終末世界の旅路の果てに

灯霞

序章あるいは前日譚

 あるところにランビリスという世界があった。

その世界では科学が発達し、魔術をまやかしだと切り捨てていた。神を祀り、その神秘の力を借り操る魔法使いを排除してきた。彼らは殺されまいと姿を消し、神殿や祠も廃れていった。そんな人間たちに神々は見切りをつけ、世界からはあらゆる加護がなくなっていった。それでも、創造神リアスだけは世界を見守り続けていた。

「どんなことになっても、この世界を見届ける。それは我の責務だ。」


 ある時、神秘の力を操る者達でも出来なかった「転移」を実現させようと、とある国の研究者達が他国の研究所と協力し、実験をした。結果は失敗に終わり、後から副作用ともいえる被害が出ていることに気づいた。「転移」は、時空の隙間を通り抜けて目的地に一瞬で移動するというものだが、実験の失敗によって時空に歪みが生じ、それがあちこちに様々な影響を及ぼしていった。まず生態系が狂い、食糧不足や魔物の増加・狂暴化、それから不治の病、異常気象、天災……。目の前で急に人が消えるなんてことも多発した。それらの人々は時空の狭間に迷い込んで一生出られないか、見知らぬ言葉も文化も違う世界にとばされるかだった。

そうして人は減り、街は廃墟と化し、植物は枯れ、動物たちも絶滅していった。

ただ、唯一被害を免れた島があった。遠く離れた世界の果ての海にぽつんと浮かんでいるそれは、魔法使いたちの間で聖域とされる神の降り立つ場所、絶海の孤島リークリフ。その島には、四人の家族のみが暮らしていた。魔女の中でも最強とされる母リメリア、最先端を行く国の最高峰の科学者だった父ローディック、そして二人の才能をそれぞれ受け継いだ双子の弟エリシュカと姉エリルカ。彼らは両親から勉強を教わり研究を手伝い、四人だけには広すぎる島の中で狩りや採集、家庭菜園で自給自足をして暮らしていた。だが日用品には限界があり、ニ、三ヶ月に一度、一番近く(といっても舟で往復に二、三週間はかかるが)の港町に買い出しに行っていた。

ある日、四人で買い出しに島を出た。彼らは初めて神秘の力と科学技術が融合させた機械を持っていた。それは、見た目は銀色の15cm四方の立方体だった。両親は、それをアスキヴォスと名付けた。主な機能は移動と収納と障壁である。前は改造した舟で買い出しに行っていたのだが、子供たちを連れて行くときの安全性を確保するためと、置いていくときには早く帰りたいという理由で作られた。ローディックのかつての仲間が聞いたら「宝の持ち腐れだ」と口をそろえて言うだろう。彼がいた国では、技術は周囲に見せびらかし脅しをかけるためのものだったのだから。

空気抵抗を減らす障壁を張り、普通の船なら一週間以上かかる道のりを数時間で飛んでいく。残り一割ぐらいに差し掛かったころ、海の色が濁りだしていることに気づいた。目的地である港町は水産業が盛んな町で、綺麗な海で獲れる新鮮で栄養豊富な海の幸を売りにしていた。そのため海の環境保全に殊更力を入れていた。そんな町で、何があったのだろうか。不安に思われ、速度を上げて急いで向かった。

町に近づくほど水は濁り、澱んでいった。果てには不快な臭いもしてきた。空気抵抗を抑えるための薄めの障壁とはいえ、それを通り抜けてくるなんて相当のものだ。不安に駆られ、最高速度まで上げて急いだ。もう四人の顔に買い出しを楽しむ気は一切なくなっていた。

町が見えてくると速度を落とさざるを得ない。徐々に海と町の惨状が明らかになっていった。海にも町にも人はおろか、何の生き物の気配も感じられなかった。あるのは見る影もない廃墟となった港町の面影だけ。四人は意を決して町に降りた。かつて噴水があり、出店や遊びまわる子供たちがいた広場から見える景色は変わり果てた様子を見せていた。崩れた屋根、ぼろぼろで役目をはたしていない壁、すでに色褪せかけている店の看板、そして見るに堪えないかつて人だったモノ……。

四人は何かあるなら領主のところだと思い、惨状の確認の意味も含め歩いて行った。双子は両親の影に隠れながらも気丈に歩いてついていった。領主館も、他と似たよう状態だった。立派だった建物は蔦も蔓延らない廃屋に変わり、あちらこちらに白骨化しきっていない使用人の死体があった。領主の部屋は最上階にあった。そこには、この町に来て初めて機能している扉があった。父は部屋全体が科学の結界に囲まれていることに気づいた。つまり、中は無事だということだ。双子は顔を見合わせて期待に胸を膨らませた。だが、両親の顔は変わらず厳しいものだった。それに気づいたエリルカがリメリアに尋ねた。

「なぜそんなに暗い顔なの?貴重な手掛かりが見つかったんじゃないの?」

「そうなんだけどね……。この結界は、多分防腐結界ね」

リメリアは考え込みながら答えた。

「え、それって、町がこうなることがわかってたってこと?」

エリシュカが確認するように恐る恐る聞く。

「まあ、そうだね」

「じゃあまさかわざと自分たちだけ助かろうと……!」

ローディックの言葉にエリルカは憤った。しかしそれはすぐさま否定された。

「それはちがうよ。おそらく守りたかったのは領主という人ではなく彼が持つ知識と情報だ。整理してまとめる時間だけでも稼ごうと思ったんじゃないかな」

「そうか、どんなに結界で守ったとしても自給自足もできない。領主なら先を見据えて生きていけるはずがないと気づくはずだね」

エリシュカが気付き、エリルカも納得した。

「アスキヴォスの結界も通り抜けて腐臭がしているでしょう?つまり、専用の結界じゃないと完全には防げないということ。やっぱりこれはただの時間稼ぎでしょうね」

「なんにせよ、とても重要な情報が眠っていそうだね。しかも、あまりいいこととは思えないものが、ね」

両親のセリフに双子はより一層緊張が高まった。

四人は気を引き締めて扉を開けた。結界の効果がまだしっかり利いていていたのか、中は外より空気が澄んでいた。領主の死体もあったが椅子に座ったまま寝ているように見えるほど綺麗だった。領主の座る机の上には、一通の手紙ときちんと揃えられた書類の山があった。山の一番上にある紙には、こう書いてあった。

『転移実験について――概要と影響の考察』

ローディックが、書類の山に目を通し始めた。しばらくは紙を捲る音だけが部屋に響いていた。

書類には、題名通りのことが書いてあった。短距離で小さいものの転移から始め、徐々に長距離に、そして大きなものにすることで幸か不幸か時空の歪みが大きくなり、最終的に人を遠くまで転移させる大規模実験に至ったそうだ。しかも、しびれを切らした主要国の愚王の命で同時に複数箇所に飛ぼうとしたらしい。この町は、大陸の端だったことや貿易が盛んだったこともあり、目的地の一つにされていたため被害は一瞬で広まるだろうと書いてあった。

「今すぐここを出よう。資料は全てアスキヴォスに収納して持ち帰り家で読む。長居したらどんな影響が出るか分かったものじゃない。そもそも今まで薄い結界一枚で無事だったことが奇跡のようだよ」

ローディックは簡単に中身を説明した後そういった。異論が出るはずもなかった。リメリアが部屋から出る前により強力な結界に張り直し、急いで扉から出た。その直後、後ろで轟音がした。つい立ち止まって振り返ると、役目を終えたかのように崩れていく領主の部屋が見えた。しっかり働いていると見えた結界は最後のあがきだったようだった。瓦礫に潰されていった領主に一瞬冥福を祈り、もう振り返らずにちょうど空いた屋根の穴から空へ飛び立った。

島に帰り、ローディックとエリルカは資料の続きを読み始めた。母はおもむろに祭具を取り出し、儀式の準備を始めた。暇を持て余していたエリシュカもリメリアを手伝った。


 次の日、速読についていけなくなり諦めたエリルカを横目に読み終えたローディックがやっと部屋から出てきた。寝る間も惜しんで食事も簡単なサンドイッチしか食べずに端から端まで目を通したが、書いてあったのは領主の想像した影響ばかりで対策はおろか、主要国からの実験案の写しと思われるものには失敗したときの不利益すら考慮されていなかった。

町にいたときは周りのほうが汚染がひどかったため気づかなかったが、四人とも確実に見えない呪いのような澱がたまっていた。そして、それを除去する手段を両親は持ち合わせていなかった。しかし子供達も聡い、いつまでも隠し通せるとは思わなかった。リメリアは、この事態を見越して準備をしていた。儀式によって神を喚び出すのだ。本来であれば神を召喚する儀式は三日三晩かけて場を清め、普通一人や二人では到底補えない膨大な神秘の力が必要になる。それが最高神であればなおさらのこと。だがここは聖域リークリフ、何もせずともこの島以上に神降しの儀に適した場はない。そして召喚者は最強の魔女リメリア。さらに言えば彼女は若い頃の縁でリアスと個人的な関わりを持つ。実を言えば、わざわざ召喚しなくても来てくれるのだ。儀式が失敗することはまずない。

翌朝夜明け前に、リメリアは神事用の簡単な白装束に着替え、舞いながら唄うように呪文を唱えだした。一言ごとに場に神気が満ちてく。双子は知識として教えられていたが本物の儀式は初めて見た。特に魔女の血を色濃く受け継ぐ弟はその壮麗な姿を、深い憧れと尊敬のまなざしで見つめていた。

唄が終わったとき、辺りは白い光に包まれていた。朝日かと思ったが、それだけではない。神気をまとった光はだんだん強くなる。眩しくてもう目を開けていられなくなった直後、閉じたはずの瞼を通り抜けてひときわ強く輝いた。光は一瞬で消え、目を開けると、そこには朝日を背にしながらも逆光をものともせず、自身が輝いているようにさえみえる青年がいた。彼は、ほのかに宙に浮いていた。膝まである、透き通るような金髪が明け方の暁風になびいていた。

「相変わらずだな、リメリア。ローディックとの婚礼以来か。いや、一度そこの双子を見せに来たな。いくつになった」

彼は抑揚のない声で告げた。話題に出された双子は緊張に肩をこわばらせ、そのオーラに圧倒され動くことができずにいた。父は少し遠くからかけらの緊張もない様子でほのほのと見守っていた。

「お久しぶりでございます、リアス様。この子らは今年十二になりました。貴方様の御加護のおかげもあり、大病に患わされることもなく健やかに成長しております」

母は初めて聞く丁寧な口調で答えた。

「…………、それは面倒ではないのか」

「面倒だけど子供たちの手前一度威厳を見せてみようかと思って」

「そうか。……すぐやめたがいいのか」

「全然かまわないわ。やっぱり疲れるし」

双子は耳を疑った。先程の母の姿勢は意外で少し驚いたが今度は思考が停止した。何かと思い助けを求めるように父を見るがやはりほのほの笑っていた。神の威厳は変わらない。今も神気はあふれ、その荘厳なオーラは健在だ。だがその口から出る言葉は母との世間話で、母も旧知の友人のように気安く話している。双子は目の前の光景を理解するのにしばらくかかった。

「それにしても、あなた私が歌い始めてからすぐに来ていたわよね。なぜすぐに出てこなかったのかしら?」

「舞は久しぶりだったので最後まで見たかった。特に其方は舞なんてめったに舞わないからな。唄だけならキリエナとサーシエナが時折聞かせてくるのだが」

「それは僕も同意だね。子供達、特にエリシュカは途中で切ったらとても残念がったと思うよ」

いつの間にか父も近くに来て会話に混ざっていた。本題をすっぽかして世間話に花を咲かせている。

「姉さんたちは元気そうね。母さんは?」

「ああ、この間会ったよ」

「え⁉いつ?」

「三ヶ月前くらいかな。君がエリルカと島の反対側にしかないコリンの実を取りに行っていた時だよ。ルヴィーナさん、突然窓から入ってきてね。旅行気分で一人で魔法で飛んできたんだって。70近いとは思えない程元気だったよ」

「教えてくれればよかったのに」

「いや口止めされてたんだよ」

「しゃべっているではないか。」

「……そうですね。まあ、いいでしょう?」

「あ、あのっ!えっと、その、世間話をするために呼んだわけじゃないと思う、のですが……」

立ち直ったエリルカが本題に入らない大人たちを見かねて声をかけた。彼女より敏感なエリシュカは神気の強さはもちろん、言動とのちぐはぐさに慣れるのにまだかかりそうだった。

「そうね、ありがとう。リアス、オーラ少し抑えてくれない?今はエリシュカに荒治療してるわけにはいかないの」

「ああ。一種の修行ではなかったのだな」

平淡な口調で冗談のようなことを言う。双子は調子が狂いっぱなしだった。だがやっと本題に入った。

「さて、リアス様はどのように把握していますか?」

「力も我等からの信用も足りていない者たちが神の恩恵を真似ようとして精霊の怒りを買った」

「転移って恩恵でできるの?」

「ああ、其方らは我の加護を受けているからリメリアと弟のほうは修行すれば使えるようになるだろう。神のものと違い、制約はあるがな」

「時空の歪みは神ではなく精霊の力だったのですか」

「我以外の神はもうこの世界に実体を置いていない。精霊たちの力も時期になくなる。最後に報復として一発お見舞いしたかったのだろう。もともとこの世界は近いうちに滅びるものだった。それが早まっただけだ」

自分の興味に話が傾きやすいマイペースな親である。

「どうにか、できないのですか……?」

やっと立ち直ったエリシュカが恐る恐る尋ねた。

「残念だが、衰えた我の力では治すことはおろか進行を完全にくい止めることもできない。其方らはどうしたくて我を呼んだ」

「私は、身内だけが助かればいい。罪のない一般人には悪いけど。」

「いや、多分もうただの人は生き残っていないよ。資料によれば、ほぼ均等な距離感で全世界に大量の転移先を作っていた。どこも同じような有様だろうね」

「そう、ね。……ねえ、リアス、魔法使いたちは、どうなったの?」

「キリエナもサーシエナも、ルヴィーナも、其方らと同じように距離が離れていて、霊気などが濃い場所にいた者たちは全滅はしていない。だが完全に防げるわけではない上に調査をしにわざわざ近づいたものもいる。其方らより影響が軽い者はいない。そもそもそういう場所にいるものは気づくのが遅い。其方らと同じでな。気づいた時には影響を抑えることも逃げることもできずにじわじわ蝕まれてった。生きていても正気を失っているか死を待つだけかだろう。……我は何もできない」

抑揚のない口調で淡々と話しながらも、悔恨の念をにじませていた。

「そう……。じゃあやっぱり、私たち四人だけ、時空の歪みを利用して別の世界に飛ばすことはできない?」

一瞬悲しげに目を伏せたが、予想していたのかすぐに切り替え、毅然と言った。

「できなくはないが、望み通りにはならないかもしれない。まず、転移先がどうなるかは全くわからない。どの世界かはもちろん、その世界の中でもはるか上空や海の中、火口真上、逆に大国の王宮に不法侵入なんてことにもなりかねん。それに伴い、四人ともが世界の同じ場所に、ひいては同じ世界に着くとは断定できない。一人ならまだしもな。それから、気づいてはいるだろうが其方らも影響を受けている。もはや一種の呪いだ。世界をまたいだとしてもそれを放っておけばどうなるかわからない」

ぐぅ~。

「……!」

エリルカが顔を真っ赤にしている。夜明け前から動いていてもうお昼目前だというのに何も食べていない。無理もないだろう。重々しい空気が霧散していく。

「ふふっ、ご飯にしましょう。リアスも食べる?」

「ふむ、頂こう。ならば……」

ポンッという音でもしそうな軽いノリでリアスが薄白い煙に包まれたかと思うと、中から双子と同じくらいの年に見える金髪の少年が出てきた。先程までのオーラは一切消えていた。

『ええっ!』

双子の声がぴったり重なった。

「わざわざ小さくなったの?」

「このほうが二人も話しやすいと思うのだが」

少し呆れたような母の声と神気がなくなったせいで余計に天然に見えるリアスの発言はまたもや呆然とする双子の耳には届いていないようだった。

初めは体を固くして黙ったまま食事をしていたが、リアスの神気も威厳もなくなった姿と言動が相まって双子の緊張もほぐれ、和やかな食卓となった。

双子が寝静まり、こっそり晩酌をしていた大人三人も解散しようとしたとき、ローディックがやけに真面目な顔をして話を切り出した。

「リアスさん、頼みごとを一つ、いいですか————」

「それは……、できなくはない。性質が反対だからこそか、あれらは双子の中でも特に結びつきが強いからな。……リメリアはいいのか。」

「考えることは同じね。……私は、悔いが残らないと言えば嘘になるけど、これも運命ってやつね。」

「……そうか。ならば早いほうがいい。明日にでも。」

「頼みます。」「頼んだわ。」

リアスは、変わらず無表情だった。


 翌日、本来神に食事は必要ないが、昨夜と同じようにリアスも共に朝ごはんを食べた。

朝食後、双子は、今後どうするのかと聞いた。だが、両親から明確な答えは得られず、父は調べ物の続き、母は別の儀式の準備があるからと忙しなく動き始めたため、手伝いもできず手持ち無沙汰になってしまった。そのため、双子はリアスから両親の昔話を聞いていた。子爵家の次男だったが頭脳と技術力を買われて独立し、伯爵まで成り上がったローディックのこと、そこそこ大きな魔法使いの里の長の三女として生まれ、いたずら好きでよく森で遊んでは迷子になった子供の頃のリメリアのこと、強くなって冒険者として一人旅をしていたやんちゃ盛りの頃のリメリアのこと、大きな魔物の死後、その縄張りだった土地を巡って研究員を含む大国の調査チームと魔法使いを含む冒険者が争っていた拍子に二人が出会い、色々あって惹かれ合っていったこと、ほぼ駆け落ちの形で国を出て、それから魔法使いたちの隠れ里で婚礼を挙げのんびり暮らしていたこと、その頃近くの隠れ里が魔法使い排斥が過激な国に見つかり、周りの森ごと燃やされたこと、その報復としてリメリアを中心とした魔法使い達により国が一つ消えたことなど……。リアスは淡々とした口調だったが、細かく覚えており詳しく話してくれたため、若い頃の両親のことが知れて、双子はとても楽しそうだった。

午後になり、日が傾き始めた頃、母が、儀式を始めるからと二人共を清め、衣装を着せた。魔法使いとしての力は弱いエリルカにまで儀式をやらせるのかと、双子は不思議がっていたが、何か意味があるのだろうと何も言わなかった。父が、アスキヴォスを二人に渡した。午前中に、改良していたらしい。なぜそれを双子に渡すのか、なぜ両親は儀式に参加しないとばかりに普段と同じ格好なのか、嫌な予感がしたが、両親の優しく、圧のある瞳が何も聞くことを許さなかった。家の裏の森の手前の空き地に、簡易的な祭壇ができていた。双子を祭壇に上がらせ、両親は一歩下がった。気がつくと後ろにはリアスがいた。両親が声をそろえて、短く呪文を唱えた。今までリメリアから学んでいたため、双子も様々な呪文を覚えていた。だがその詞は短かったにもかかわらず、知らないどころか聞き取るのも難しいものだった。突然、強烈な眠気に襲われた。どうにか抗おうとしたが、抵抗もむなしく双子は膝から崩れ落ちた。それでもまだ意識をどうにか保っていた。双子の周りをリアスの光が包んでいく。視界が真っ白に染まり、意識がなくなる直前、悲しそうで、嬉しそうで、悔しそうで、楽しそうで、苦しそうで、幸せそうな、両親の笑顔が見えた。


 目が覚めた時、そこには何もなかった。空と地面の境目すらなく、ただ真っ白な空間だった。後ろからリアスの声がした。

「先程の儀式でお前達の魂を半分ずつ結びつけた。別世界に転移させるとき融通が利くようになる。」

『???』

「リメリアとローディックが、せめて二人だけでもこの世界から安全に揃って逃がせないかと、この方法を思いついた。魂が混ざれば一人分だと世界に錯覚させられるため、同じ地点に届くだろう。肝心の場所は一人分であれば我がどうにかしてみせよう。だがいくら双子とはいえ別人だ。魂を混ぜようとすれば片方の身体に偏ってしまう。だがお前達は科学と神秘というこの世界で全く別の性質を持つからかほぼぴったり嚙み合った。自己判断の根源ともいえる魂が繋がったため、これからは思考が似てくるだろうが。凹凸の噛み合わない所はリメリアとローディックで調節が利いた。これは四人全員が近しい血縁であり術の行使者である神の加護を持っていたからこそだろう。こんな風に使うとは思わなかったが。」

「じゃあ、」「お母さんたちは……、」

「世界とともに死ぬつもりだ。」

『っ……!』

予想はついていたが、簡単に受け止められるほど大人ではない。だが、四人で残されたわずかな時間を生きるより二人だけでも生き延びてほしいという両親の愛情がわからない子供でもなかった。声を押し殺して泣き、感情を抑えようとする双子を見ながらリアスが言った。

「我は、最高神の一柱、創造神であり、世界を見守るのが役目で本来干渉してはならない。いくら神の眷属としてその血を引く魔法使いとは言え個人に肩入れすることはない。加護を与えるなどもってのほかだ。」

「え?でも、」「それじゃあ僕たちは……。」

「リメリアは、あの夫婦は、我に人らしさを求めた。神が人と食事を食べるなど他の神や精霊たちが見たら目を疑うだろうな。あやつらと過ごすうちに、自らが変わるのを感じた。初めは戸惑いこそしたが、そんな自分は嫌ではなかった。」

相変わらず無表情で無感情な声だったが、懐かしそうな優しい雰囲気を感じた。

「我も、情が移ったのか、あの二人をこのまま死なせたくはない。この世界の、ランビリスの時空軸をどの世界とも重ならないよう移し、周期をずらした。平たく言えば、時を止めた。だが、五百年が限界だろうな。またそれに伴い、お前たちの命運をこの世界と完全に繋げた。つまり、成長・老化が止まるということだ。職権乱用というのか、こればかりは他の神がいなくなっていて幸いだな。」

「私たちは、」「僕たちは、」『何をすればいい?』

目はまだ腫れていたが、二人は毅然とした態度で聞いてきた。

「……さすがあの二人の子供だな。話が早い。我はお前達を、この世界より科学も魔法も発達した世界に転移させる。そこで、この世界にない技術を学んでほしい。この世界は科学は相当発達しているから主に魔法面だな。その技術が、両親、ひいてはこの世界を救う鍵となるだろう。神は、他の世界に干渉することは自世界なぞ比べ物にならないほど難しい。世界ごとに法則が違ってくるからだ。神ほど法則に縛られるものはいないだろう。まあその分自らの法則を作り上げるわけだが。そこで他世界へは代わりに自らの加護を与えた人間などを使って干渉する。しかし、見つかればどんな神かによってはただじゃ済まないかもしれん。その上、転移先の調節のため我の力の痕跡が残りやすい。余計に気づかれやすくなるだろう。それでも行くか?」

「当たり前です!」「もちろんです!」

「頼もしい限りだな。ならばその意気に応えよう。」

そう言ってリアスは砂時計がついたオーブを取り出した。

「これは、条件を満たせば我と、ひいてはこの世界とつなげることができる。条件と使い方はおのずとわかるだろう。この砂時計はランビリスの寿命を表している。今はほとんど止まっているが、目に見えるレベルで減り始めたらもう止めることはできない。手遅れだ。そうなる前にオーブを使い戻ってこい。」

『はいっ!』

「それからアスキヴォスだが、今朝方二人が改良して我にも使えるようにしてくれた。必要なものを後からでも我がアスキヴォスに送ることができる。まあ流石に制約はあるが。すでにいくつか入れておいた。役に立つだろう。」

『あ、ありがとうございます。』

双子は少し恐縮しながらも親だけじゃなく自分たちも大切にされていたのだと実感でき、嬉しそうにしていた。

「……お前たちはまだ子供だ。だが、人の身からすればとてつもない時間を手に入れた。ならば、役目に囚われすぎず、少しばかり楽しんでみるといい。最後に、自らの真名を忘れるな。それが、世界を渡る者全てに通じる不文律だ。特にお前たちは魂が混ざり合い、自己が揺らぎやすいからな。…………さあ、往くか。」

双子は空気が、空間が変わったのを感じた。


 《世界が混沌に塗れし時 其の扉は開かれる 天を裂き 現れるは異界へ続く門 迷霧の先の幻想に希う 既に世界は開かれた 汝は真相を追い求めし者 進め 世界が滅びようとも 其方は不朽の煌輝を抱く 今 時は満ちた——勇者の旅立ちに 祝福を》

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