第11話 等身大のアクスタが欲しいです




『生レンレン探しにホストクラブ行った』



 夜、ミナトにメッセージを送ると、即電話がかかってきた。



『マジで』


「そ」


『いた?』


「分かんね。会ってはない」



 ミナトに、ももしおには内緒という旨を伝えた。



「もう行きたくねー」



 横浜の夜の街のことを話した。明るい時間でよかったとも。



「まだ京と会ったの先週のことなのにさー。

 結構、生レンレンに近づいてるかも。びっくり」



 オレが愚痴ると、ミナトは怪訝そうな声を出す。



『まだじゃないって。もう水曜日じゃん』


「土曜日から4日しか……」


『な、変じゃね?』


「何が?」


『5人のチャットルーム、メッセージ少なすぎ。ねぎまちゃんは山ほど質問したいことありそうなのに』


「そーいえば」



 指で変な数え方してた。半分くらいはあの場で分かったらしいが、全部は解明していなかった。



『日曜、ねぎまちゃんに会った?』


「日曜って部活あったじゃん」


『バド部は?』


「聞いてない」



 いつもなんとなく、お互いの予定を伝え合っている。意識しているわけじゃなく会話の端で。日曜日のことは聞いていない。オレは男テニの数人と一緒にラーメン屋に寄った。そのとき、ラーメンの写真を送った。返事は『美味しそう』だった。



『月曜さ、ねぎまちゃんとももしおちゃんら、学食でししやのマスカット羊羹食べてた』


「なんか、騒いでるなーって思った」



 京から話を聞いて、食べたくてたまらなくなったのだろう。可愛い生き物。



『学校サボって行ったんだな。たぶん』


「日曜に買いに行ったんじゃね?」


『日曜はマスカット羊羹、売ってない』


「は?」


『ねぎまちゃんがさ、ししやのマスカット羊羹に引っかかってたじゃん。で、スイーツ好きの知り合いに聞いたんだわ。したら、あれって、ししやの永田町店限定。しかも、平日のみ』


「永田町?」


『山梨だったか長野だったか出身の議員がいて、マスカット味の羊羹作ってくれってリクエストしたらしい。だけど採算が合わないから期間限定、店舗限定、平日のみの幻の商品って。マスカットが丸ごと入ってて、めっちゃ高級って聞いた』


「そんなすげーもん学食で食ってたんだ」



 自由すぎるだろ。



『ねぎまちゃんとももしおちゃんはさ、間違いなく、工場も行ったと思う』


「工場って、なんか、でかい音したとこ?」


『逆に行かないはずなくね? あの2人が』



 そうだ。思い出した。

 関内駅のホームでの会話。


ーーー『どうしてデータ改竄なんて小学生の研究に依頼してンのか。何でもない場所だと思ってたら、研究所って。小学生が学校をサボって横浜に来たんだよ。まだあるよ。』ーーー



「『工場の配管破損』っつってた。今日」


『ほら。オレら、音しか聞いてないじゃん』


「いつ行ったんだろ。日曜か。月曜は永田町のししやだもんな」


『じゃね? なのに、メッセージなし』


「#横浜イケメンもいきなりだったし」


『後で分かった』


「え? 何が」


『ももしおちゃんとねぎまちゃんから言われたんだよ。迷惑かけるかもって。盗撮されたとき、これかって』



 オレには一言もなかった。当然だけど。盗撮される心配ないし。



「それいつ?」


『豚まん食べてるとき』


「それって、クルージングの日じゃん。あのときもう考えてたのかよ」



 火曜は恐らくホストクラブの下調べ。水曜にオレと足を運んだ。

 ももしおは男性モデルを調べて、#横浜イケメン探し。



『サイト見た?』


「#横浜イケメン? ミナト寝てた、草」


『あのサイト作るのに時間かかったと思う』


「え? どっかのトークアプリとかSNS使ってんじゃねーの?」


『クラスの女子に見せてもらったらさ、ちゃんと1人5票まで投票できるように設定されてる。しかも期間中は自分の投票を動かせる。中間集計もされてる。そんなプログラム、作るの時間かかりそうじゃん?』


「ももしお、プログラミング、やりそうだよな」


『そこまで詳しいっけ?』



 ももしおはそっち系に普通の女子よりは詳しい。簡単なホームページはすぐ作ると思う。票集計くらいのプログラムも作るだろう。1人5票の設定はどうだろう。オレはプログラムに詳しくないが、ちょっとだけハードルがありそう。



相模さがみンに聞いてみる」



 相模ンとは、同じクラスの友達。いつも一緒に昼食を食べる飯友の1人。横分け黒縁メガネの昭和の薫りが漂う男。パソコン部。ももしおファン。パソコン部全員ももしお×ねぎま推し。相模ンはももしおのためならプログラムくらい徹夜してでも作るだろう。

 

 次の日、相模ンに聞いてみた。



「なー、女子の間で#横浜イケメンってやってんの知ってる?」


「まあ」



 相模ンは黒いフレームの真ん中を人差し指でくっと押してメガネを直す。



「ひょっとして相模ン、あのサイト作った?」


「ももしおとの、まあ、なんてゆーか、人生ハジメテの共同作業だよ。相談されたんだ。パソコン部ってこともあって、ちょっとは詳しいから」


 

 ウエディングケーキ入刀の言葉を用いて二ヤる。なんか関わってそう。



「へー」


「いつも使ってる『校内抱かれたい男&抱きたい男ランキング』を弄って、『#横浜イケメン』ってのを作りたいって」



 我が校には、女子の間で密かに行われる「校内抱かれたい男&抱きたい男ランキング」という人気投票が存在する。



「それ、相模ン作った?」


「スマホ用の方ね」


「?」


「パソコン用はももしお。スマホの表示画面、最適化しただけ」


「いつ」


「この間の土曜に言われて」


「土曜の何時ごろ?」


「夜7時くらいかな」



 なんて迅速。土曜日、中華街で豚まんを食べたのは何時だっけ。家に帰って即、#横浜イケメンの用意をしたのか。それで、自分でできそうにないところを相模ンにお願いした。



「相模ン、頼りになるよなー」



 相模ンの肩をぽんぽんとする。相模ンは前髪をさっと横へ払った。カッコつけてる。



「中華街の食事券をくれるって言われたけど、断ったんだ。『百田さんの笑顔のためなら何だってするよ』って」



 なんていいヤツ。

 相模ンは今、化学プリントやってる中。月曜にあった化学の小テストが赤点で、化学の教師に「今までのプリント全提出」を言い渡されたから。相模ンはプリントはとりあえず机に突っ込むだけ派。で、今、オレのを写している。ちな、オレは順番にファイル派。

 相模ン、#横浜イケメンを頼まれて、勉強する時間なかったんだな。ももしお、罪なヤツ。


 と、そこへタイムリーにももしお登場。

 ももしおは躊躇なく、他人ひとのクラスに入ってくる。



「相模くーん、おっはよ」



 ぴょんぴょんと飛び跳ねるように歩く。朝からハイテンション。



「おはよ。百田さん」


「あ、宗哲くんもいた。うっす」


「うっす」



 すっげー、ついでっぽい。オレのこと。

 ももしおは化学のプリントの横にアニメキャラのアクリルスタンドを置いた。透明の袋入りのリボン付き。警察官の制服を着た女の子。

 


「ほら、ジャーン」


「ああ! これっ」



 相模ンがアクスタを手に取る。



「#横浜イケメンでは、この百田志桜里、大変お世話になりました。こちら、ほんの気持ちです。お納めください」



 ふざけて仰々しく言いながら、敬礼をするももしお。



「百田さん、ありがと。お礼はいいって言ったのに。けど、すっげー嬉しい。

 これで7体コンプリート。これ、マジで探してもなくて」


「相模くんがそー言ってたじゃん。たまたま入ったコンビニにあったの思い出して」


「ありがと。やった。激レア」



 相模ンはめっちゃ喜んでいる。



「ちょっとね、この子と記念撮影もしてみたの」



 ももしおはスマホの写真を見せてくれた。警察官の制服を着たキャラクターに相応しい場所、神奈川県警前に立つ、包装されたままのアクスタ。小さな街交番前でももしおの掌の上に立つアクスタ。どこだかわかんない、黄色と黒のKEEP OUTのテープが張り巡らされている場所に立つアクスタ。



「さっすが百田さん。ナイス」



 相模ンは親指を立てる。ももしおはスマホを取り出して操作。相模ンのスボンのポケットの中でスマホが振動した。



「アルバムにして送ったよ。他に欲しいものある?」



 ももしおが相模ンを見つめる。超絶美少女の至近距離は破壊力抜群だった。



「君の等身大アクス「相模ン、化学のプリント」



 オレは理性を飛ばして本音が出てしまった相模ンの口をスマホで塞いだ。


 ももしおは跳ねるように教室を出てゆき、相模ンはそれを敬礼で見送る。



「別に、アクスタくらい言ってもよくね? 等身大フィギュアとか抱き枕じゃないのに」



 相模ンは不平を言っているが、オレ的にはセクハラだと思う。相模ンは嬉しさのあまり、届いたアルバムの写真をオレに見せびらかす。



「化学のプリントは?」



 その一言で、相模ンは再びプリントを写すことに勤しみ、オレの手に写真が表示されたスマホが残った。

 神奈川県警なんてわざわざ行かなくても画像を合成すればいいのに。律儀。オレは何気なく写真の詳細データを表示した。日付は昨日。ただ、時間が気になった。全て朝の6時台。は?

 どーゆーこと? なんでこんな時間に。


 !


 工場だ。

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