第18話 血税を啜るヒルになるの!

 どーしたんだろ、ももしお。何も考えてないような無垢な笑顔がウリなのに。

 話の中身は、そんなん今更な内容。ひょっとして、日本を変えるために政治家を目指すとか? でも、それと文転は関係ない。ドン引きするミナトとオレの前で、ももしお節は更に続く。



「富の再配分こそ政治。でも日本は変わらない。選挙の投票率が高いのは高齢者。その高齢者は若者の未来よりも、自身の行く末を案じて投票する。それは『若者に迷惑をかけたくない』という強い思いでもある。そして国費は膨大な医療費に流れていく。仮に、若者が選挙で自分達世代を考える政治家を選ぼうとしたところで、もう今、若者世代は少数派。若者なんてマイノリティ」



 えーい、我慢できん。



「で、なんで文転かをちゃっちゃと喋って」



 前置き、長すぎ。



「変わらない日本で快適に生きるには、官僚かなって。官僚といえばT大の文1。財務省か経済産業省を目指すことにしたの。事務次官まで上り詰めるのはムリでも、天下っちゃったりして、退職金3回くらい貰う方向で行こっかなーって。そンで、公費で永田町のししやのマスカット羊羹を食べるの」



 ももしおは、左手を腰に右人差指を天井に向かって掲げた。



「シオリン、かっこいい!」



 ぱちぱちぱちぱちとねぎまが手を叩く。

 ももしおはすとんとイスに腰を下ろして花のような笑顔で宣言した。



「決めたの私。血税を啜るヒルになるの!」


「シオリン、お口にチャック」



 すかさずねぎまが、心無いももしおの失言を諫めた。


 なんつーこと言うんだ。日本のために粉骨砕身している超エリート集団のこと、ヒルなんて虫けら呼ばわりすんな。税金が生活の糧ってのは公務員なら全般。更に、給料でもらうよりも退職金として貰った方が節税になるって理由らしいのに、言い方に悪意を感じたし。呆れて開いた口が塞がらない。

 一方ミナトは応援した。



「ももしおちゃん、がんばって。まず、T大に入るって? 理系もOKらしいよ。で、国家公務員試験をトップクラスで合格。入省しても長時間労働して、生き残るためにがんばり続けるんだね。経済産業省って個別株できンのかな? インサイダーとかに絡みそう。ああ、問題ないか。そんな時間の余裕、無くなるから」



 めっちゃハードな出世レースが待ってそう。怖っ。オレ、特別体力あるわけじゃないしメンタルも弱々だから、仮に、すっげー頭良くっても官僚の道は遠慮したい。


 目の前のももしおは、口をぽかーんと開けてミナトの話を聞く。

 まさか、それを知らずに財務省や経済産業省を目指してた?



「官僚って、そんなに大変なの?」



 ミナトに確かめたのはねぎまだった。



「って聞いたことある」


「そーなんだ。シオリン、頑張って」



 オレは無責任に頑張れとは言わない。



「大丈夫か? ももしお」



 ももしおはまだ口をポカーンと開けたまま。

 なぜこんなことになったのかを、ねぎまが教えてくれた。



「あのね、土曜に永田町のししやへ行ったの」


「「またぁ!?」」



とミナトと驚くオレ。



「ムリってわかってたけど、ひょっとしたら、

 金曜のマスカット羊羹が残ってるかもじゃん。

 先週の月曜日から、シオリンは

 『官僚いいよね』って言い始めてて。

 そしたらさ、今回、あの知らないおじさんが来たんだよ」


「京くんのお父さんのとこ来た?」



 ミナトの言葉にねぎまが頷く。続きはももしお。



「マスカット羊羹は売り切れで。

 うちら、しゃーないから栗羊羹買ってたらさ、

 あのマスカット羊羹の人が来て。

 3箱も『お取り置きしておきました』って言われてて。

 ずるいよぉぉぉ。

 店員さんがさ『予算編成ですか? 大変ですね』って優しくて。

 お得意様だからだよ。きっと」



 それで「官僚いいよね」→「官僚になる」→「文転」になったわけね。



「どこの人なのかなーって見てたんだよね、シオリンと。

 そしたら、環境省の建物に入ってったの」



 尾行したな。

 省庁勤めは土曜も仕事なのか。それを見たのに官僚になろうと血迷うなんて。ししやのマスカット羊羹、恐るべし。



「勝ち組だよ。ししやのマスカット羊羹を3箱も。きっと『越後屋、お前もなかなかワルじゃのう』作戦をいろんなとこでやってんだよ。ヒルみたいに張り付いて国民からも企業からもチュウチュウ税金を吸いまくって、ししやのマスカット羊羹を独り占めしてるんだよ」


「ももしおちゃん、日本経済を考えるって崇高な志は?」


「日本経済。……日本株は好きだけど、経済はどうなんだろ。投資の神様効果も円安も円高も海外投資家の潤いに変わりそう。オルカン、レバナス、新NISA。熱燗、レバ刺し、新橋オヤジ。はぁぁぁ。所詮しがない一国民。官僚の道はハードそうだし、ちょっと#横浜イケメンでも見よっ」



 切り替え早っ。反応薄っ。「知らないおじさんが環境省の官僚らしい」「生レンレンがミナトんとこのマンションに住んでる」結構重要なことが分かった気がする。なのに。

 もう、きらきらの件には飽きたんだろうか。それならそれで平和。触らぬ神に祟りなし。平和主義のオレは触れないことにした。


 ミナトは違った。



「あのさ、生レンレン、あのマンションに住んでンだけど。昨日と一昨日、オレ、何かあるかもってびくつてたんだけど。これ以上、気にしてたら禿げるし。その件は?」



 可哀想なミナト。



「生レンレン、やっぱ夜の仕事」



 まるでなんてことない風にねぎまが答えた。



「どーやって調べた?」



 確認せずにはいられない。またホストクラブへ行った可能性大。



「調べるだなんて。

 ちょっと行動パターンを知りたかっただけじゃん」



 ねぎまはオレから視線を逸らす。それでも逃さないオレ。じーっとねぎまを見つめ続ける。

 


「うっかり」


「うっかり?」


「ペット見守り用の小っさなカメラを」


「カメラを?」


「マンション近くのコンビニ前とスーパーの前の植え込みに落として」


「……」



 隠しカメラを設置したって? しかも2台。一応、違法ではなさそう。モラル的にはOUT。

 続きは罪悪感が微塵もないももしおが引き継いだ。



「めっちゃレンレンだったよ。少女漫画、まんま。

 クール系のお姉さんといた。

 コンビニじゃなくてスーパー使うとこが堅実ぅ。

 あ、コンビニの方にはミナト君も映ってたよ。

 あのカメラ、スマホで確認できていいよね。

 だから、いータイミングでお話しできちゃったよ」


「え、もうコンタクト取ったの?」



 驚くオレ。ミナトは「早く言ってよ」と肩の力が抜けている。



「びっくりだったよねー。2人とも、この高校のOBとOGだったの」



 ももしおは人差し指をピンと立てて得意げ。

 ねぎまは少し渋い顔。



「制服のスカートで分かったんだって。

 サイアク。

 ひだの幅はまでダサいもん」



 ねぎまは女子の制服がダサいといつもぼやいている。紺色の上着はブレザーでもセーラーでもない形状。多くの女子は入学式と卒業式しか着用しない。スカートのひだは一般よりやや幅広い。



「それで、何か分かったの?」



 ミナトが聞く。



「生レンレンは、カノジョさんと一緒ンときやその後、スマホが繋がらないって言ってた。そしたら、カノジョさん、仕事で扱ってるもののせいだろうって」



 報告するねぎまはなんだか寂しそうに窓の外を眺める。



「よくその質問にもっていけたね」



 ミナトに共感。オレもねぎまの話術にひれ伏す。色々と怖い。



「カノジョさん、高校時代のこと懐かしいって泣きそうだった。だからね、今度、高校に遊びに来てもらう約束したの」


「そのとき、京くんも呼ぼーよ♡」



 ももしおが嬉しそうに提案する。



「呼んだら学校サボってでも来ちゃいそう」



 ねぎまは困り顔。健全な小学生をホストの生レンレンに会わせるのはNG? 



「京を生レンレンに会わせたって、アイツ、赤面するだけじゃね?」



 べろちゅー思い出して。そんな風に笑うと、ミナトがオレを肘でつつく。



「会わせたいのはカノジョの方」


「なんで?」


「スマホが繋がらないのは仕事のせい。

 生レンレンは横浜のマンションに住んでて、

 カノジョも横浜にいる。

 たぶん、カノジョは

 温室に関係がある」


「あれ? 言ってなかったっけ。あの会社に勤めてるって。名刺もらった」



 ミナトは推理を披露したのに、ももしおにスパーンと無碍にされた。



「きらきらの話した?」



 ねぎまに聞いてみた。



「してない。電波障害の話した。企業秘密でもなんでもないっぽい。偶然なんだって」


「何が?」


「電波妨害の新種のカビ」


「カビ?」


「30度くらいになると胞子が飛ぶの。それが特定の周波数の電波を吸収する。別に狙って作ったわけじゃなくて、本業の研究とは全く関係なし。気づいたらスマホが繋がらないなーみたいな」


「大発見じゃん」


「そーでもないみたい」


「へー。I市のこと聞いた?」


「それな」


「聞いてないのか」



 だったら、#横浜イケメンが不要だったということになる。それを言うと、生レンレンに話しかけるきっかけは「#横浜イケメンって企画してるんです。写真撮らせてください」だから必要だったと言われた。I市のことは、カノジョが高校へ遊びに来たときに聞くのだそう。



「え、生レンレンは?」


「来ないよ」


「そっか」


「卒アル見たら、

 生レンレン、いなかった」



 いない?



「1、2年の行事には写ってた」



 中退したのかもしれない。

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