第6話 爆音

「金髪でした。

 表紙のカラーみたいに肌真っ白で。

 背は190くらい。レンレンもそうですよね?」



 それ、外国人じゃね?

 京は更に情報を加える。



「レンレンっぽい服で、黒Tにシルバーのネックレスしてて。

 黒の短パンで、脚も真っ白でツルツルでした」



 レンレンは外見と言葉遣いがヤンキーっぽい。小さなころから平日も土日もバスケ一色で常にジャージ生活のはず。なのにファッションセンスと女にモテるスキルを持っている。要するに生まれついてのチャラ男。男の敵。



「きゃーーー♡ 生レンレン、見たい」


「14巻からの表紙みたいな紫の目ぇしてました」



 京は細かいところまで見ている。漫画も人も。



「きゃーーー♡ 探そ探そ、生レンレン」


「シオリン、元気出た?」


「うん。マイマイも一緒に探そ?」



 こら、人のカノジョを男探しに使うんじゃねーよ。.……思っても言えない。小っさい男と思われたくないから。



「そだね。京くんのために、京くんの初恋の人を探しちゃお。ね、シオリン」


「京くんのために頑張ろ。ね、マイマイ」



 ももしお×ねぎまは顔を見合わせ、首をこてっと傾ける。

 いやいや、2人とも「京くんのため」じゃねーじゃん。自分が生レンレン見たいだけだろ。


 無謀。この横浜でどーやって探すんだよ。人口370万人越え、そこに加わる莫大な観光客。横浜駅は乗り入れ鉄道会社6社というカオス駅。利用者数は日本5位以内。人人人で溢れている。京は横浜駅で生レンレンを見つけて追ったらしいが、それは奇跡。


 言われた京はやや引き気味。

 が、そこは聡い子。



「ありがとうございます」



 年上女子に敬意を払った。ももしお×ねぎまのふざけた協力を借りてでも見つけたいのかもしれない。

 しつもーん。



「あのさー、どーやって探すわけ?

 実物見たことねーじゃん」



 ももしお×ねぎまは何も心配していなかった。



「身長190の金髪イケメンなんてそんないないよ、宗哲クン」



とねぎま。



「生レンレンを探せばいいだけじゃん」



とももしお。



「絶対に視界に入っただけで分かります」



と京。


 そーゆーもん?

 ま、いっか。

 オレ、関係ねーし。


 ミナトはその先のことを尋ねた。



「万が一、あるとは思えないけど、億が一、横浜で見つけたとして、どーやって京くんの見た人かどうかって確認とんの? 京くんは千葉に帰るんでしょ?」



 確かに。

 もっともなことを言っただけなのに、ミナトは女子を敵に回してしまった。



「うっさいなー。

 細かいことはいーんだよっ」



 ももしおはミナトを睨み、ねぎまと手を取り合う。



「とにかく、生レンレンを探して拝みたいもん。ね、シオリン」



 この2人は基本、おもしろければなんでもいい。



「見つけたら教えてください」



 京まで便乗する。

 ももしお×ねぎまは「生レンレン探し」ミッションについて会議を始めた。アホくさ。

 オレはカヌレを食べながら、京に確認する。



「男より、女の方が好きなんだろ?」



 瞬間、京は頬を染める。当たり。



「いや、ま、そーっすけど」



 オレは見逃さない。京の視線は、ねぎまの推定Dの胸にコソコソと向けられていた。ももしお×ねぎまが自分の方を見ていないとき、めっちゃ胸見てた。小学生男子だって、女の子のあの膨らみには夢がある。いったい何が詰まっているのか。

 いつの日か要確認。

 ミナトもその辺は分かっていたらしい。男の勘ってやつだろう。



「ま、いーじゃん。ももしおちゃんが元気になったから」



 あだ名にちゃん付け。毛布に包まる。そしてまたまた大あくび。



「温泉卵食ったし、帰っか。

 ばーちゃん、ホテルで待ってっじゃん」



 オレは船のアンカーを上げた。

 Uターンして戻るのではなく、方向を変えずに京浜運河を進み、川崎に入った辺りで広い湾へ出る予定。

 発進するとすぐ、京が操舵室に飛び込んできた。



「宗哲ニキ、きらきらが。

 かたまって。

 マジで! 超いっぱい」



 尋常じゃない様子に、オレは一旦エンジンを止めた。



「どした?」


「そ、そこっ、建物ん中、きらっきら」



 京の指差す方を見る。でっかい温室。停泊しているときは工場の影に隠れて見えなかった。移動したから現れた。



「あー。あれ、温室。イグアナとか派手な鳥いんの」



 説明するオレに、京は目を見開いて訴える。



「めっちゃきらきら。詰まってる」



 オレの目にはただの温室が見えるだけ。きらきらなんてしていない。太陽が当たっている部分がそれなりに明るいだけ。



「どしたの?」

「何?」

「目ぇ覚めた」



 ももしお×ねぎまもミナトも京が指差す方を見た。

 


「この辺、電波悪かったっしょ。

 いっぱいきらきら飛んでるもん。

 ここにあったから。だからだって。

 天気と一緒に千葉まで来るの、ここのやつかも。

 違う。もっとすっげーのがあるのかも。

 でもな、今日、土曜だし」



 京の言葉は意味不明。4人で呆然。



「京くん、ちょっと落ち着こっか」



 ミナトがペットボトルのポカリを差し出す。

 京はそれを一口飲んで項垂れた。



「やっぱ、オレしか見えないのか」



 その時。



バン!

シュバッ

ガタン

ガタガタガタッ



 物々しい音が響き渡った。



「「うわっ」」

「何何何?」

「え?」」

「うわっ」



 驚きの声を上げ、京とミナトは爆音に耳を塞いで蹲る。

 ももしおは即、釣った魚保存用のクーラーボックスの上に立って音の方を眺め、ねぎまは、ももしおが首からぶら下げていた双眼鏡を覗く。

 オレは船が揺れるかもと、反射的に身を低くして足を踏ん張った。



「シオリン、なんか見える?」


「マイマイは?」


「ここからは何も」


「なんか、白い煙みたいなの上がってる」


「え、煙? 湯気?」


「分かんない。

 船、もうちょい陸に近づてよ」



 ふざけるな。

 海は陸よりも低くて何も見えない。陸に近づければ、より見えなくなる。それなのに近づけろなんて、ももしおは上陸するつもり。



「嫌。船体が傷つく」



 断った。



「大丈夫、飛び移るからサ」



 ももしおは既に総打席の屋根の上に立っている。オーマイガッ。

 


「下りろ! 戻れ。ハウス」



 あまりの横着ぶりに頭にきた。



「靴脱ぐから」


「そーゆー問題じゃない」



 そんなやりとりをしているうちに、爆音第2弾。



 ガラララ

 ドドドド

 ガタンガタン



 何かがアスファルトかコンクリートの地面に崩れ落ちる音。

 耳を澄まして様子を見守る。

 やがて人の話し声が聞こえてきた。



「こっちだ」

「老朽化?」

「金属膨張もあるかもな」

「あー、ひどい」

「納期が」

「どうする、これ」

「消防署に連絡「するな!」

「温室、どうします。あっちは土曜、人いません」

「いーなー。土曜休みかよ」

「とりあえず、上に報告して」

「間に合うのか?」

「片付けるぞー」

「手で触るな。火傷する」



 物々しい。

 ももしお×ねぎまは、見たくてうずうずしている様子。

 


ゴボゴボボボ

ゴボゴボボボ



 妙な水の音が近づいてくる。それは工場の排水口の奥の方から。

 何? げっ。

 近づいてきた水の音と共に、透明だった水が一気に茶色になった。とても温泉卵を作ろうとは思えない色。

 

 何か事故があったとしか考えられない。

 とにかく逃げよう。



「船出す」



 オレは操舵席に戻ってエンジンを始動させた。

 平和と平穏を愛する男。トラブルからは距離を置くに限る。

 スピードを上げて京浜運河を進む。エンジン音が一層けたたましく唸る。

 すぐ広い部分に出た。

 ここまでくれば大丈夫。


 スピードを落として振り向いた。そこにはいつもと同じ景色があった。空には羊雲。ウミネコが悠々と飛んでいく。



「宗哲、ちょい、止めて」


「ん」



 ミナトに言われ、往来する船の邪魔にならない場所に船を停めた。



「京くん、なんか話してたじゃん」


「そっか。そーだった」

 


 びっくりして、京の話忘れてた。

 デッキで車座になる。



「京くん、さっきの話の続き」



 ミナトが促す。



「オレ、なんか、空、ってゆーか空中に、きらきらしたもん見えるんです。

 おばー、えっと、祖母は、他の人には見えないから言うなって。

 それ、さっきんとこに、すっげーいっぱいあって。

 温室ン中」



 京は俯いて、自分のチノパンの膝をぎゅっと握る。



「見えなくても信じるよ」



 そう言ったのは、ももしおだった。慰めているわけでも同調しているわけでもない。本心。そーゆーヤツ。

 次はミナト。



「オレも。信じる。

 さっき、なんか壊れたのか爆発したのか、あったじゃん?

 あんなんあったら信じるって。

 なんか特別なとこかもって思った」



 オレも全面的に京を信じることにした。



「温室見たとき、京の驚き方、あれはガチじゃん。

 京には見えてんだな。なんか。

 さっきの音も気になるし」


「さっきの、なんだったんだろーね」



 ももしおが工場があった方を眺める。けれど、他の建物で見えない。工場も温室も乱立する建物の向こう側にある京浜運河の向こう岸。

 ねぎまはスマホを片手に報告する。



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