞式は明日。
まさか、前日から忍びこんで、何かよからぬことを。
オレは2人が、かもめプラザホールの電気系統を「うおりゃぁぁ!」とパイプ椅子で破壊する姿や、ホールに黄色と黒のKEEP OUTのテープを張り巡らして「うふっ」ほくそ笑み、舞台中央にスプレーで爆破予告の落書きをする姿を想像してしまった。オーマイガッ。
「ミナト、どーしよ。止めなきゃ」
「何してんだろ」
ミナトは首を捻っただけ。
「オレ、行く!」
「じゃ、オレも」
オレの焦り度MAX状態に対して、ミナトはゆるゆるモード。ポケットに両手を突っ込んだまま、小走りのオレに合わせていつもより大股で歩いているだけ。分かってない! ももしお×ねぎまは混ぜるな危険。
電車の中からもう1度電話をかけてみたけれど、繋がらなかった。
日はとっぷりと暮れている。工場の方は明るい。土曜日であっても稼働しているようだ。
こんな閑散とした場所、人がいないのは心配だが、ももしお×ねぎまが悪事を働いているのなら、人がいる方が心配。
足音を忍ばせ、かもめプラザホールの周りの小道を歩く。建物の電気は消えている。
風の音、ウミネコの声。
それに混じる鼻歌。
「オータムリーブス♪
オータムリーブス♪
アイドルってすごーい♪
ドルオタは♪ 経済♪
くるくるー♪ 回すよ♪」
ももしお、イターーー!
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