第15話 その程度で濡れ場とは言いません
車はあまり通らず、人通りはない。
道路を挟んで反対側には、麦のない麦畑。周りの未開発の土地ではススキが風に揺れている。
ねぎまが地図で確認すると、道路はどこかへ抜けるわけではなく、山に繋がっている。おそらくは利用者がほとんどいない道。
こんな寂しいところで、小学生が夕方6時に温度を測っていたなんて。危ねー。さくっと誘拐されたり、生い茂る雑草の間に連れて行かれたりしたら、どーすんだよ。夏休みを無事に乗り切ってよかった。
塀の横、電柱の下にぽつんと深緑色のガーデンチェアがあった。路側帯とも言える場所。
門から男が1人出てきて、ガーデンチェアに向かって歩いて行く。
「こんにちは、成田くん。久しぶり」
「こんにちは」
メガネの30歳くらいの男は京に挨拶した。
「知り合い?」
ミナトが聞くと、京は嬉しそうにに顔を綻ばせる。
「夏休み中『頑張ってるね』『えらいね』って声かけてくれた人です」
「見てる人いると、頑張れるよね」
ももしおはぽうんうんと頷いている。
「見守ってくれるなんて、いい人だね」
とねぎま。
警戒心なさすぎ。ただのいい人ならいい。が、データ改竄依頼のあった
メガネの男は道路の隅に置かれたガーデンチェアに腰掛けると、タバコと携帯灰皿を出す。え、喫煙所だったの? うっわー。すっげー冷遇されてる。オレ、大人になってもタバコ吸うのやめよ。
建物正面へ回ると、門には「データ研究所」とあった。
「ね、京くん。赤のテスラをどこで見たの?」
恐らくこれが、今日、ねぎまが1番知りたいこと。
聞かれた瞬間、京は俯く。耳が真っ赤。え、本当に生レンレンに一目惚れした?
みんなが見守る中、京はオレのカーディガンの裾を握った。
「どした?」
オレが聞くと、「ちょっと」と京はオレのカーディガンをつんつんと引っ張る。
「なんか、言いにくい? ちょっと待って」
残りの3人に断って、少し離れた場所に京を連れて行く。京はやっと顔を上げるとこう言った。
「雅な人たちにはちょっと」
「あっそ」
いちいちそーゆーことゆーな。慣れてても地味に凹む。
「車、あそこに停まってて。9時んとき」
京は麦畑の横辺りを指差した。そこは道路から中に入った雑草が生えた場所。
「9時に」
「それで……」
京は首まで赤くする。まさか車の中でことに及んでた? ありうる。生レンレンがホストなら。
オレは京が口を開くのを待った。
「……」
「……」
「キ、キスしてた」
「なんだ。キスかよ」
「すっげーやつ。『恋々ざかり』みたいな」
「あの漫画、すげーよな」
「口の周り、濡れてて、きらきらがなくなってた」
「へ?」
「きらきらは、雨が降るとなくなる」
「なくなる?」
「だから、口の周り、すげかったと思う。首とかもうちょい下も」
「ふーん」
その程度でこんなに恥ずいのか。オレにもあったっけ。こんな時期。懐かし。今も経験値ではほぼ変わってねーけどさ。
「電柱の影に隠れてたら、女の人が車から降りてきて、そっちに入ってった」
京は研究所を指す。
「どんな?」
「フツーの人」
「歳は?」
「大人」
分かっとるわ。
「その時、車ん中がきらきらだった?」
「うん。すげー」
「女の人もきらきら?」
「うん。口とか首の周り以外」
「なるほど」
きらきらの人は生レンレンだけじゃなく、もう1人いるってことか。
「で、で、で、で」
京は興奮気味にオレの腕に手をかけた。
「なん?」
「その日、12時と3時と6時、この建物がめちゃくちゃきらきらだった。次の日はきらきらがだいぶ少なくなってた。その次の日はもうなくて」
「その女の人が絡んでるってこと?」
「そんなん知んねー。とにかく、あの温室みたいで。温室は中がきらきらだったけど、ここのは、建物の周りが」
「へー」
「他の日も」
「他の日?」
「月曜は建物がきらきらになって、I市にきらきらが増える」
「月曜に」
「最近はない。9月にもそーゆー日、あった」
「その女の人が来るとここがきらきらんなるって?」
「それは分かんない。
女の人を見たのは3回だけ。全部月曜。
2回は赤テスラから降りてきてた。
1回は、近くのカフェ。
カフェんときは、さっきのタバコ吸ってる人らといた」
「へー」
「それで、きらきらの月曜、ここで仕事してる人の中にきらきらした人が増える。あそこでタバコ吸ってる人も割ときらきらんなってた」
きらきらした人が増える?
「あのさ、それ、自分でみんなに言ってよ」
オレの言葉に、京の顔はぼっと発火する。
「そんな。ムリ、濡れ場だったなん「ちげーし」
べろちゅーは濡れ場じゃねーし。
「ムリ、無理無理無理。あの人らの前じゃ恥ずい」
じゃ、オレはなんなんだ。
「あっそ」
オレは仕方なく、麗しい3人に伝えた。
「生レンレンの車があそこに停まってて、中で女とべろちゅーしてたって。
きらきらは水に弱いらしい。
雨のときなくなるし、べろちゅーんとき、口の周りなくなってた。それで、いい?」
京に確認。うんうんと目を固く瞑ったまま頷いている。続きは京が語った。
「京くん、かわちぃ。お姉さんはきゅん死しそうだよ♡ そのままでいてね」
ももしおが恥ずかしがる京に萌えている。
新しいことが分かった。きらきらは水に弱い。月曜にきらきらがたくさんあった。生レンレンには女がいる。生レンレンがホストなら、客の可能性もある。女は研究所の関係者。そして、最近は月曜もきらきらがない。
最後に、1ブロックずらすように言われた先の交差点辺りへ行った。
交差点は12m道路のなんの変哲もない四ツ角。角にある建物は民家ではなくどこかの企業のもの。調べると、4つの角全てデータセンターだった。
データセンター。
都心からまあまあ近いが広い土地がたくさんありそうなI市は都合が良かったのだろう。最近、データ、画像、動画、その他もろもろ、あらゆるものがクラウド上にある。身軽になり、端末の容量に左右されなくなった。しかし、データはたくさんあるわけで、データセンターは必要不可欠。
「場所をずらすように言われたとこって、地名は変わんないね。改竄されたデータと一緒」
ねぎまは妙に拘っている。
四ツ角を堺に住所は4つに分かれる。通常、周囲を道路或いは川で囲まれた部分に地名がつけられている。それにより、本来の場所と、交差点の4つ角の1つの地名は同じになる。京の研究には、個別の建物、区画に与えられる番地までは記載されていない。よって、研究データの文字による場所の表示は同じになってしまう。
「じゃ、改竄されてないってこと?」
オレは聞いた。実は、京の夏休みの研究の方は目を通したけれど、データ改竄された方までは読んでいない。
ねぎまのタレ目からの視線が痛い。はい、すいません。教えてください。
「地名はそのまま。地図上の印がずらされてる」
「そーなんだ」
「京くん以外は気づかないかも。冊子には縮小されたものが載るだろうから」
ねぎまが言うと、京が驚く。
「縮小されるんですか?」
え、なんでねぎま、本人が知らないこと知ってんの?
「うん。毎年、そうなってるよ。大事な部分だけA4の大きさで1ページ。他はA4に4ページ分が掲載されるみたい。京くんのだったら、表紙から3ページくらいまでが大きくて、あと、地図や細かい数値の表は小っさくなるんじゃないかな」
前年度までの冊子を調べたのか。いつの間に。
「A4の4分の1に地図が縮小されたら、全然見えねーじゃん」
目視不可能。場所がずれていても、京どころか誰も気づかない。なのに謎の人物がわざわざ父親
もう4時。時間が経つのは早い。
「お腹すいたー」
ももしおの一言で、思い出した。
「オレ、弁当あるわ。別に持って帰ってもいーけど。なんか、申し訳ないんだよな」
母親に。朝作ってくれたから。
「食べよ」
自由人ももしおは、いとも簡単にぬかす。
「どこで」
「ここ」
「はあああ?」
場所は4つの角全てがデーターセンターの四ツ角。こんな場所で飯食ってたら、おかしすぎるだろ。
「しょーがないなー。じゃ、麦畑んとこ」
ちょうど赤テスラが停まっていたという辺りに自転車5台を留め、5人でオレの弁当を食べることにした。
裏寂しい喫煙所からは丸見えだが、研究所の玄関方面からは雑草と木があって見えにくい。さっきのメガネの男はタバコを吸い終えたらしく、もういなかった。生レンレンと知らない女が濃厚にイチャラブしていた場所かと思うと、ちょっと複雑。
食べていると、タクシーが1台、データ研究所の前に止まった。降りたのはダークスーツの男。
ももしおの目がきらりーんと光った。
「ししやの紙袋」
それに反応して京が男の方を見た。
「あの人、友達の父と来た知らないおじさんです」
ももしおが確認する。
「京くんパパんとこへ来た、ししやのマスカット羊羹の人?」
「はい。ししやのマスカット羊羹の人です」
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