第14話 越後屋、お前もなかなかワルじゃのう

「ねぎまちゃん、あの時の音はなんだったの?」



 ミナトが聞いてくれた。



「プラントの上の方の配管のカバーの部分が壊れて、崩れたって。その1つがどっかにぶつかって、離れた温室にそれが飛んじゃったみたい」



 それはどうやって知ったんだろう。



「うんうん。おじさんたち言ってたよね、マイマイ」



 あ、聞いたんだ。ふつー。



「老朽化と錆と、振動でネジが緩んだのと、酷使しすぎとかも言ってた。忙しいんだって。世界情勢のせいで別の国に発注されてた仕事が回ってくるようになったって。ずーっと忙しくて土曜日まで仕事だってぼやいてたよね、シオリン」



 土曜?



「それっていつ?」



 オレはももしお×ねぎまが工場へ行ったのは日曜日だと思っていた。ひょっとして。



「土曜日。中華街で豚まん食べた後」



 クルージングで音聞いた日じゃん。



「宗哲くんが船から工場へ飛び移らせてくれれば良かったのにー。わざわざ電車に乗ってさー」



 行動が迅速すぎ。



「おじさんたち、かもめプラザホールの方にも危険ってテープ張ってた」


「マイマイが言ったんだよ。今だったら、片付けてる人がいるかもしれないって。日曜は休みの可能性アリって」



 素晴らしい読み。



「まさか、かもめプラザホールから現場を見れるとは思わなかったけど」



 もしも、



「マイ、見れなかったらどーしてた?」



 柵飛び越えてた?



「工場から出てくる人に聞くつもりだった」



 セーフ。


 そんな話をしていると、ももしおが両手をテーブルについて立ち上がり、不敵に笑い出した。



「ふっふっふっふっふっふ。この百田志桜里、儲けさせていただきました。土曜日に稼働している工場とかけてデートの映画チケットととく、その心は『もうかっている』。調べました、あの企業。仕込んだ分だけ資金が拘束されるのはイヤイヤアナタ待てないワ。短期決戦勝負は決算発表。ぬわんと! 奇遇にもジャストタイミング。キましたキましたイキました」


「さっすがシオリン、ハマの女勝負師!」



 ねぎまの掛け声に応え、ももしおがボディビルダーのようなポーズを作る。



「ふふ。大企業。スタンダードやグロースの小型株みたいにはストップ高はないけど。ふふふ。安定感と安心感」


「でかいよっ」



 またまたのねぎまの掛け声に、ももしおがポーズを変える。



「ふふふふ。化学、化ばけ学、大化け株」


「バリバリだねっ」


「ふふふふふ。次は半導体関連行ってみよっかなー。やっぱ日本ってメーカー? 利益率はIT系に負けるけど、設備投資が必要ってことは参入が難しいってことだもんね。円安と円高の波の中でガッツリ稼いでもらいましょ。決算書のレートはかなり厳しめ。つまーり! 円換算ではもっと利益があるってこと。BSからは内部留保もかなりの金額。社員は安くこき使ってーの、株主還元よろしくね」


「シオリン、お口にチャック」



 ももしおの思考がゲスくなったところで、ねぎまがストップをかけた。

 京は何のことか訳が分かっていなさそう。



「気にしなくていいからね」



 ミナトが京に微笑んでいる。

 ももしおが静かになったところで、京がねぎまに報告した。



「オレの父と友達の父は、同じ大学繋がりでした。知らないおじさんも同じ大学みたいです。父が言ってました」



 ねぎまは京に調べさせたのだと思う。



「そっか。名刺は?」


「おとーさ、、父に『誰』って聞いただけで『どうした?』って言われて。なんか、それ以上聞けなくて」


「残念」



 ももしおがぐぐっとねぎまの前に顔を突き出して、京を守っている。



「マイマイ、もー。いーじゃん。そこは」



 とうとう、ももしおがねぎまに下唇を突き出す。



「はいはい。ね、京くん、ししやのマスカット羊羹のこと知ってる?」



 ねぎまが切り口を変える。



「めっちゃ美味しかったデス」


「美味しいよねー♡」



 ももしおがにっこり笑って首を傾ける。一方、ねぎまはクールに告げる。



「あのお店のマスカット羊羹って特別だったの」


「特別な美味しさでした……」



 京がねぎまの圧に顎を引く。



「売っているのは日本で1店舗だけ。東京の永田町ってゆー政治家の街。国会議事堂とか議員会館とかいろんな省庁とかある街。マスカットは山梨県産のシャインマスカットを贅沢に使用。シャインマスカットの収穫期間限定。マスカット羊羹は、とーっても高いの」


「はぁ」


「だからね、ものっすごーく最上級のお願いだったってこと」



 ごくっ



 思わずオレは唾を飲み込んだ。



「さいじょうきゅう……」



 京は椅子の背もたれにピッタリと背中を張りつかせ首をすくめる。



「小学生の夏休みの研究の賞は、どう考えても文部科学省の管轄。今、文部科学省は全て京都にあるの。すっごく不思議なことが起こってる。たぶん、京くんのお父様はその人から名刺を受け取っていらっしゃる。文科省じゃない名刺。京くんのお父様は、きっと、この不思議さを訝しんでデータ改竄の依頼をお断りになったんだと思う」


(注:この話はフィクションです)



 ホントだ。不思議すぎる。京都にいる文部科学省の人が手土産を持ってくるなら、生八橋のはず。じゃなくて、京都土産のはず。



「マイマイ、『いぶかしむ』なんて言葉遣わないでよ」



 ももしおが抗議する。え、触れるとこ、そこ?



「不思議すぎるね。データ改竄したものを用意してあったってのが、不気味」



 ミナトは、不思議を不気味に進化させた。



「そーだそーだ。

 変、変。親にアクセスするとか謎すぎ。

 ししやのマスカット羊羹渡すのも怪しさMAX。

 ものっすごーく『越後屋、お前もなかなかワルじゃのう』って感じ」



 ももしおが訳が分かるよーな分かんないよーなコメントをする。京には通じていないと思う。

 オレは新たな疑問を投げかけた。



「文科省じゃなかったら、どこ?」


「環境だかどっかの大臣だかなんかが注目してるって知らないおじさんが言ってました」



 京はクルージングのときにもそんなことを話していた。

 だったらデータ改竄の理由が分かる。



「環境省は太陽光発電推しだから、電気畑のデータ消せって言ってんじゃね?」



 自治会長さん的な人じゃなく、自然エネルギー推進の環境省だったってことになる。

 オレの発言は誰もが予測し得ることだった。ねぎまにとっては「そんなこと分かってる」ってとこだろう。所詮、オレの考えなんてねぎまの掌サイズ。



「じゃ、場所をずらすように言われたのは何?

 まずいデータがあるなら、

 電気畑みたいに削除すればいいじゃん。

 どーして別の場所にするわけ?

 何が目的?」



 ねぎま、怖っ。口調がゆっくりと穏やかなのに、いつもの垂れ目が一直線。泣きぼくろの位置までずれて見える。



「マイマーイ」



 ももしおは両方の人差し指でねぎまの目尻を下げる。

 


「ま、さ、いーじゃん。

 大人の事情は放っておけば?

 京くんのお父さんが断ってくれたんでしょ?」



 ミナトが「まあまあ」的にねぎまを抑えた。

 平静を取り戻すためなのか、ねぎまは日焼け止めを取り出す。ももしおに垂らし、自分も塗り塗り。それを眺めていると目が合った。



「うふっ」



 ねぎまは微笑みながら、オレの鼻の頭と鼻の下に日焼け止めをつける。それを拭き取ろうとしたオレの左手を取る。イタズラ好き。ああ、可愛い。



「行こ!」



 日焼けブロックを施したももしおが立ち上がる。



 始動。

 ねぎまはアプリでレンタサイクルをミナトとオレの分2台、追加してくれた。



「え、自転車?」



 目的地が2箇所なら自転車は必要ない。まさか、京が夏休みに温度を調べたポイント全部、走り回るんじゃないよな?

 そのまさかだった。



「張り切って、温度計も持ってきました」



 ジャーンとドラえもんのように温度計を掲げる小学生。

 カードサイズのデジタル表示。小数点以下は測れない。小学生クオリティだよな。それ、正確に測れるのかよ。



 ダル。10箇所全部確認する必要ねーじゃん。知らないおじさんがなんか言ってきたとこだけでいーんじゃね? そんなこと思っても無理やり参加した身としては何も言えない。

 ミナトとオレは、暴走自転車3台を見失わない程度に追った。



 1回だけでも10箇所回るのはメンドイ。京はこれを6、9、12、3、6時の1日5回、25日分やったのか。尊敬。父親が認めるはず。


 ももしお×ねぎまは小学生かよってくらい楽しそうに、きゃいきゃい騒ぎながら温度を測って記録している。

 午後の暑い時刻ということもあり、もう秋なのに電気畑の横は気温が高かった。



「こーやって測りました」



 京は有刺鉄線の間から腕を入れて伸ばし、太陽光発電のパネルに目一杯近づけて気温を測った。

 あかんって。有刺鉄線までついた柵があるって。


 他の場所はモラル的に大丈夫そう。公共の道路上。

 橋の上なんて場所もあった。風が吹いていて涼しく感じたけれど、温度は他のところと変わらなかったらしい。



 10ヶ所目に訪れたのは、計測地点をずらすように言われた場所。


 計測場所をずらすように言われた建物の横は、秋なのに温度が他の場所よりも1〜2度高く、それは肌で分かるほどだった。建物は道路ギリギリにあるわけじゃない。塀があり、その塀と建物の外壁までの距離は1m弱。なのに暑いと感じる。

 シャーとかゴーとか、音が聞こえてくる。うるさっ。



「ねえ、これ、エアコンの室外機の音」



 ねぎまは塀の間から見える室外機を指差す。なんか、多くね? 並んでるし。10月中旬にエアコン全開。何してんだろ。ここ。


 京はぼーっと建物と上空を見渡して不思議な発言をした。



「今日は、来てないよな」



 その言葉はすぐ横にいたオレにしか聞こえなかった。



「え? なに?」


「なんでもない」



 京は話してないことがある。ねぎまも言っていた。

 話さないのは、話しにくい理由があるからだろう。例えば、重要と思っていないとか、信じてもらえなさそうだとか。

 京はこの建物のことを「研究所」と言っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る