第19話 ウケって振込み詐欺のウケ子のことですか?
ところで。
「#横浜イケメン、どーなった?
どーせ、サッカー部とかバスケ部がトップなんだろ?」
終わったら、ねぎまの元に届いたイケメンデータを全部消去してもらおう。
ミナトは興味なさそうにコーヒーをすする。
ねぎまは画面をスクロールしている。ももしおまでねぎまのスマホを覗き込む。眉間の皺をどんどん深くするねぎま。反対にももしおはニヤニヤと面白がり、とうとう笑いが止まらなくなった。
「優勝、宗哲クンになりそう」
「きゃはははは。あははは。ウケる」
「オレ!?」
そうか、見てる人は見てるんだって。オレをイケメン認定してくれた女子の皆さん、愛してるよー。隠し撮りしなくっていいのに。気軽に声かけてよ。その方がモテが実感できてモチベ上がるから。
自然に顔の筋肉を緩ませていると、ねぎまの冷たい声。
「たぶん、子猫を抱くミナト君を撮った、宗哲クンが優勝」
へ?
「オレの写真じゃねーの?」
「写真を撮った人が競うって企画」
あ、そーか。でも。
「オレ、参加してない」
そこでももしおが嬉しそうに話し始めた。
「それはね。
「文ちゃんって、『文ちゃんが転んだ』の子?」
ミナトは、「あ”ー」と声を発している。
「文ちゃん、ミナト君に告ったの。お返事は残念だったけど、泣きそうになる文ちゃんに、ミナト君はあったかいコーヒーを持ってきて。文ちゃんは神対応に超感激。『今まで通り友達でいてくれて、遅刻するのに一緒にいてくれた』って」
フェミニスト。ミナトならやりそう。
え、遅刻って。ひょっとして、I市へ行った日? ミナトは授業中に電話をかけてきた。そーだったのか。文ちゃんに告られた後だったのか。モテる者はスキルを磨きよりモテる男になっていく。格差社会。
「笑うことじゃねーじゃん」
オレは友達がフラれたのに笑っているももしおを戒めた。
「それじゃないよー。続き。聞いて聞いて。
そんな文ちゃんに、私ね、
宗哲クンが撮った写真あげたの。
ネコちゃん抱っこしたミナト君の写真。
それを光の調整とか服とか背景エモい感じにして
文ちゃんが#横浜イケメンに投稿したんだよ。
だけどね、失恋したばっかじゃん?
だから
写真撮ったのは宗哲君だし、
文ちゃんは宗哲君の名前を使ったの。
そしたらナント、
コメント欄に腐女子の皆さんが、
ミナト宗哲のラノベを
リレー形式で書き始めちゃって」
「ミナト宗哲? ラノベ?」
何それ。
「宗哲クン、そーゆーの知らなさすぎ。
BL。
ミナト君と宗哲クンのラブなストーリー。
ちな、宗哲クン、ウケだから」
ねぎまがため息をつきながら横目でオレを見る。ウケって何? 振り込め詐欺のウケ子? ??
「オレ、なんか勘違いされてる?」
「そんなわけないでしょ。ワタシがいるのに」
オレはねぎまの公式カレシ。
腐女子怖いよー。
「BLが面白くて。きゃははは。
#横浜イケメン、ミナト君、1位」
ももしおは笑いまくり。
投稿された写真は見事な加工。ミナトがネコに向ける優しい眼差し(リアル)、頬に泥(加工)、白いベストに泥(リアル)、枯葉まで(加工)。シャツはベージュ(加工)、陰影(加工)、エフェクト。ここまでの労力に愛を感じる。
タップしてコメント欄を読んでみた。ゲロゲロー。
『……ミ、ミナト、……あっ。……こんなとこで』
は?
1番上のコメントである最新話がエグい。どゆこと!?
一人称「僕」が学園アイドルに憧れたら、妙に迫られ、実は両想いだったというストーリー。読まなかったけどさ。だんだんエロくなっているのだとか。
参考に他の人の画像をタップしてみた。コメントは『大さん橋にいたイケメン美容師』みたいな文のみ。
ミナトもリレー形式のBLをちらっと読み、気の毒そうにオレを見る。
「ごめん、宗哲。完全に被害者だよな」
「気にしてねーって」
しょうがない。ここは潔く文ちゃんの代わりに映えある1位を受賞しよう。涙。カノジョが企画したイベントで辱めを受けるって何。流れ弾に当たった感。お菓子をもらって傷口を癒そう。トリックorトリート。
「優勝は文ちゃんだよ!」
ももしおが意見した。
「そーだよね。画像を加工したの文ちゃんだもんね」
ねぎまも同意している。
「文ちゃんがあの写真をアップしたから、ここまで#横浜イケメン、盛り上がったんだよ」
「シオリン、盛り上がったのは、ミナト宗哲」
「じゃあ、マイマイ、
ミナト宗哲書いた子らに
お菓子あげる?
みんなニックネームだよ?」
ねぎまは眉間に皺を寄せ、唇の両端を下げる。
「あの辺の人たちってのは
分かってるんだけど」
あの辺ってどの辺。
「ほら。マイマイ、嫌っしょ。
文ちゃんが好きなお菓子はねー、
クッキー系とチョコレート系」
「文ちゃんだったら、いっぱい用意しちゃお」
「ねーねーねー、お菓子のタワー作るのは?」
「それ、マジ、いい!
文ちゃんの机、デコろ」
「「トリックorトリート!」」
ももしお×ねぎまは楽しそうに騒ぐ。そして、ミナトとオレを残して、お菓子を買いに行ってしまった。
「なんか、疲れた」
ミナトはイスにどベーっと体を埋める。
「元気だよなー、ももしおとマイ。毎日毎日なんかやってるよな」
オレは頬杖をつく。
「新種のカビのこともっと聞きたかったのに、生レンレンの話んなってさ。宗哲も気にならん?」
「生レンレンのカノジョが遊びに来たときに聞けるんじゃね?」
「いつなんだろ。それ」
「オレら、呼んでもらえんかったりして」
「ありうる」
「「はー」」
ミナトとオレは盛大な溜息をついたのだった。
ももしおの文転の話は煙のように立ち消えた。
理系から官僚に進めると知ったからなのか、官僚になることを諦めたのかは知らない。
次の日の朝、ねぎまからメッセージと共に画像が届いた。机の上に高さ1.5mのお菓子のタワー。リボンでデコられウエディングケーキのよう。文ちゃんの失恋は吹っ飛ぶだろう。授業が始まる前にどーやって撤去するんだろ。
オレの方は、地味系女子を腐女子と疑ってしまう後遺症が残った。
「はい、宗哲クン」
廊下でねぎまに手渡されたのは、リボンのついたうまい棒。
「え?」
「1位だったから。
ミナト君の写真」
流れ弾に当たった傷口にちょうどいいかも。ねぎまがくれたから癒える。
勅使河原薫。それが生レンレンのカノジョの名前だった。
勅使河原さんは、金曜の放課後に遊びに来た。髪を後ろで1つに結んだ、普通のお姉さん。とてもホストとつき合っているとは思えない。紺のブラウウスにグレーのパンツ、黒のパンプス。仕事中は上に白衣を着るそうな。
ももしお×ねぎまが用意した場所は空き教室。少子化により、高校入学時の募集人数が減り、各学年、数年前より1クラス減っている。それによって空き教室が増えた。
32歳の勅使河原さんが卒業したのは14年前。知っている先生はおらず、職員室へは寄らなかった。
「変わったね。綺麗になってる」
勅使河原さんとももしお×ねぎまが、机を4つ合わせた簡易おもてなしテーブルの席について語り合う。テーブルの上には、ジェンガのように積まれた高さ30センチほどのお菓子の山。
ミナトとオレはその横に置かれているイスに腰掛けた。位置的に傍聴者。京は呼んでいない。
ねぎまは卒業アルバムを用意していた。
もう1つ、用意していたものーーーそれは勅使河原さんが帰った後で知らされた。
卒業アルバムを見ながら談話。
進行役はねぎま。ももしおは会話にときどき加わりながら、ミナトとお菓子でジェンガをして遊んでいる。ねぎまが生レンレンを話題にする間、ちょっとイラついていた。オレとしてはきらきらについて早く知りたい。
結論、生レンレンは高3で高校を中退した。学校に来なくなり、しばらくして退学届を出した。友達も後輩も教師も止めた。けれど生レンレンは戻らなかった。
「そのとき、もうつき合ってたんですか?」
ねぎまの質問に、勅使河原さんは首を横に振る。
「高校時代、あの人は有名だったけど、私はその他大勢で。
二俣川で会ったの。
大学2年の夏休み」
横浜市の人が「二俣川」というと免許センターのことを指す。
「運命の再会ですね」
とねぎま。
「もっのすごく勇気出して声かけて。
あっちはぜんぜん私のこと知らなくて。
でも、知らないからよかったみたい」
「知らないから?」
「自分が卒業した後のこと、
いろいろ聞きたかったんだって。
でも、友達って心配してくれるから
聞けなかったみたい」
そういえば、京も似たようなこと言ってた。オレは自分のことどーでもいいって思ってるから話せるって。
この話題、いつまで続くんだろ。人の恋バナ、どーでもよー。
ぼーっと窓の外を眺めていると、不意にねぎまからリクエストされた。
「宗哲クン、
アイスティのベルガモットフレーバー、
飲みたいな。お願いできる?」
ベルガモットフレーバーは校内の自動販売機には売っていない。学校から徒歩7分くらいにあるコンビニまで行く必要がある。つまり、しばらく席を外せという意味。
「ん」
了解しました。
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