第16話 烏帽子岩には冬に行け
「なんでここに?」
みんなで首を傾げる。
「ここでなんかヤバい研究してんだよ。人体にチップ入れるとか暗号資産盗むとか」
ももしおが声を低くする。それ、研究じゃなくて、もう犯罪だから。
ミナトが尋ねる。
「ねぎまちゃん、ここも登記簿、調べた?」
ねぎまは期待を裏切らない。
「いったん国有地になった過去がある土地。建物はその前から変わってないと思う。今は『アヤC』ってIT企業の研究所」
「聞いたことないよね」
みんなも、ももしお同様、社名を聞いたことがなかった。
「『アヤC』は政府からの業務委託が多いってのが売りみたい。転職サイトにあったよ」
ねぎまは転職サイトまでチェックした模様。
政府からの業務委託、永田町限定のししやのマスカット羊羹、環境だかどっかの大臣が注目ーーーここから推測すると、「知らないおじさん」は政治に関係のある仕事をしている。ただし、文部科学省ではない。
何が目的で訪れたのか、45分後には再び研究所の前にタクシーがやって来た。建物から出てきた知らないおじさんを乗せ、タクシーは走り去った。
16時50分。小学生の京は帰宅時間。
4人で京の背中を見送った。
「アイツ、大丈夫かな」
小学校最後の夏休みにずーっと温度を測っていたなんて。オレの心配をねぎまが不思議がる。
「なんで?」
「いや、友達とか、いるかなーって」
「私、もう、京くんと友達だけど」
「私もー」
ねぎまの隣でももしおが挙手。
「いや、同い歳のさ。賞とかとっちゃうくらい頭いーんだろーけ」
スコーンッ
言い終わらないうちに、ももしおから落花生を飛ばされた。痛っ。
そして、ねぎまはオレの老婆心を一蹴。
「それって宗哲クンの価値観でしょ? 子供は群れて元気に遊べって」
「……」
「やりたいこと追求してる京くん、いいと思う」
スコーンッ
スコーンッ
「そーだそーだ! だからうんこ宗哲なんだよっ」
ももしおが落花生を親指で弾き飛ばしながらオレをディスる。食べ物を粗末にすんな。
「宗哲、懐かれて親目線んなった?」
ミナトのコメントは慈悲深い。
「ねーねーねーねー、なんか食べよー」
ピーナツを食べ続けているももしおの訴えで、小っさいオレの話は流された。レンタサイクルを返却し、本日2度目のファーストフード店。昼より席が空いている。
小腹が膨れ、ドリンク以外を平らげたももしおは、リュックの中からパソコンを取り出す。
「ももしおちゃん、こんな遠くまで持ってきてたの?」
「軽いからへーき」
ミナトに言われながら、ももしおはパソコンを開く。起動したパソコンに、ももしおは#横浜イケメンのページを表示する。
「社会人って、あんまり投稿されてないよー」
がっかりするももしお。
「投票結果は?」
ねぎまの問いに、「ふつー」とももしおが力なく答える。表現の意味が分からん。ねぎまには通じたのか、「ふーん」とつまらなさそうに頷いている。
「あそこにいる人、研究所の人じゃね?」
ミナトが少し離れた窓際のカウンター席に目配せした。裏寂しい喫煙所にいたメガネの男。
「聞く?」
「何を」
「いきなり変」
「#横浜イケメンみたいに」
「イケメンちゃう」
ももしお×ねぎまはコソコソと失礼発言を繰り広げる。結果、話しかけるのはナシ。
「お仕事中だしね」
「だね」
メガネの男はパソコンに向かってキーボードを打ちながらのコーヒータイム。
しかし、ももしおは意味ありげに無言で人差し指を立てた。黙って見守ると、設定画面で近くのBluetoothを表示させる。そこに男の名前が表示された。辺りを見回しても、Bluetoothの範囲内にいるのはメガネの男のみ。
"カルロス雨宮"
どう見てもカルロス的要素は感じられないが、それが男の名前っぽい。ニックネーム?
ももしおはカルロス雨宮の名を検索した。
SNSに彼の名前があった。まさかの本名。自己紹介はエンジニアとだけ。ももしおは名前をアルファベット表記にして検索。出てきた。論文4つ。論文は英語で書かれている。英語が苦手なももしおは、パソコン画面をオレたちの方へ向け、机に突っ伏す。
「シオリン、要約、後で喋るね」
言いながら、ねぎまはメガネの男の背中を見た。ここでの会話は聞こえる可能性があるから声に出せないのだと。
論文の内容は、どれもセキュリティについてのものだった。
ねぎまはスマホで何かを調べている。
「何してんの?」
「なんか、見つけた」
それは、数年前のインタビュー動画。世界的な企業に就職した日本人にインタビューするシリーズだった。場所はカリフォルニア。カルロス雨宮はアメリカのIT企業に就職した人としてインタビューを受けていた。
「すげっ」
企業名にびびって思わず声を出したオレに、ねぎまは「シーッ」と人差し指を口の前で立てる。びびるって。世界のIT業界を牽引するアメリカの大企業。就職できるのはトップオブエリートエンジニア。その人が日本のI市にいるのはなぜなーぜ。あ、でも、知らないおじさんがししやの手土産を持って来たくらい。大事なことしてるのかも。
結局、研究所は何をするところなのか謎のまま。
核心に近づけなかったことにほっと胸を撫で下ろす。
もう1つほっとしたこと。それは、死体とか事件とは関係なさそうなこと。
帰路に着いた。
電車からTDLの花火を見られるよう時間を選んだ。
花火の後、ももしお×ねぎまは眠ってしまった。
そりゃそーだ。連日、きらきらについて調べまくってるんだもんな。
ねぎまの女神のような寝顔を、いつかベッドの上で見られたら。
「宗哲、ニヤついてる」
寝顔を見ていると、ミナトから指摘された。微笑んだつもりなのに。
「……」
「宗哲、『烏帽子岩には冬に行け』って知ってる?」
唐突なミナト。
「何それ」
「『麦わら帽子は冬に買え』のデート版」
烏帽子岩とは、湘南にある海面から突き出ている岩。
「季節外れがいいってこと?」
「うぃぃ。あの辺、夏は渋滞で人だらけじゃん。夏過ぎると人いなくて、いー感じ」
「へー。今度行ってみよ」
ねぎまと。
「お勧め」
「ミナト、行った?」
「ドライブで」
「いーじゃん」
普通の顔できてるか、オレ。ドライブってことは、それ、相手の車じゃん。高校生のミナトは免許持ってねーもん。どこで車持ってる歳上と出会うわけ。いー感じになった後、どこ行ったんだよぉぉぉ。
横浜で解散。
家に帰ると、ミナトからメッセージが届いていた。
『赤テスラあった』
ミナトに電話したけれど、繋がらなかった。
もっと情報を書けよ。どこにあったんだよ。いつだよ。どーして電話に出ない。
寝よ。
土曜、部活に出かけるとき、ミナトに電話してみた。
『んー。宗哲?』
「おはよ。部活行く?」
『行かね』
「昨日の『赤テスラあった』って、どこ」
『マンションの駐車場』
ミナトが「マンション」と言うのは、みなとみらい付近にある、親が所有している賃貸マンションのことを指す。現在入居者がいない為、ミナトが使いたいときに使っている。オレたちが遊びに行くこともあるが、多くは女関係で利用。
マンションの駐車場は地下。車を運転しないミナトは駐車場に行く必要はないはず。察するに、烏帽子岩の女が車を停めたと思われる。おそらくビジター用の駐車スペースを使ったのだろう。
「マンションに来てたってこと?」
オレはミナトに女のことを聞いたつもりだった。そしたら、
『住んでるわ、生レンレン。
このマンションに』
と返ってきた。「この」ってことは、今、ミナトはマンションにいるってこと。ってことは、ミナトの横に烏帽子岩の女がいるってこと。どーゆーことだよ。オレら、未成年なんだからな。テニス部もサボるって? 羨ましすぎるだろ。
「ももしお×ねぎまに知らせる?」
『あ”ー。今日はやめて。ゆっくりしたい』
そーかよ。烏帽子岩の女とかよ。オレは健全な青少年として部活行くし。
半ばやさぐれながら、オレは部活へ行った。
急展開。
生レンレンの住んでいる場所が分かった。
しかしオレの頭の中は格差社会について考えていた。
「なー。格差を感じる」
オレはテニス部でダブルスを組んでいる相手に絡んだ。
「今更」
「モテか非モテかで、人生って変わると思わん?」
「宗哲、カノジョいるじゃん。オレもいるけど」
「無制限にモテたい。無限大にモテたい。したら自尊心アゲアゲでモチベ変わるっしょ。モテるやつは経験値を上げて更にモテてさ、格差ってどんどん広がるじゃん」
「宗哲、お前、好きでもない女にモテてみ? すっげーめんどいから。顔合わせたくないのに会いに来るし、傷つけないようにしないと後で市民権奪われる可能性あっし、何もなくてもカノジョに後ろめたいし。オレ、格差あっても、どーでもいい女にモテたくねー」
くっ。コイツ、実はモテヒエラルキーの上位層だったんだな。超具体的。
「そっか」
「でも、めんどくなくて、後腐れなくて、可愛くて、おっぱいでかくて、バレない女の子だったらヤリた……じゃなくて、モテたい。かも」
録音してカノジョに聞かせてやりたいセリフ。
格差の前に煩悩ありすぎて草。
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