第23話 成人は18歳、お酒は二十歳になってから

 ほわほわとした柔らかい空気の中で、勅使河原さんは生レンレンに新種のカビの話をした。



「すげーじゃん」


 

 そう言う生レンレンに、勅使河原さんは「ダメダメなの」と語る。


 昨年の春、とある企業(アヤC)からの依頼により、勅使河原さんは多くのカビを培養した。今年春から、カビ密集させてテープ状にしたものを大量に用意した。それにより、社内のネットが繋がらなくなって困る人多数。温室の出入り口にはミストシャワーが設置され、ネットは有線で使用。繋がるという特性だったらよかったのにと社内の誰もが口にする。

 9月中旬、温度条件がネックとなり、とある企業(アヤC)との仕事が中断した。

 会社にはカビのテープが余っている。勅使河原さんはそれを生レンレンに使っているわけだが、まだまだまだまだ大量に残っている。勅使河原さんは、来年の夏前には焼却した方がいいと上司に進言している。


 

「それ、オレ、買い取りたい」



 いきなりだった。



「「「「「え?」」」」」



 言ったのは生レンレン。微動だにせず、横たわって上を向いたまま。



「そーゆーの、でかい会社ってできる?

 個人相手」



 尋ねられた勅使河原さんは戸惑っている。



「どーなんだろ。うちって研究部門だけで営業販売してなくて。あのテープは、研究費で作ってて。どーして?」


「なんか、売れる気ぃする」


「倉庫借りなきゃダメだよ? いっぱいあるよ?」


「まず、ケガ治す」


「そだね」



 テープ購入&販売の話はそこで終わった。知らぬ間とはいえ、効果は生レンレンが1番よく知っているはず。その生レンレンが言ったのだから、本当に使い道があるのかもしれない。


 生レンレンは、あらゆるところにテープを仕込まれていた。部屋、車の助手席、靴の中。靴か。生レンレンの周りがスマホ繋がらないはず。

 勝手に仕込むのもモラル的に微妙だが、作った分からすれば大した量じゃないとはいえ、会社のものをパクってるのは完全にOUT。あかんって、勅使河原さん。嫉妬って感情はここまでさせてしまうのか。



 帰りは久しぶりにねぎまとデート。

 キスしたいキスしたいキスしたい。

 可愛い可愛い可愛い綺麗サイコー。

 できればぎゅーってして触りたい。

 

 象の鼻パークで2人、海を眺める。

 ちょっと人多過ぎ。

 体を寄せるくらいは許されそう。



「京くんと一致したね」



 ねぎまは満足そうに微笑む。京の話よりもキスっしょ。辺りは暗くていい感じ。



「ん?」


「京くん言ってたじゃん。きらきらは1年以上前から見えてたって」


「だっけ?」



 そんなことよりキス。



「勅使河原さんがアヤCから依頼されて、

 カビを増やし始めたのが去年の春。

 ほら、1年以上前。

 増えたらからI市まで届いたんだよ。

 きらきらの麦色の胞子」



 ねぎまは嬉しそう。



「指で数えてたの、全部分かった?」


「京くん、きらきらは平日限定って言ってたじゃん。

 それって、勅使河原さんが土日お休みだから」



 そんな細かいこと忘れてた。



「なるほどー」


「あんな小さな温室からの発生で

 I市まで飛んでくんだね」


「きれーだろな。京、いいな。見えて。

 オレも見てみたい」


「うん。見たいね。

 まだ、1コ、京くんに聞きたいことある。

 8コ目の」



 クルージングで京を問い詰めていたとき、ねぎまはももしおに止められた。7つ目の疑問で終わった。しかし、ねぎまの手は親指の先で薬指のてっぺんを触っていた。それは「8」を表す。


 8コ目の疑問は「どうして横浜と特定したのか」だと思った。だからもうオールクリアだと。



「8コ目何?」


「温度じゃなくて、本当に観察してたのはきらきらかなって」


「きらきらを?」


「してたと思う」


「見てただけじゃなくて?」


「夏休み、

 京くんはきらきらを調べたかったんじゃないかって。

 だってね」


「ん?」


「京くんが調べた10箇所って、

 電気畑と橋の上以外は、

 ほぼ研究所を通る直線上にあるの。

 しかも、同じくらいの間隔で。

 直線はね、雨具レーダーで雲が流れる方向」


「はあああ!?」



 頭に地図を思い出そうとしたが、ムリだった。忘れた。



「きっと京くんは、調べる場所、

 考えて選んでる。

 道幅が広めで見晴らしがいいとこ。

 空を見渡すためじゃないかな。

 京くん、南の方から順番に測るとこ回ってた。

 太平洋側の天気は南西から北東に流れるでしょ」


「それ、いつから気づいてたの?」


「調べる場所を全部教えてもらったとき。

 クルージングの日、後で京くん、

 夏休みの研究のデータ、送ってくれたじゃん。

 それ見て、ああやっぱりって思った」



 そんな前。言ってよ。あ”ー。でもな、あの時点で聞いても興味なかったかも。


 京がマジで調べたかったのって、温度じゃなくて、きらきらだったのかもな。本当にやりたいことがあったのに、ばーちゃんブロックがかかった。諦めきれず、夏休みを使って観察した。そんなだったのかもしれない。


 手すりに寄りかかって海を眺める。水面に建物の灯りが反射して、横浜の海は華やか。象の鼻パークの恋人たちは静かに愛を語らっている。決して、小学生の夏休みの研究についてなんて話題にしていない。今なんじゃないか? いきなり? あごクイをやってみたい。あれはなー。熟練者にしか許されない技な気もする。うーん。何事もチャレンジ。チャレンジしてこそ熟練者への道が開かれよう。まず、頬に軽く触れ、その手を顎に滑らす。よし!



「宗哲クン、ごめんね?」



 え、このタイミングで。手ぇ止まったし。



「なにが?」


「キツイ言い方して」


「ああ」



 あの、ファックとかなんかのことね。



「大人が生レンレンに会うなってゆーの、ホストだからじゃん。偏見じゃん?」 


「まーなー」


「シオリンに言われちゃった。

 『マイマイだって、内緒でホストクラブ行ったじゃん』って」


「ももしおが」


「ほっぺ、ぱんぱんに膨らましてた」


「ははは」


「バレちゃった」


「あんな鈍感なヤツに、どこでバレるん」



 そっちが不思議。



「お店行ったとき、外で掃除してた人いたじゃん?

 シオリンといたときに会っちゃって。

 『友だちのお兄さん、見つかった?』って

 聞かれちゃった」


「うっわー」


「『先日はご親切にありがとうございました』って」


「ふーん」



 他の男の話なんてどーでもいーんだよ。キス。今度こそ。まず頬に。



「あ、そーいえば」



 おっと。再び手が止まる。



「何」


「京くんにカビのこと話したよ。

 Web雑誌のURLも。

 カルロス雨宮氏が勅使河原さんラブなのは

 喋ってないけど」


「京、なんて?」


「すっごい喜んでた。

 すごく知りたかったって」



 だろーなー。見えてたんだもんな。



「一件落着じゃん」


「どこが?」


「きらきらが分かって」


「最初から気になってたのはきらきらじゃないよ。

 どーして調べた場所をずらせって言われたかじゃん」


「はいはい」



 返事はテキトー。だってさ、もう、調べようがないから。ここは横浜、現場はI市。勅使河原さんはアヤCとの仕事がなくなった。そんなことより。そーだ! まず手を繋ご。



 ぎゅっ



 やっと手を握った瞬間、ねぎまのポケットの中でスマホが振動した。長い。メッセージじゃなくて電話。



「ちょっと出るね」


「ん」


「あ、シオリン。どしたん?」



 またしても、ももしお。近くにいるから相手の声もしっかり聞こえてしまう。



『ねーねーねーねー、この間、名刺もらったじゃん?』


「あ、その話はまた」


『18歳になったら遊びにおいでって言われて』


「シオリン、今ちょっと。後で掛け直すから」


『今、18歳になるセンパイたちが名刺見せてって。

 サクッと写真、よろ』



 聞き間違いかな? 18歳になったら遊びにおいでと言われて名刺をもらった……とは? 18歳になるセンパイたちが名刺を見せて……とは?



「マイ、それ、どゆこと?」


「ちょっとごめんね。宗哲クン。センパイ命令だから」


「センパイって、夏前に引退したじゃん」



 受験のために。



「写真だけ撮らせて。はい、ちょっと持って」


「え」



 オレがこの黒地に金文字の名刺持つの? 半分顔写真入り。



 カシャカシャカシャ



 連写する必要ある? 送信した後、ねぎまは名刺を財布に戻そうとする。

 オレは無言で、ねぎまの前に掌を上に向けて差し出した。



「はい」



 ねぎまはオレの掌の上にクセの強い名刺を載せる。その瞬間、キス。オレは口と口を衝突させた。

 


「帰ろ。送ってく」



 象の鼻パークを去るとき、水色のゾウさんの背中に黒い名刺を置いた。

 ありえん。高校生がホストクラブなんて。



「宗哲クン、センパイたちは、ただのノリだから。行ったとしても社会見学だけだと思う。お酒は飲めないもん」


「そのノリ、オレ、ムリ」


「はい。分かってる」


「あのさ、マイ、さっきの名刺の画像も削除して。#横浜イケメンのデータも」



 狭量だと笑いたければ笑え。



「はい、名刺、削除。したよ。

 #横浜イケメンは大丈夫。もうあのサイトないから」


「ホント?」


「……」


「あ、怒った?」


「ううん」



 ねぎまは首を横に振る。



「怒ってない?」


「やきもち焼いてくれたのかなって、

 ちょっと嬉し♡」



 ああ、可愛い。心臓がきゅうううっと絞られる。オレってチョロいよな。自覚あり。

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