第12話 ウミネコネココネコ

 黄色と黒のKEEP OUTのテープが張り巡らされている画像を表示した。

 これはきっと、爆音があった工場。ねぎまは「配管が破損した」と言った。


 朝の6時台なのは、人がいない時間でないと工場の敷地に入れないからだろうか。オーマイガッ。不法侵入かよ。柵くらい飛び越えてそう。


ーーー『たまたま入ったコンビニにあったことを思い出して』ーーー


 つまりももしおは、昨日の朝6時には、すでに工場にKEEP OUTのテープがあることを知っていた。



「相模ンがこのアクスタ集めてるって、いつももしおに話した?」


「データ渡したとき。月曜の朝」


「なんでアクスタの話んなるわけ。謎」


「待ち合せたの、横浜駅のコンビニで。

 オレ、アクスタ探してて。

 あれ、コンビニとコラボしてんだわ」


「へー。コンビニで」


「データ、学校で渡そうと思ってたら、用事あるって言われてさ」



 月曜の午前中、ももしお×ねぎまがししやのマスカット羊羹を買いに永田町へ行ったと考えると、辻褄が合う。

 ももしお×ねぎまは根岸線。横浜駅で乗り換えて東京方面に向かった。相模ンからデータを受け取ったのは、横浜駅で乗り換えるとき。

 

 

「別に、データ送ればいいだけじゃん」



 オレの言葉に相模ンは冷たかった。



「宗哲には分かんねーよ。喋りたいんだよ。近くで拝みたいんだよ。それだけで1週間くらい幸せなんだよ。尊いんだよ」


「分からん」



 ももしおは、超絶美少女に違いないが中身は男子中学生。



「くっそ、宗哲。ねぎまがカノジョとかふざけ過ぎ。美少女は全ての男子の共有財産なんだぞ」


「そこはごめん」


「ま、宗哲ってことで、オレらにも希望が持てたし」



 どーゆーことだよ。

 相模ンは俯いたまま化学のプリントを写し続ける。


 ふーむ。月曜の朝に横浜駅。そのときにすでに売っていたのを思い出したということは、やっぱ、日曜に工場へ行ったのか。土曜に爆音、日曜に工場、月曜に永田町のししや。並行して、土、日に#横浜イケメンの準備。水曜に館内のホストクラブ。脱帽。



 不本意だが、オレも工場へ行ってみることにした。

 木曜、ミナトと2人で。部活はサボり。



 船では大して時間がかからない距離でも、駅1、2区間分はある。地図で最寄り駅を確かめてからの出発。駅からはそれほど離れていない。道には「かもめプラザホール」の矢印看板が出ていた。


 かもめプラザホール前を横切る。海側から見るのとは異なる外観。道路側からは、ベンチのある広場があり、木々や芝生が見える。駅から歩いてくると、まるで木立の向こうに大きな温室があるように見えた。しかし実際に近くまで行くと、温室は別の白い建物の後ろ側にあった。

 海側からは、かもめプラザホールと工場が隣接しているが、道路側からは、かもめプラザホール、白い建物、工場という並びになっている。


 人通りなし。埋立地の工業や倉庫が立ち並ぶ一帯、この辺りの沿線は線路より海側には民家がほとんどなく、通るのは大型トラックくらい。



「温室もかもめプラザホールみたいな公共施設かと思った。ちげーのな」



 白い建物には「第3研究所」の看板がある。その上にある文字は青銅の看板が錆びついていて読めない。

 そこを通り過ぎると目的の化学メーカーの工場。

 2人でてくてくと工場の塀に沿って歩いた。工場広っ。門のところには警備員が2名。こんなセキュリティ厳しいとこ、ももしお×ねぎまはどうやって入ったんだ?



「かもめプラザホールの方から見えるかも」



 そう話してUターン。かもめプラザホールまで戻り、広場に入った。広場の隅には小道があり、ホールの建物の周りをぐるっと歩いて一周できる。

 広場をつっきり、小道に入る。すぐ温室が見えた。



「この辺から温室ん中へ入った記憶ある」


 

 進むと、温室に面した辺りにはKEEP OUTの黄色と黒のテープが張り巡らされていた。テープの向こうには、小学生のときに通った、両開きの温室の扉がある。

 アクスタの写真を撮ったのはここっぽい。ヨカッタ、不法侵入してない。

 ももしお×ねぎまが法を犯していないことに安堵。


 KEEP OUTのテープギリギリまで近づく。


 現在地は、白い建物の後ろにあった温室のところ。道路側を建物正面とすると側面から見ていることになる。道路側から、白い建物、温室、工場、海と並ぶ。温室と工場の間にはスペース。海側にはプラント。このプラントの影になって、京には最初、温室が見えなかった。


 温室のガラスが割れているらしく、一箇所、ブルーシートで塞がれている。その部分の下の方には土嚢が積み上げられている。溢れた土が多かったのか、脇には小さなショベルカー。土嚢を運んだらしき一輪車もある。


 

「宗哲、ここの泥で水、茶色くなったんじゃね?」



 クルージングしていたとき、爆音後しばらくしてから茶色い水が流れてきた。



「そーかも」


「あのとき、土の匂いした」



 ミナトはそんなことを言った。



「配管の破損ってなんだろ」



 オレは工場側の上の方を見上げた。プラントには様々な太さの金属のパイプや棒が張り巡っている。

 


「ねぎまちゃん、誰かに聞いたんじゃね? 見ただけじゃ分かんねーもん」


「そっか」



 配管の破損だったとしたら、上の方にある配管が落ちてきたことになる。怖すぎ。ってか、相当な大きさのものが落ちた音だった。崩れるような音も凄かった。

 見上げても、素人のオレには破損箇所、あるいはそれを修理した箇所は分からなかった。



「ミナト、ここでさ、土が出たとして、流れるとこって雨水と一緒んとこじゃん」


「? ん」


「雨水って汚水じゃね?」


「だな」


「海に土が流れてきたって、ヤバくね?」


「温泉卵作るお湯、雨水も混じってるってこと?

 あの時だけだったから、事故のせいかも。

 今も茶色いんかな」



 ミナトはくんくんと鼻を鳴らした。土の匂いを確認している。



「分かんね。もうちげーと思う」


「そっか。土、流れてないもんな」



 海から見えたかもめプラザホールと工場の境を見ると、ウミネコがいっぱいいた。配管に並んで留まっている。



「並んでるし」



 かわよ。

 


「ウミネコって、そんな猫っぽい?」



 海方面からのウミネコの声にミナトが疑問を口にする。



「カモメだと、ほーほーって感じじゃん、あれと比べたらネコだけどさ。ネコはネコだよな。にゃー」



 カモメと猫の鳴き声を真似するオレ。



「宗哲、にゃーにゃー言ってる」


「上手かった?」


「ホントにネコの声」


「え?」



 にゃーにゃーにゃーにゃー


 

 耳を澄ますと、ウミネコの声に混じって、小さく猫の声が聞こえる。ずっと鳴き続けている。

 ミナトはポケットに手をつっこんだまま歩き始めた。オレはミナトの後に続いて、かもめプラザホールの周りにある小道を進む。



「あっ」


「どした? ミナト」


「逃げてく」



 ミナトは足音を忍ばせ、歩く速度を落とす。そして、小道の脇にある網の蓋付きの側溝を見た。



「たぶん、こん中。今、あっち行った」



 ミナトは海側のホールの中間地点を指差す。

 側溝は幅30センチ深さ30センチ程。現在地は工場横の海に到達した地点。ベンチが並ぶ展望スペースが見える。展望スペースは高くなっていて、そこへは階段を上る。側溝は階段の下部分を流れ、そのまま、展望台の下側にある、ホールの外側の小道に沿っている。



「子猫っぽい声だったよな」


 

 にゃーにゃーにゃーにゃー

 にゃーにゃーにゃーにゃー

 にゃーにゃーにゃーにゃー



「めっちゃ鳴いてる。

 出られなくなったのかも」


「あそこか!」


 

 鳴き方がSOS。母猫どこだよ。助けてやれよ。

 オレが鳴き声に向かって走り出すと、網の蓋の下に見えた。一瞬だけ。逃げられた。くそう。

 再び先の方で「にゃーにゃー」。逃げられる。「にゃーにゃー」逃げられる。



「宗哲、ダメだって。追いかけたら逃げる」



 既に現在地は、かもめプラザホール正面玄関前。



「どっから入ったんだろーな」



 オレはきっちりと網の蓋がはまっている側溝を眺めた。猫は液体という説がある。雨水と一体化して側溝に流れたのかも。

 ミナトも側溝の先を見ていた。そして。



「あ、ヤバ」


「なに、ミナト。なんかいい方法見つかった?」


「あっちまで行ったら、下水の方入って出られなくなる」



 ミナトはう〜んと考え、2秒後行動開始。にゃーにゃー言っている場所から注意深く離れて歩き、猫の進行方向の先にある道路へ続く分岐点手前まで行く。それは奇しくも温室横。ミナトは側溝の網の蓋を外し、そこに自分のリュックを突っ込んだ。猫ストッパー。

 びっくり。ミナトはやや潔癖症よりだから。



「そこへ追えばいい?」



 確認すると「お願い」と返ってきた。

 猫を刺激しないよう、にゃーにゃー付近に近づく。やや大きめの足音で歩く。おーいたいた。ちっさ。ミケ猫。目が合うと逃げた。ミナトのいる方へ。



「おーっ。捕まえた」


「やった」


「もう大丈夫だよ」



 ミナトは白いベストが泥で汚れるのも気にせず、子猫を抱く。

 オレは子猫の写真を撮ってももしお×ねぎま、ミナト、オレの4人のグループチャットにアップした。



 にゃーーご



 草むらから野太い一際大きな声が。声の主はでっかい猫だった。5匹の子猫を引き連れている。母猫?



「おったんかい」



 突っ込むオレ。

 母猫はキジトラ。子猫はシロクロ、シロクロ、チャトラ、キジシロ、サバシロ。そしてミケ。複雑な家庭環境が伺える。



「じゃね」



 別れの言葉と共に、ミナトは子猫を優しく地面に下ろす。

 猫一家は草むらに消えた。



 帰り、駅近くのコンビニに寄った。なんだか見たことあるアクリルスタンドがレジ正面の棚に並んでいた。ここだった?

 コンビニを出ると既視感。目の前に交番。ももしおが相模ンに送った画像と一致した。





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