第5話 好き好きフィルター

「繋がらないって?」



 何が?



「宗哲ニキ、スマホ見てたじゃん。

 繋がってなかったっしょ?」



 変なことを言う。離れたところから見ただけではネットの接続なんて確認できない。あれ? そういえばあの時、ネット、途切れたんだっけ? そうだ。ねぎま派って投票しようとしたらできなくて、上を見た。そしたら看板の上にコイツがいた。



「そーだったかも」



 その後はよく覚えていない。コイツの奇行が気になって投票のこと忘れてた。

 確か、駅の改札口過ぎて「横浜 少年 落下 事故」って検索する前に、チャットの画面を閉じた。ってことは駅近くではネットは繋がって、投票したことになる。



「電波障害」



と京。



「え、あの時?」


「んー。半径2mくらいだけ」


「は? ひょっとして、妨害電波出して遊んでた?」



 それを看板の上からの高みの見物してたとか。愉快犯的な。



「そんな犯罪しねーし」



 どうやら分別はあるらしい。


 京は小6のガキんちょのくせに、オレにタメ語。敬語は最初の社交辞令の船の御礼のみ。別にいいけどさ。

 電波障害のことはオレにダル絡みしたい戯言とスルーした。

 話題変更。



「とーちゃん味方なのに、何が嫌なん?」


「別に」


「家出じゃねーの?」


「そっか。家出かも」


「なんだそれ」


「人探してた」


「へー」


「そしたら、宗哲ニキとすれ違ってた」


「オレと?」


「電波妨害の人」



 電波の話はダル絡みじゃねーの?



「は? 妨害電波出しながら歩いてる愉快犯かなんか?」


「ちげーし。妨害電波じゃなくて電波妨害」


「一緒じゃん?」


「ちげー。電波は出してない」


「あそ。じゃ、どんな?」



 そんな迷惑なヤツいるのかよ。



「きらきらしてる」


「きらきら?」


「そいつの周り、光ってんの」


「……」



 厨二病だ。まだ小学生なのに。



「横浜で高いとこからきらきらを探そうって思ってさ。

 ランドマークタワーもマリンタワーも金かかるじゃん。電車代も。

 だから、横浜駅彷徨うろついて。最初、屋上あるって分かんなくて」


「うみぞらデッキ?」



 横浜駅の屋上に庭園がある。入場無料。新しくて綺麗。ねぎまと時々行く。



「そこで空見て、下におりたら、宗哲ニキがすれ違ったヤツいた」


「電波妨害ヤロー?」


「ん。後つけたら駅から出て。

 人多くて見失って。

 上から探した」



 だから、ファーストフード店の看板の上なんかにいたのか。理由を聞いてもエキセントリックすぎて納得はできない。



「いたんだ?」


「光ってるから分かる」


「……」

 


 不思議な言葉にオレが固まっていると、ももしおが話に割り込んできた。



「何が光ってるの?」



 京は「人です」と答え、続けた。



「あの、他の人にはきらきらしたの見えないらしくて。

 祖母には変なことを話すなって言われてて。

 でも、やっぱ、きらきらしてるんです」


「霊的なやつ? オーラ的なやつ?」



 オレは尋ねた。自分には全く見えないが、世の中には見える人がいると聞く。



「たぶん、そーゆーのじゃなくって」



 京は「うーん」っと美しい眉間に皺を寄せる。



「ね」とももしお。

 ももしおは親指と人差し指でハートを作って幻のうさぎの耳をピンと立てた。



「それって、好き好きフィルターじゃない?」


「「好き好きフィルター?」」



 京はオレと一緒に首を傾げた。

 ももしおの声にねぎまとミナトもこっちを向く。



「京くんはまだ分かんないかもだけどね、いーなぁ、ステキだなって思った人のことって、眩しく見えるの。自分の気持ちがフィルターになって、好きな人のこと、輝いて見えちゃうもんなの。それじゃない?」



 ももしおは幼稚園児のきらきら星の振り付けのように両手をひらひらさせて力説する。



「ちょっと何言ってるのか分かんないんですけど」



 京は引き気味。



「京くん、かわちぃ。

 恋に無自覚。

 好き好きフィルターできらきらして見えたんだよ!」


「ぃやー。そーゆーのでは、、、」



 どう見ても否定している。その京の両肩に手を置くももしお。



「え、ちょっと、どんな子なわけ?

 可愛い女の子だったりするの?

 やっぱ小学生?

 それともクールなモデル系?

 私のことはきらきらして見える?

 どーなの?」



 矢継ぎ早に尋ねるももしおに京はたじたじ。



「いえ、男です」



 その一言でももしおはムンクの叫びの顔になった。



「男? 漢? オトコ?」


「はい」


「そーなの? あ、でも、それ、思春期前の一過性のものかも。女の子を好きになる前に男友達との友情を深める的な。人を好きになる予行演習ってゆーの? そーゆーのってあるじゃん。自分がなりたい理想像的な。そーだよ。それだよ。性癖はほぼほぼ生まれつきってのは聞いたことあるけど、まだ思春期前だもんね。うん。うん。決まったわけじゃないよね」



 京から離れたももしおは、誰に向かって喋っているのか自分でも分かってない様子。小学生に「性癖」なんて言葉、聞かせるんじゃねーよ。



「ももしおちゃん、心の声がだだ漏れてるよ?」



 ミナトは、醜いももしおを毛布で優しく隠す。さすがフェミニスト。

 毛布の中からはくぐもった声がまだ聞こえてくる。



「でも、そーかも。今はそういう時代だもんね。ううん。時代はたんに認めただけ。もともと人間の本能はそーゆーものだもん」



 ぺらっ



 心配したねぎまが毛布をめくって、中のももしおを覗く。



「シオリン、大丈夫?」



 ぺらっ



 オレも面白そうだから覗いてみた。毛布の中には干からびたうさぎが1羽。



「シーオリン、元気出して」


「マイマイーっ」



 ねぎまがの声はペシャンコうさぎにエアーポンプのように言葉の空気を送る。



「シオリンが元気ないと、寂しいな」


「マイマイ。。。」



 ムクリ、うさぎが体を起こす。



「楽しいシオリンじゃなきゃ、シオリンじゃないゾ」



 見る見るうちに屍だったももしおが息を吹き返していく。



「分かった。私、大好きな京くんのこと、ちゃんと理解する」



 ぴょこん



 ももしおの幻のうさぎの耳が立ち上がる。チョロい。



「で、どんな子なの?」


 

 復活すると、京の両肩を掴んで揺さぶった。



「イケメンです」


「ね、ね、ね、京くん、このお兄さんよりもイケメン?」



 ももしおは、ミナトの腕を引っ掴んで京の正面にミナトの顔を突き出す。おい、オレのことも聞け。



「えーっと。タイプが違います」



 京は聡い子。ミナトとのイケメン具合の比較を回避。

 


「小学生の目からのイケメンなんて、ドッジボールが上手いとかじゃねーの?」



 オレが茶々を入れると、ももしおからエルボードロップを食らった。



「『恋々れんれんざかり』の恋之介れんのすけっぽいで「きゃーーー。レンレンに!?」



 復活どころか一気にテンションを上げたももしおは、鼓膜がおかしくなりそうな黄色い声を上げる。

 


「え、レンレンに似てんの!?」



 ねぎままでテンションあげあげ。



「はい。激似です」


「じゃあ、生レンレンを一緒に探そ!」



 言いながら、ももしおは、おーっと拳を空に突き上げる。

 レンレン? アイドルだろうか。



「誰それ」



 聞いてみた。

 京はスマホでググりながら答えた。



「クラスの女子の間で流行ってる少女漫画」



 ももしおは嬉々として語り出す。



「『恋々ざかり』ってのはね、累計発行部数2000万部越え、電子書籍ではそれ以上読まれまくってると言われる大ヒット少女漫画。

 ドラマ化されて大ヒット、映画化されて大ヒット、もちろんアニメ化もされてるの。

 原作はまだまだ未完。

 主人公のカレシが恋之介《れんのすけ》くん。通称レンレン。いーの。ちょっとアホっぽくて。

 でも一途。

 カノジョにもバスケにも」


「これ」



 京がスマホで画像を見せてくれた。

 知ってるわ、これ。

 ももしお×ねぎまが友達と回し読みしてたやつ。オレの家にもあった。中学生の妹の部屋に。


 レンレンはバスケ部エース。長身美形。髪は長めの金髪。ちょいアホで、四字熟語や慣用句、漢字をエロ方面に間違える。例えば、初志貫徹をしょじょかんつう、因果応報をいんぶおうえんと読む。

 少年漫画のバスケ漫画とは全く別物。インターハイを目指しているくせに、漫画はバスケシーンよりもいちゃいちゃシーンが多い。


 ちょっと読んでエロさにビビった。

 初対面でいきなりキス。少女漫画ではイケメンならセクハラOKらしい。高校生なのに乳揉んでた。「おおー」と思って読んでたら、どんどんエスカレート。風呂も一緒に入ってた。


 オレは妹に言った。「こんなエロい漫画読んでんの?」って。そしたらスリッパを投げつけられた。


 そうか。女子小学生も読むのか。


 オレは海と空の交わる遥か彼方に視線をやった。

 乳首が描いてなかったらセーフなのか? 脚の角度が分からなければいいのか? 暴力なくてもR13にしてくれ。小学生の純真無垢な女の子の手の届かないところに置いてくれ。



「宗哲君、レンレンのかっこよさ、パなくない?

 ねーねー京くん、ホントにレンレン激似だった?」



 すでにももしおは、京を気に入っていたことなど忘れている。復活も切り替えも激早。

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