第13話 横浜ってあの辺だけじゃないんです
確信がないことは掲載しない主義なのか、京、ももしお×ねぎま、ミナト、オレのグループチャットでは新規メッセージなし。#横浜イケメンに少々心を乱されつつ、ぼーっと鎮静化を望む。
ぶぶーぶぶーぶぶーぶぶー
スマホが振動したのは、2限目の古典のときだった。ミナトから。
クラスは違っても同じ高校。ミナトも授業中のはず。なに? この電話は絶対に取らなきゃいけない。
「すみません。先生、気分が悪いです。保健室行きます」
速やかに挙手した。
「米蔵さん、大丈夫ですか?」
「失礼します」
退場。廊下で通話。
「授業中だし」
『宗哲、今日の話、ねぎまちゃんに聞いてね?』
「なに?」
『ねぎまちゃんとももしおちゃん、今日、千葉行くって』
「は?」
はああああ?!
『やっぱ知らんかった』
「ひょっとして、ミナト、今、I市?」
『ちげー。遅刻して学校行く途中。横浜駅で2人見た』
何しとん。
「で、聞いたの?」
『2人は遠くから見ただけ。
オレ、友達と一緒にいて。その子から聞いた。
ももしおちゃんが、千葉行く話してたって。
その子さ、TDLだと思って羨ましがってた』
ん? ちょっと、「その子」ってことは女子ってこと? 女子と一緒に遅刻? まさか、昨日、オレと分かれた後、女の子とお泊まり? さすがに、そんなことはないよな。いくらミナト師匠でも。基本、ミナト師匠が食べるのは歳上だよな? ももしおの友達にも手を出したのか? いや、今はそれじゃなくて、問題はももしお×ねぎまが千葉のI市へ行ったってこと。
「今もその友達といんの?」
何に拘ってるんだよ、オレ。
『宗哲、すぐ来いって』
「もう電車?」
『まだ。待ってっから』
「ええーー」
ミナトは通話を終了させた。
授業中なんだけど。現在10時10分。2限目が終わるのは10時30分。
「失礼します。早退します」
即、教室に戻って教師に告げた。相当体調が悪いと思われたのか「ホントに大丈夫?」と心配された。
誰かが読み上げる伊勢物語をBGMに荷物をまとめて退室。ドアを閉めた瞬間から走り始める。幸運としか思えないタイミングで校門の前に来たバスに飛び乗った。
ミナトと落ち合い、JR。
ただ、電車に乗ったところで無策。ももしお×ねぎまが何をしようとしているのかも分からなければ、何時にI市に着くのかも分からない。
京、ももしお×ねぎま、ミナト、オレのグループをチャットアプリに作った程度であの2人を監視できるなんて、オレ、甘過ぎ。トークルームにアップされたのは、きらきらがどんなふうに見えるかの加工画像と夏休みの研究の京バージョン、データ改竄されたバージョンくらい。少なすぎる。不自然。
ミナトはスマホで何か調べている。
「I市に何時ごろ着くか?」
尋ねると「ももしおちゃんとねぎまちゃんが」と言う。そして「お昼ちょい前かなー」と加えた。
「なんで今日なんだろ。明日か明後日なら休みなのに。バド部試合あるんかな」
今日は金曜日。ももしお×ねぎまはバドミントン部の部長と副部長。
「ほら京くんが『土曜日』がどーのって言ってたじゃん」
「それと関係あるのか」
なるほど。それにしても。
「京って学校じゃん」
「授業終わるまで待つのか、京くんなしで調べることがあるのか、そんなじゃね?」
「ありそー」
ねぎまは指折り数えるほどあった疑問を1つずつ解明しているのかもしれない。
ミナトはスマホにI駅周辺の地図を表示した。そして、全国チェーン店のファーストフード店を指差した。
「2人がお昼を食べるの、ここかも」
駅はそれほど大きくなく、飲食できるお店は少ない。2人が持っている食事券から考えると十中八九、ミナトの言う店にいるだろう。ももしおが昼を抜くはずがない。
「行きそー。オレらもそこへ合流すっか」
「それとも宗哲、今、
ミナトは、オレが連絡を取るかどうかを伺う。
「聞いてスルーされるの怖い」
めっちゃ怖い。I市へ行くのを黙っていた相手に何を話していいのか分からない。
「それな」
I市ではももしお×ねぎまと合流できるだろう。たぶん。
小さな問題が1つ。オレのリュックの中には弁当がある。2食食べるくらいは平気。だが、食べる場所がない。せめて電車が新幹線のように弁当OKの座席の形になっていれば。
I駅に到着し、ファーストフード店へ行くと、いた。ももしお×ねぎま。
「「うぃーっす」」
オレはねぎまの頭の上にトンと掌を載せた。
「宗鉄クン、ミナト君」
「来たの?! どーして」
ミナトが情報源の女子の名前を告げると、ももしお×ねぎまは納得した。
「何調べんの?」
オレはねぎまの目を見た。ねぎまは観念したかのように両手を上げる。
「いろいろ。とりあえず、見てみたかったの」
ねぎまらしい。頭の中には調べることが箇条書きになってるんだろーな。
「もうすぐ京くん、来るよ」
ももしおが嬉しそう。
本日、京の小学校は午前授業なのだそう。京は家でお昼ご飯を食べてからこの店に来る予定。やっぱ、ももしお×ねぎまは、ミナトとオレには言わず色々と動いていた。オレが用意した5人のグループチャットなんてガン無視して。
「だから今日にしたの?」
聞くと、ねぎまは「そ」と。
「土日は? バド部?」
「きらきらは平日限定って。それで京くん、土曜日に温室のきらきらを見て、温室のじゃないかもって思ったんだって」
「へー。横浜から飛んでくるやつ?」
天気と一緒に動くなら、横浜のきらきらは、3時間程でI市に到着する。
「うん。でね、どーして横浜から来るって思ったのかはね、生レンレンの赤テスラが横浜ナンバーだったから」
「それか」
そんな単純なことだったのか。だったら、京が横浜駅で生レンレンを見たのは本当に奇跡だった。
「京くん、横浜って、みなとみらいと中華街の辺だけだと思ってたみたい。横浜ナンバーの車はその辺にあるだろうって横浜来たんだって」
それは全国の人がそう思ってっから。
実は横浜市は神奈川県で1番広い。横浜は観光地化された港町のイメージだが、オレが使う相鉄線は海からどんどん離れていく路線だし、根岸線のももしお×ねぎまが住む辺りは山切り拓いたよねって土地。田園都市線に至っては潮の香り全くしない内陸。もちろん漏れなく横浜ナンバー。
「アイツ、びみょーに間違えてるよな」
オレのことを「宗哲ニキ」とか呼ぶ。聞いた人は「相鉄線に詳しい人」だと思うだろう。
友達の父親のことを「友達の父」と言った。そこは「友達のお父さん」でいい。
何より、両手Vサインをくいっくいっと曲げる仕草は皮肉を言いながら使う「皮肉ですけどね」というハンドサイン。喋ってもいないのに使わない。スマホは綱がらないでしょーーー京は「おあいにくさま」みたいな意味だと勘違いしている。
ファーストフード店での腹ごしらえが終わったころ、京が来た。赤いフードつきのパーカーを着た京は、前回よりも子供っぽく見える。
「先日はお世話になりました。
これ、おばー、、、祖母からです」
ばーちゃんに練習させられたかのようなお辞儀が可愛い。そして、京の祖母からのお土産は落花生だった。ちゃんと4袋。今日来るのはももしお×ねぎまだけのはずだったのに。すげー。
「きゃーーー♡ 京くん、お姉さんは寂しかったよ。
横浜で生レンレンを探してて思ったの。
やっぱ京くんは逸材。本物。希少種。将来有望。今もGOOD」
ここまであからさまに外見のみを褒めちぎるももしおを尊敬する。
こじらせ美少年なんだぞ。厨二病なんだぞ。中身を評価してくれ的に病んでるかもだぞ。
「あざっす」
全然平気なのか。外見を褒められることに慣れてやがる。このくそガキんちょ。
「京くん、何か食べる?
お姉さんがなんでもご馳走してあげる♡」
ももしおは株主優待のチケットを見せて食い物で釣ろうとする。今時の小学生がファーストフードで釣れるかよ。
「チョコパイがいいです」
釣れたし。
「オケ。お姉さんに任せなさい!」
ももしおは飛び跳ねるようにレジカウンターへ向かった。
入れ替わりにねぎまが京に話しかける。
「温室、ほら、横浜で見た、きらきらが詰まってたとこ」
「はい」
「隣の工場のグループ企業の研究部門だったよ」
調べたのか。いつの間に。
「はぃ」
グループ企業とか言われても、小学生にはピンと来ないよな。
「もともと工場しかなくて、その一角に研究所ができたの。それから企業の組織編成があって、研究部門が別会社に分かれた。それがあの会社の沿革」
「は…あ……」
そこへ京を守りにももしおが飛んできた。すぽっと京を腕の中に入れる。
「マイマイ、怖〜い。マイマイはねー、いつもにこにこしてるのに、こーゆースイッチ入ると怖くなるの! ダメなの。京くんはうんこ宗哲と違って取り調べはダメ。繊細なんだから」
オレはいーのかよ。食べ物の店でうんこヘッダーやめろ。
そして神ミナトが優しく説明した。
「京くん、でっかくまとめると、同じ会社ってこと」
「そうなんですね」
京が分かったっぽい。
ところで。
「それ、どーやって調べた?」
看板の会社名の部分は錆びて分からなかった。社名が分からなければググることもできない。
「登記簿」
……。
ねぎまって本当に高校生なんだろうか。
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