第9話 ダービー#横浜イケメン
5人のチャットのトークルームには、京の夏休みの研究の感想があった。「頑張ったんだね」とか「とても分かりやすくまとめてあってイイネ」みたいなありきたりなもの。それプラス、データ改竄されたものについて。メッセージは、京がデータを送ってくれた数時間後のオレのものが最後。
すでに水曜日。これは、海で言えば穏やかな、波、風、弱しの状態。
データ改竄されたものが冊子に掲載されることはないとオレは考える。京の父親が断ったから。
厨二病な京は「視覚」について納得した様子だったし、爆音については全くニュースにないし、横浜で生レンレンを探すのは実質不可能。
平凡で平穏な日常だと思っていた。日曜は部活。帰りに男子テニス部の数人とラーメンを食べた。月曜の化学の小テストは8割の出来。学食ではももしお×ねぎまを見かけた。いつも一緒にいる7〜8名の華やかな女子集団で学食の一角を陣取って騒いでいた。
「やーん。美味しー」
「この緑、味深っ」
「サイコー。和と洋のコラボ」
「ほっぺ、落ちた」
「拾って拾って」
賑やか。なんか食ってるっぽい。相変わらず自由な集団。夏は学食で流しそうめんやってたし、この前は学校にウーバーイーツ呼んで何か食べてた。
火曜は部活の後に塾へ行った。何の変哲もない日々。
そして水曜。
カシャ
カシャカシャカシャカシャカシャシャシャシャシャ
「なんか、オレ、視線感じる」
ミナトが部活のときに辺りを見回す。
ミナトは常に女の子の視線を集める。学校内ではもちろん、道を歩いていてもすれ違った女子に二度見される。今更。
「いつものことじゃん」
言いながら、オレはアキレス腱を伸ばす。
「さっき、シャッター音聞こえんかった?」
「聞こえた」
シャッター音なんて聞こえまくる。女子はSNSに写真アップする習性がある。カフェとかネイルとか。
水面下では「#横浜イケメン」なるゲームが始まっていた。
そこら辺の女子がやたらカシャカシャやり始めた。
ミナトは困っていた。
「なんかオレ、最近、やたら盗撮されてる気ぃする」
確かに、サッカー部やバスケ部のヤツらも女子に写真を撮られている気がする。オレは、誰からもスマホのレンズを向けられていない。が、気にはなる。
不穏なものを感じてリサーチ。
「あのさ、なんか、女子、やたら写真撮ってね?」
ねぎまに聞いた。昼休み、中庭の隅にある自動販売機の横で。
「うん」
「なんかあんの?」
「#横浜イケメンって企画」
期間は10日間。1人何枚でも投稿OKのイケメン探しゲーム。私服しばり。どこでどんな写真をどんな手段を使って撮ってもOK。同時に人気投票を行う。1番多く票を集めたイケメンを「撮影した子」がお菓子を貰える。トリックorトリート。手段って何。
昼休みはささやかな幸せを味わう時間。どちらが誘うでもなく、なんとなく一緒にいて喋るだけ。
世界の片隅で君の姿を独り占め。
柔らかな日差しの中、僕だけの天使。
「マイも参加してんの?」
木々の葉は色づき始め、君の白い肌と艶やかなコントラストを作る。
いたずらに戯れたあの夏の日の空。今はどこまでも澄み渡る。
「私、主催側だから」
恥じらうような伏目がちな瞳。艶やかな唇。
夏の日の君にも、秋の日の君にも、僕は何度だって恋をする。
「主催?」
君が好きだよ。君しか欲しくない。君のためなら死ねる。
君のためなら、愛を囁くbotにだってなれる。
「生レンレンを探したくて」
ほんの少し冷たくなった風が君の髪を揺らす。
「じゃ、金髪しばりにした方が良くね?」
君を包みたくなる季節が近づく足音が聞こえる。
「ノンノンノン、分かってないなー、宗哲君!」
ももしお、お前の足音かよっ。ももしおは人差し指を立てて左右に揺らす。カノジョと二人きりの時間を邪魔しないで欲しい。
「どっから湧いたん?」
神出鬼没。
「金髪しばりだと、ここまで参加者多くないよ。ね、マイマイ」
ももしおはねぎまに同意を求める。ねぎまは頷いている。
「なんで?」
「市場のニーズに合わせなきゃ。
我が校の女子はどっちかってゆーと保守的。
茶髪よりも知的黒髪メガネイケメン需要の方が高い普通の公立高校。
ここで金髪しばりなんてやっちゃったら、参加する子いなくなっちゃうよ」
ももしおは得意げ。
「へー」
「ガチで生レンレン、探すつもりなん?」
「うん」「もち」
オレが聞くと、ももしお×ねぎまは真剣な顔で答える。
「生レンレンっぽいの、いた?」
ねぎまはスマホを見ながら画面をスクロールする。
「まだ。届く画像はほとんど高校生」
くっそう。ねぎまのところにはイケメン画像がわんさか届いているのか。ジェラシー。
「……へー」
凹む。オレ、外見、平凡だし。中身はもっと平凡。
「私服しばりあるのに。みんなサッカー部のユニフォーム着てるの。私服じゃないよね? うふっ」
ねぎまはスマホ画面をオレに向けて無邪気に笑うが、こっちは笑えねーんだよっ。それ、女子だけじゃなく男子が参加してね?
恐る恐る集まった画像を見せてもらった。
カメラ目線じゃねーかよっ。サッカー部とバスケ部のオンパレード。私服しばりなのにジャージとかユニフォーム着てっし。ミナトもあった。隠し撮り。授業中の居眠り。顔がアップすぎて服がほとんど写っていない。ちらっと見える襟、制服だよな。
「あ、ももしおも投稿してるじゃん」
ももしおは趣旨を理解しているらしく(当たり前)、大学生や社会人っぽいイケメンを投稿している。茶髪もいる。まるで髪のカラーリングモデルのように、投稿を重ねるたびに明るい髪の色になっている。最後の人はハリーポッターのマルフォイのような明るい金髪に口ピアス。
「5人。みんなに金髪イケメンに慣れてもらう作戦」
ももしおは、ねぎまの真似をして、親指の先で薬指の付け根を触って5を示す。
「写真撮らせてもらうときって、どーしてんの?」
疑問に思って聞いてみた。知らない人の写真を勝手に撮るわけにいかねーじゃん。
「ふつーに『学校で#横浜イケメンって企画やってるんです。写真撮らせてくれませんか?』って」
さすが超絶美少女ももしお。こんなにも透明感のある澄んだ瞳でお願いされたら快諾するしかない。
「ナンパっぽ」
オレが思った通り、ナンパと勘違いして連絡先を交換しようとするヤツもいたらしい。
「ね、マイマイも行こ。午後の美術サボって」
ももしおはオレの前で堂々とねぎまを誘う。ナンパまがいのことに人のカノジョ誘うんじゃねー。
「やめとこっかな。うふっ」
それでこそマイハニー。オレは心の中でガッツポーズ。そーだそーだ。オレがいるもん。他の男なんて霞んで見えるよね。うんうん。
「じゃ、行ってくるね」
「シオリン、がんばってね」
「じゃ」
ねぎまとオレは、手を振ってももしおを見送った。相変わらず自由なヤツ。
「マイ」
#横浜イケメン探しに行かないねぎまの名前を呼ぶ。声が甘くなるのは仕方がない。
「なぁに?」
「行かないんだ?」
嬉しくて再確認。顔緩むし。
「うん。可能性低いから」
じゃ、なんで企画した?
「横浜で人探しはムリゲーだよな」
「ううん」
「?」
「私ね、生レンレンは昼間は出歩いてないって思うの。京くんがが見かけたのも夕方」
ねぎまは不思議なことを言う。
「なんで?」
「夜のお店の人かなって。
赤い派手な外車、金髪、カラコン、黒い服、ネックレス。
決定打はツルツルの白い脚」
「ツルツルの白い脚が?」
外国人じゃなくて?
「エステに行ってるんじゃないかな。
それって、自分の外見が商品だからだよ、きっと」
「そんなこと考えてんだ?」
びっくり。ただ、レンレンに似てる人をひたすら探すと思ってた。
「少女漫画の世界にいるレンレンはイケメン高校生アスリート。
だけど、きっと、あのままの外見で現実にいたら、超々チャラい、
……ってか、ケバいと思う」
オレは頭の中に漫画のレンレンを浮かべた。うん。ケバい。
「だな」
「だから、私、夜、探すことにする」
「ダメ! 絶対ダメ。横浜の夜の街なんて、どんだけ危ないか」
パパ活とか思われたらどーすんだよ。
「明るい時間だけ。すっぴんに制服だったらタチンボに思われないよ」
「タチンボ?」
「ウリのこと」
ねぎまはオレの想像を三段跳びで超えて行く。オレ、心配でハゲそう。
「……」
オレが言葉を失っていると、ねぎまが笑う。
「ふふふ。宗哲クンって、そーゆーの知らないよね」
「知る機会なんかあるわけねーじゃん。
とにかく、ゼーったい、ダメ。
オレも一緒に行く。
オレが横浜イケメンに声かける」
「宗哲クン、生レンレンを探すために#横浜イケメンを企画しただけだよ」
「そーだった」
別に横浜イケメンに声をかける必要はないのか。
ん? ってことは、夜の横浜でデート。やった。
あ、そっか。明るい時間だけって言ってたっけ。
生レンレンじゃない方も進展させたいんだけど。
オレの心中など察することなく、ねぎまは無邪気にオレの手で遊ぶ。オレの指を反らせたり、キツネを作ったり。何気ないいちゃいちゃタイムは至福。
「ねぇ宗哲クン」
「ん?」
「京くん、赤テスラ、どこで見たんだろ」
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