第21話 死体じゃなければ拾います

 ももしおのいつもは澄んでいる瞳がキラリと鈍い光を放つ。全く違うバージョンのももしおが降臨。



「まだあるよ。

 アヤCは政府からの業務委託100%の会社。

 多いどころじゃなーい。

 あの研究所にいるのはIT分野の専門家。

 どっかからスカウトしてきたガチエキスパート。

 実は条件が日本人」


「シオリン、それ、言っちゃう?」



 ねぎまは敢えて伏せていたっぽい。

 ももしおは両腕を前に突き出して、エアーマスカット羊羹を飛ばす。



「官僚がししやのマスカット羊羹を持ってくるような、ガチヤバな研究してるってこと。日本人限定社員? アヤC、怪しー。セキュリティを試したなんて、兵器関連かもよ。最近はドンパチ用だけが武器じゃないもん」


「かもしれなくても、武器だったら環境省じゃなくて防衛省だよね」



 ミナトは冷静だった。



「もう1つ。

 パンパカパーン!

 カルロス雨宮が勅使河原さんにアプローチ中」



 ももしおはソファーの上に立ち上がった。あ、いつもバージョンに戻った。

 


「やめたげて。勝ち目ねーじゃん」



 オレは男の味方。そーゆー男心をイジるな。

 ねぎまは「そーでもないんだよねー」と意味ありげ。



「勅使河原さんはカルロス雨宮の経歴は知らないの。

 ただ、IT関連のエキスパートってことしか。

 アメリカのアイビーリーグ出身ってことも、

 年俸がエグい企業に勤めてたことも。

 実は柔道の黒帯ってことも。

 カルロスが親がつけたキラキラネームで

 全くの日本人だってことも。

 ただ、穏やかで知的な人って好印象を持ってる」



 はいストーップ。アメリカのアイビーリーグ出身とか企業の年俸とかキラキラネームの辺り、初耳なんっすけど。



「どーゆー情報網だよ。怖っ」



 ももしおが、オレの目の前で人差し指をメトロノームのように振る。



「ちっちっちっちっ、宗哲君。

 そんなのはネットに鹿のフン並にコロコロ落ちてンだよ。

 ブロックチェーンに関わってたってことも、

 親が病気で日本に帰ったってことも、

 水虫で人前では裸足にならないってことも」



 嫌だぁぁぁ。オレの情報はネットに落ちていませんよーに。



「勅使河原さんが泣いてたとき、

 カルロス雨宮氏から連絡来たよ。

 『こーゆー人だったらよかったのに』って言ってたよね、シオリン」


「うんうん。そーなんだよね、マイマイ。

 生レンレンはさー、若いときに女の子が通る道ってゆーか。

 その点、カルロス雨宮はさー、

 たぶん、知れば知るほど、いいねポイント増えるんだよ。

 莫大なポイント数。ある種レアキャラ。

 そりゃさ、朝起きたとき、隣に生レンレンのツルツル素肌の厚い胸がいーか、

 カルロス雨宮の地味〜な顔がいーかって言ったら、

 生レンレンの方がいい1日になりそうだけどさ」



 おい、カルロス雨宮をディスるな。で、どーして生レンレンは裸で寝てることになってるわけ。

 そこでミナト師匠が一言。



「そーゆーのだけは、理屈じゃないから」



 まいりました。さすがモテヒエラルキーの頂点。

 そして、ももしおによる純粋な疑問。



「ねーねー、ホストってやっぱ、女の人悦ばせるのすっごいンかなー?」



 黙れ。無垢な外見でそんな言葉口にすんな。


 ももしおは今度はカルロス雨宮をイジる。



「金曜、決まって連絡あるんだって。

 『土日に横浜行く予定です。

  おすすめはありますか』とか。

 意外とさりげないじゃんね。

 カルロス雨宮なのに」



 で、ねぎまが言った。



「この前、I市のファーストフードのお店に

 カルロス雨宮氏いたじゃん。

 あンとき、勅使河原さんにメッセージ送ってたんだよ。

 そーだよね、セキュリティの仕事してる人が

 外で仕事するわけないよね」


「あれ、金曜だったもんね。

 今日も金曜。

 月曜に勅使河原さんがデータ研究所に通ってるときから、

 月曜の打ち合わせで金曜に連絡取りあってたんだって」



 その延長で今に至るってことか。



「ねぎまちゃん、勅使河原さん経由でデータ研究所のこと探ろうと思ってる?」



 ミナトは不可能と言わんばかり。



「分かってるよ。

 無理だよね」


「企業秘密だもんな」



とオレ。



「勅使河原さんだって、

 自分の本業の研究のことは何も喋んないもん」


「そりゃそーだ」


「きらきらのカビのことは、

 サイエンス系の新聞や

 Web雑誌に載ったの」


「それすげっ」



 それでアヤCから連絡が来たのか。



「公開されてることだから喋ってくれるだけ」



 新種のカビは、社内では役に立たないユニークな発見として微笑ましく思われているらしい。勅使河原さんは単に電波障害についての調査を押し付けられてカビを発見し、なんとなく担当しているだけで、決して「カビ推し」ではない。


 きらきらの麦色の胞子の素、新種のカビについてWebの記事を読んだ。

 幅4センチで電波の壁を作ってしまうのは、勅使河原さんがカビを通常の発生時の1万倍に密集させたから。カビの胞子は28℃から飛び始め、35℃から60℃で盛んになる。非常に多くの胞子を飛ばすが、自然界においての発芽は困難。人体への影響は今のところ無い。カビのくせに胞子は水に弱い。


 Web記事を読んでいる間も女子トークは続いていた。



「そんなカルロス雨宮、

 明日はやっとデートなんだよねー。

 うちらがけしかけたの」



 ももしおは嬉しそう。「他の人も知るべきだよ」「最初の一歩」「横浜を案内するだけ」と、けしかけた時に遣ったと思われる言葉を高い声でインコのように発する。

 あまりにもっともな言葉。こればっかりはオレも共感。


 食べて泣いて喋って、ももしお×ねぎまは帰った。

 いつもだったらオレも一緒に帰る。なんとなくそうしなかった。

 ももしお×ねぎまが揃うと疲れる。それはミナトも同じ。その辺りはなんとなく分かる。



「宗哲、泊まってけよ」



 烏帽子岩の女は大丈夫? 泊まってけっていうくらいなんだから、来ないんだよな。



「いい?」


「なんかさ、ここ来ると、家帰るのダルくなる」


「居心地いーもんな」



 片付け、シャワーを浴び、少し心が疲れが取れたところで、京のことを思い出す。



「きらきらのことさ、京に知らせないと」



 残念ながら、22時過ぎ。小学生は寝ている。



「明日んなったら、ももしおちゃんがメッセージ送るかも」


「だな」



 ミナトとそんな会話をして就寝。






 翌日土曜の朝、海で日の出を見ることになった。ノリで。

 温泉卵を作るつもりだったが、コンビニの卵が売り切れで予定変更。いつもはみなとみらい方面へ針路をとる。この日は反対の本牧の方へ行ってみることにした。こちら方面には、観光客や女の子にウケるTHE横浜の景色はない。コンテナや赤いキリンみたいなコンテナクレーンや倉庫があり、プラントとは一味違ってマニアック。


 日の出直後、まだ辺りは明るくなり始めたばかりではっきり分からなかった。視界に入ったとき「ん?」と気に留めたくらい。赤いキリンの群れを楽しんだ後、辺りがすっかり明るくなった。来るときに見かけた何かが、朝日を反射する瞬く光の中に異様な存在感を放っていた。ウミネコが一羽、それを目掛けて急降下。降り立つことはなかったが、その周りを飛んでいる。


 双眼鏡で見た。黒いでかい布?

 ゴミは拾っておこう。横浜の海のために。



「あれ、拾う」



 ミナトに伝え、ゆっくり船を近づけた。



「宗哲、ヤバい! 人っ」



 ミナトがエンジン音にかき消されtない大声で叫ぶ。



「人!?」


「ちょ、ゆっくり。危ない」



 なんとか近づいた。

 死体?

 怖い。

 関わりたくない。


 ぷかぷかと水面で揺れる黒い布の影、何か材木みたいなものと浮いている。水の中に白い肩がぼんやり見える。金色の後頭部。クラゲみたいに金髪が漂う。



「警察。あ、ちげっ。海の、118番」



 この船に死体を乗せたくない、そればかり頭の中で駆け巡る。



「生きてる! やった、生きてるよ!」



 ミナトが叫んだ。

 いや、死んでるって。手ぇ出す前にSOSだって。

 とにかく自分は、これ以上死体に近づかないことばかり考えた。波の上がったり下がったりに合わせて、水面のそれはふわんと上がったり下がったり。少し大きな波が来て材木と共に揺れながら角度が変わる。顔が見えた。顎を材木の上にして目を閉じたまま必死に息をしている。死体じゃない!


 人が生きていることよりも、船に引き上げるべきものが死体じゃないことに安心するオレ。クズ。この本性だけは、誰にも知らてはいけない。


 救命用の浮き輪を投げた。投げる前から分かっていた。もう動く力なんて残っていない。

 思ったとおり、浮き輪はただ傍に浮いているだけ。波に合わせて上下する。

 


 ザブン



 生きているなら怖くない。

 オレはライフジャケットを持って足から海に飛び込んだ。材木につかまっている人にライフジャケットを被せて紐を引っ張る。即空気で膨らむ。



「…ぁ、りがと」



 男だった。消えそうな声。確かに聞こえた。

 オレはただ浮いている物体のようになった塊を泳ぎながら船に近づける。船尾が1番低い。そこへ男の腕を上げる。それを船からミナトが引っ張る。ムリ。服が水を吸って重すぎる。それに、腕の長さから察するに、大男。ロープを体にかけ、オレがそれを船の上から引っ張った。ミナトは男の両腕を引っ張った。


 なんとか船の上に引き上げた後、海上保安庁に連絡した。

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