第10話 水曜日はデート曜日のはずですが

「は?」



 京が赤テスラをどこで見たか?



「京くん、きらきらした男の人を横浜駅で見たんでしょ?

 なのにきらきらがぎっしり詰まったテスラの画像って」


「……」


「シオリンは横浜で赤テスラから生レンレンが降りてきたって思ってる。でも、京くんは駅で見つけて追いかけたって。それで横浜駅西口五番街へ行ったって」


「……」


「横浜駅構内って車を止めるとこあるっけ? 地下駐車場だったら駅って言わないだろーし初めて横浜に来た京くんは行かないよね? 駅前も含めると、車が停車できるところは、東口出て横のとこのロータリー、地下広場、地下広場行く手前、西口のロータリーの4箇所」



 ねぎまの右手は4の形を作っている。親指の先で小指の先を触る。



「……」


「地下広場の方は初めて横浜に来た京くんは行かない。ってことは、東口か西口。でもね、どっちも、車を置きっぱになんてできないよね?」


「……」


「運転してたのが別の人って可能性もあるけど。

 ね、宗哲クン。どーして京くんは横浜に来たの?」


「きらきらが横浜から飛んでくるからだろ?」


「東京より向こうにいる京くんが横浜って限定してる」



 京の言葉を思い出す。


『人探してた』『そいつの周り、光ってんの』『横浜で高いとこからきらきらを探そうって思ってさ』『天気と一緒に千葉までくるの、ここのやつかも』



「天気と一緒に来るとか言ってなかったっけ?」


「I市に住んでたら、静岡から来るのか太平洋から来るのか分かんないよ?」


「確かに」


「京くん、I市で生レンレンを見て横浜へ来たとしか思えないよ」



 ねぎまの言う通り。京は「人を探してた」と言った。それは生レンレンのことだった。

 じゃ、なぜ千葉のI市に住む京が横浜の生レンレンを知っていた? 


 

「聞こ」



 オレはスマホをタップした。5人のチャットルーム画面で『最初に生レンレンを見たのってI市?』と入力。既読にならない。



「学校だもんね」



 そーだった。今ごろ京は掃除の時間かも。

 メッセージが既読になることなく、昼休みは終了した。


 そして放課後。本日は部活休みの水曜日。勉学のために水曜日は全校一斉に部活が休み。デート曜日。

 楽しみにしていた放課後デートは、想像とは全く違った。


 ねぎまは横浜のホストクラブをチェックし、その中から生レンレンの可能性がある男をピックアップしていた。候補は3人。写真を見た。イカツイ。オレ、カツアゲされたら秒で財布出す。


 

「いや、候補いたって、だからってどーすんの」



 オレが尋ねると、ねぎまは速足で歩きながら「身長聞く」と言う。は? 誰に? どーやって? 頭が拒否しているオレには具体的な方法が思い浮かばない。



「うみそらデッキで張り込みすればいーじゃん」



 提案しているのに、ねぎまは「せめて横浜駅でしょ」と。冷たい。



「だったらドトール前か崎陽軒前で」


「じゃ、分担する?」


「付き添います」



 とぼとぼとねぎまの後ろに付き従う。

 場所は関内。自分的には関内は官庁街。が、訪れたのはネオンがなくあらゆるものが白日の下に晒された夜の街だった。こーゆー場所もあったのか。広いんっすね、横浜って。

 横浜駅西口五番街に通ずるものを感じる。


 

「マイ。生レンレンは横浜にいるかもしんなくても、勤務先は東京って可能性あるじゃん。歌舞伎町とかさ」



 なんとかねぎまを止めようと試みるオレ。



「それはないよ」


「なんで」


「電車がない時間に横浜まで帰るの大変じゃん」


「そっか」



 候補者3人は別々の店のホスト。1軒目はシャッターが下りていた。ヨカッタ。平日の17時前だもんな。

 2つ目は店の前で人が掃除していた。え、聞くの? なんか、イカツくて怖いんだけど。

 ねぎまは歩く速さをそのままに近づいていく。ストーップ!



「オレが聞く」


「そ」



 オレはてらてらとした水色のシャツに薄いの生地の黒いスボン姿の男に声をかけた。



「すみません。あの、人を探してるんですけど」



 眉毛がない若い男が顔を上げる。肌は透き通るように白い。



「はい?」



 返事は親切な人そのものだった。さすが接客業。



「あの、このお店の方ですか?」


「そーだけど」


「すごく背が高くて金髪の人いますか?」



 そう質問した途端、顔つきが険しくなった。



「なんだよ。お前の兄貴かなんか? 探してんの?」


「いえ。そーゆーわけでは……」


「なー、お前さー、連絡こねーんだったらほっとけよ。そーゆーもんだろ」


「あ、はい」


「いねーよ。あっちの店」



 男は箒で道の4、5軒先の店を指した。



「ありがとうございますっ」



 一緒にいたねぎまも「ありがとうございます」と頭を下げた。


 いい人だった。

 オレ、頑張った。なんか、怖かった。のほほんと生きてるオレなんかが接しちゃいけない深くて人生経験豊富な人の気がする。話しかけただけなのにHPを削られた感じ。


 

「教えてくれた」


「ね。

 宗哲クン、聞いてくれてありがと」


「いい人でヨカッタ」



 教えてもらった店は、ねぎまがノーチェックだったところ。黒いビル。地下に降りる階段には金色の文字。光の届かない店の前にコンセントを外したコードでぐるぐる巻かれた看板が鎮座。

 ねぎまは暗証番号のボタンが並ぶドアをノックした。



「すみません。すみませーん」



 返事はない。



「マイ、帰ろ」



 オレはねぎまの手を引っ張って階段を上がっていく。明るい地上に戻るとやっと普通に息ができた。



「一応、もう1人の店も」



 ねぎまはまだ探すつもりらしい。



「必要ある?」


「……」



 ねぎまが黙った。



「突き止めてどーするつもり?」


「分かんない」

 

「どーしてきらきらしてるんですかって?」



 そんなこと聞いたら、おかしなヤツ決定。



「それも分かんない」


「珍しーじゃん」



 ねぎまは計画的なタイプ。いつも行動には目的がある。なのに「分かんない」と答えた。



「とりあえず、質問したいことはある」


「何?」


「スマホ、つながりますかって」


「ああ」



 それはオレも聞きたい。


 ねぎまとオレは歴史ある横浜の夜の街を後にした。

 今日のねぎまはイリーガル。「分かんない」の他にも珍しいことがある。

 ももしおを同行させなかったこと。何かをしでかすとき、ももしお×ねぎまは大抵一緒。なのに今回は、生レンレンがホストかもしれないってことすら、ももしおに喋っていない様子。


 背筋を伸ばし、大股で歩くねぎまの顔を覗き込む。 



「ももしおが大事?」



 生レンレンに夢を見させるほど。



「大事」


「過保護」


「いーの」


「楽しそうだよな、ももしお」


「いーの。それがシオリンなの」


「自分も大事にして」



 高校生なのに夜の街に来なくていい。夜の街があることすら知らなくていい。

 太陽の下で微笑んで。明るくて綺麗で楽しくて。それだけでいい。



「私は平気」


「オレが平気じゃない」

 


 最悪に自己中な言葉だって分かってる。何も知らないでいてほしいなんて。ねぎまのことを尊重していても、実際には小さい男。そんな自分が情けない。

 それでも優しいねぎまは、オレの我儘につきあってくれた。



「うん」



 


 広々とした関内の地下街でストリートピアノを聴いていたとき、京からメッセージが届いた。



『はい。場所を変えるように言われた研究所のところです』



 メッセージは、生レンレンを初めて見た場所はI市だと肯定していた。それがデータ改竄依頼の場所。



「研究所?」



 初耳。



「なんか、京くん、まだ喋ってないことありそう」



 歩きながら、ねぎまが難しい顔。



「あんま、質問すっと喋らなくなるよ」



 難しいお年頃だから。



「私、そんなに怖かった?」


「うん」



 オレってば正直。



「えー」


「変な数え方が怖い」


「癖なの」


「もうやめよ」


「え?」


「なんか、これ、ヤバイ感じする」


「これって?」


「きらきらとか小学生の研究にデータ改竄依頼が来るとか」


「ホストとか?」


「それはまだ分かんねーじゃん」


「そだね。シオリンはモデルだと思ってるみたい。いろんな雑誌のモデル調べてる」



 なるほど。モデルかも。



「そっちの線もあるのか」


「違うと思う」


「なんで?」


「日本人モデルって、黒髪なんじゃない? アジアンビューティアピールで」


「そーゆーもん?」


「イメージ」


「ふーん。とにかく、もうやめよ。

 京のお父さんがデータ改竄断ったなら、いーんじゃね?」


「知りたいくない?」


「何を。きらきら?」


「それもだけど。どうしてデータ改竄なんて小学生の研究に依頼してンのか。何でもない場所だと思ってたら、研究所って。小学生が学校をサボって横浜に来たんだよ。まだあるよ。工場の配管破損」


「何もニュースになってない」


「うん。事故でも何でもないもんね」



 そこでねぎまは言葉を止めた。ホームに滑り込んできた電車に2人で乗り込む。


 ねぎまが何か、気になることを言ったような。

 混んだ電車でねぎまに体を密着させると、そんな思考はぶっ飛んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る