第25話 ドルオタは経済を回す
京から聞いたことを箇条書きにして、京、ももしお×ねぎま、ミナト、オレのグループチャットで共有した。最後に『細かいことは明日以降』と添えて。小学生は寝る時間だったから。そこに京がもらった陽キャ大臣秘書インターネット担当の名刺の画像もアップされた。
次の日、体育館外階段の踊り場に集まった。
深刻なオレに、ももしおは飴のように包んだチョコをくれた。
「糖分取って」
「ありがと。いただきます」
包みから取り出してチョコを頬張る。
目の前を見れば、ももしおがアイドルの顔写真付きの缶を抱えている。チョコの包みはその中に入っている模様。缶はバスケットボールよりやや大きめ。幻のウサギの耳をぴょこぴょこさせ、ニコニコしながらその缶を踊らせる。仕方がない。つき合ってやるか。
「それ、どーしたん?」
ももしおはパーっと笑顔を全開にした。
「よくぞ聞いてくれました! これはね、オータムリーブスってアイドルグループとモチヤがコラボした商品なの! このオータム缶がモチヤとオータムリーブスを救ったと言っても過言じゃないの」
今日は京のことで集まったというのに。ももしおは喋りたくてどーしよーもないらしい。きっと株関連。ももしおは趣味である株の話をオレたちにしかできない。可哀想だから聞いてやるか。
「へー。救ったんだ」
「気づいたのは、文あやちゃんへのお菓子を買いに行った日。女の子が次から次へとコンビニに来て、この缶を持っていくじゃありませんか。いったいどこのどーゆー代物なのか。聞きました。すると、なんとこれは、最後になるかもしれないといわれた貴重な商品だったのであります」
「なんで?」
オレが尋ねると、ねぎまから「宗哲クンって、そーゆーの知らないよね」と茶々が入る。
「では、この百田志桜里、説明させていただきましょう。
オータムリーブスは8人のアイドルグループ。事務所はアイドル育成で有名な芸能事務所だったんだけど、反社疑惑で大スキャンダル。スキャンダルが出た途端、多くの企業がその事務所のタレントを広告に使わなくなったの。ところが! このモチヤだけは使い続けた。理由は、このオータム缶の予約が凄まじかったから。さらにはクリスマスケーキの予約まで入ることが見込まれていた。ここでモチヤの豆知識を1つ。モチヤは元々は名の通り、お餅やさんだった。それがお煎餅を売るようになり、戦後、洋菓子ブームに乗って洋菓子に翻って全国展開」
「はいはい」
一応相槌。早く終わらせてくれ。
「長く続いた老舗のモチヤ、義理人情に厚いじゃあーりませんか。モチヤだけは反社と渦中のオータムリーブスを使い、クリスマスもオータムリーブスで行くことに。世はコンプライアンス時代。外国人投資家が手を引くと宣言したのは日本時間の土曜夜。日本における外国人投資家の比率は約30%。開けて月曜、どんどん株は急降下。ワタクシ、仕込ませていただきました。ドーンと大量に。ここが東証プライム、大型株のいいところ。ちっぽけな個人が大量買いをしたろことで、株価はびくとも致しません。ワタクシ、クリスマスシーズンを過ぎる長期戦になると思っておりました。ところが! SNSで有閑ドルオタマダムたちが呟き始めたのです。このままでは『オータム缶が最後になってしまう』『オータムリーブスのクリスマスケーキが幻になる』と。その声は『私、モチヤの株を買うわ』『幻になんてさせない』に変わリマした。そしてなんと、たった数時間で、大きく下がった株価が戻ったのです。日本のファンの熱い思いが一致団結し外国人投資家に勝ったのでございます。ワタクシ、歴史の瞬間に立ち合わせていただきました」
(注:この小説はフィクションです)
つまり、授業をサボってデイトレをしてたってことか。官僚の道は完全に諦めたんだな。
「儲けたって?」
「がっつり」
「オータムリーブス♪
オータムリーブス♪
アイドルってすごーい♪
ドルオタは♪ 経済♪
くるくるー♪ 回すよ♪」
歌っているももしおは放置。やっと本題に入る。
「京のことなんだけど」
「でかい賞取ると、小学校に官僚が来るって? ナイナイ」
とミナト。
「SNSの記事はできてるなんて。あれって予約投稿できないアプリだよね?」
とねぎま。陽キャ大臣が多用しているアプリは、予約投稿ができない。現時点にあることのみを発信できる。そこが売りでもある。
(注:この小説はフィクションです)
「はいはーい! フォロワーになったよ」
ももしおが嬉しそうに挙手する。
「私も。陽キャ大臣の」
そう言ったねぎまの方を向いて「え」とももしお。
「私は、オータムリーブスのフォロワーになったんだけど」
「ももしおちゃん、オータムリーブスから離れて。はい」
ミナトが優しく諭しつつ、ももしおの口にお菓子を放り込む。黙ってろってこと。
「京は辞退するって言ってたけど、もったいなくね?
せっかく頑張ったのに」
夏休み、朝6時から夕方6時、3時間おきに10箇所自転車で回ってたら友達と遊ぶ暇なんかない。だからって賞がその埋め合わせになることはないけどさ。形あるものになって残ったらいいなって思う。
「本人がもーいいって言ってんならいーじゃん。
その方が関わらなくて済む」
ミナトの言葉をねぎまが拾う。
「ミナト君もそう思う?」
「いや、何に?」
オレには疑問。何に関わらない?
「『部分的なヒートアイランド現象のようなことが起こっていると考えた』って考察が大事なんだろ?」
「考えたってだけなのに、そんなことクローズアップされちゃってさ。
意図的だよ。
研究所の横が暑いの、ヒートアイランド現象かどうか分かんないじゃん。
ってより、場所ずらせとか訳わかんないし。
小学生なら間違えても許されるから?
子供だと印象いいしね」
それってつまり、
「京の研究が政治の道具に使われようとしてるってこと?」
「そー思う」
「私も」
「%WI"J&」
ももしおもお菓子を頬張ったまま同意した。
ねぎまは階段に腰掛け、スマホ画面をスクロールする。
「陽キャ大臣は今日から4日間渡航。コメントにね、『国際会議への出席、頑張ってください。毎年恒例のお祭りパフォーマンス、待っております』ってあったの。お祭りは大切な票田、湘南で行われる、むかーし陽キャ大臣が出演した映画の舞台になったとこ。その映画が出世作だもんね。陽キャ大臣は毎年お祭りで太鼓を叩くんだって」
「さすが陽キャ」
「派手だよなー」
ミナトとオレが感心。ねぎまは続けた。
「きっとね、陽キャ大臣の予定に合わせて、京くんの授賞式の場所が変更されたと思う」
「「「はあ?」」」
「陽キャ大臣は4日間の渡航予定、帰ってくるのは土曜。日曜に夏休みの研究の発表会に出席してからお祭りで太鼓を叩く。京都が会場だったらお祭りに行けないもん」
「どんだけハードなんだよ。じーさんなのにさ。もうちょっと休ませてやれよ」
オレが多忙さ加減に呆れると、ミナトに諌められた。
「トップまで行くのは大変なんじゃね? 休んでたら、次、落選じゃん」
「粉骨砕身ぶりが凄まじー」
「変わり者だよな。もうとっくにリタイヤしていい歳でさ、経済的にも余裕ありそうなのに」
「確かに。変わってる」
日本を考えるって、厨二病の最たるものじゃないのか?
ときどき見かける世界の平和を守る的ドラマや映画、あれを実践しているわけだから。
「文科省がせっかくお膝元の京都でやろうと思ったことを横浜にして、大丈夫なん?」
気配りの男、ミナトが心配する。
「文科省の大臣は元都知事で、東京の選挙区から出馬した人だから、東京に用事あるのかも」
ねぎまは案に票田は大事ってことをほのめかす。そして画面のスクロールを続けている。
「もし、京が発表するんだったら、見に行こ」
一応、オレはみんなを誘った。なぜ一応か、それは、京が辞退したら発表はなくなる可能性があるから。
結果。京は辞退しなかった。というよりできなかった。
辞退の意思は伝えた。第1希望は環境大臣賞受賞の辞退。第2希望は夏休みの研究応募の辞退。応募は京がしたのではなく、担任がクラスの候補を選んで学年主任に伝える。担任→学年主任→副校長→校長→応募というルートで、その中で最も選出に権限を持つのは学年主任なのだそう。但し、応募に権限を持っていたのは校長だった。
京は辞退の旨を担任に伝えた。担任は学年主任に伝えた。学年主任までは辞退を認めたが、副校長と校長は認めなかった。『君の将来に役に立つことだから』と京は説得された。両親まで学校に呼び出された。挙句は、
『これには多くの大人が関わってきて、一生懸命準備してきたんだ。それを君の我儘で台無しにするつもりか。子供だからといって許されることではない』
とまで言われたらしい。両親は「息子の意見を尊重したい」と言ってくれた。しかし、京は校長と副校長が陰で「モンスターペアレンツ」と両親のことをディスっているのを聞いてしまった。
『今までと同じように発表するだけじゃないか。そしたら環境大臣とも会えるんだよ』
そんなことを言われても、京にとってはただのじーさん。どころか胡散臭いじーさん。
京は言っていた。
「オレ、あのちゃんに会える方がぜんぜん嬉しい」
そりゃそーだ。
結局、両親を悪く言われるのが嫌で京は辞退しなかった。
なあ、京。それ、校長の保身だって。多くの人が関わって準備したなんて大人目線じゃん。環境大臣と談話する会議室まで抑えてあることも写真撮ることも知ってるからさ。権威主義ってーの? クソだよな。
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