Polaris

鶴川ユウ

Polaris

 美冬みふゆとは100円均一の店で知り合った。

 柚子ゆずはそのときヘアゴムを買おうとしていた。レジ待ちの列に並んでいると、前に並ぶ女の子の鞄が――鞄にチェーンで繋がっているキーホルダーが鮮烈に目の端に飛び込んだ。

 柚子は人見知りでもなく、外交的でもなかった。見ず知らずの人に話しかけるなんて普通はしない。

 周りの友達はみんな知らないロックバンドのキーホルダーだった。モチーフの柄杓型のキーホルダーは、去年のライブの物販でしか売っていない。

 柚子も持っている。

 同じ生活圏の同年代の同性で、同じロックバンドのファンで、そして近い熱量で推している人と、出会える確率は何パーセントなのだろうか。

 後から思い返すと、本当に貴重だった。ライブの会場前のような高揚感で、柚子は気づけば声をかけていた。

「すみません、Polarisポラリスのファンですか?私もなんです!」

 女の子は肩を揺らして振り向いた。ぷっくりとした涙袋が印象的で、鼻筋がすらりと通っている。

 柚子は適当に結んだおさげの髪と、膝下まであるスカート丈が急に恥ずかしくなったが、それよりもこの女の子と話したい感情が勝った。

「あたしは、佐野さの美冬っていいます」

 ややあって微笑した美冬に、柚子はこの子と仲良くなれるだろうと直感した。

 その直感は的中し、高校一年の夏から高校二年の現在まで、美冬と柚子はゆるゆると交遊している。

 異なる制服の二人は放課後に待ち合わせたり、ライブに行ったりしている。たまに電話もする。

 他校の友達はどこか特別だ。四六時中一緒にいる同じクラスの友達とは違う。柚子は美冬の高校の話を、美冬は柚子の高校の話をそれぞれ新鮮に聞いた。二駅も離れていない高校で、授業の単位の取り方や学校行事が微細に違うのは面白く、そのうえ共感するポイントは多い。

「セーター着る時期って迷わない?そろそろ寒くなるから用意はするけど、教室で最初に着ると目立っちゃう」

 美冬は腕をさすりながら言う。九月も終わりにさしかかり、陽射しは弱まっていた。

 柚子と美冬はファストフード店で、シェイクをすすっていた。このあとライブがある。二人は物販に並び、ライブが始まるまでお茶をして時間をつぶすのが常だった。

「言われてみれば寒いね。私は教室で誰かがセーターを着ていたら着る」

「『誰か』にはなりたくないー」

「冬になれば全部忘れちゃうんだけどね」

「あたしよりも寒がりの子がいればいいな。なっちゃん早く着ないかなあ」

 そう言って美冬は憂鬱そうにする。なっちゃんというのは彼女の友達だ。

 来月の放課後には美冬もセーターを着るだろう。柚子はタンスのどこにセーターが仕舞ってあるか考えた。

「それよりゆっこ、彼とはどうなったの」

 美冬はシェイクを飲むと、ぐっと身を乗り出した。憂鬱モードから切り替えたようである。

 ゆっことは柚子のあだ名だ。彼とは柚子と同じ飼育委員会の後輩のことだ。ウサギを世話するとき、ウサギの名前を呼ぶ声が優しくてどきどきした。実に単純だ。

「特に何かあるわけじゃないよ? あーでも、今期の同じアニメ見ててそれで話す。あの子も二年から文系に進むから相談に乗ってるよ」

「いい先輩じゃないですか!」

「やー気になるかも?ってだけだからな」

「気になったらいっちゃいなよ。ゆっこは可愛いし大丈夫だよ」

 美冬はいたずらっぽく笑った。

 柚子は髪の毛の毛先を弄った。美冬と出会って動画サイトを見て、家にあったドライヤーでくるくると巻くようにした。

「あたしに声かけたときみたいに、衝動的に好きっていいなよ」

「そんな単純でいいのか」

「そんなもんですよ。やばい男だったら止めたげるから」

「アリガト。美冬は?好きな人いないの」

「あたしはISSEIイッセイ一筋だってば。もー彼しか見えない。学校の男子に興味ない」

「あはは、そうだった」

 美冬はボーカルのISSEIの『ガチ恋勢』なのだ。

 もうじき開場時間となる。

 退屈な授業の長針が回るのはとても遅いのに、一つのシェイクをゆっくり飲んで、美冬と話すと時間はあっという間だ。

 柚子は目を閉じる。ドラムのビートに乗って首を振って、ギターソロを凝視して、ボーカルの煽りで叫んだりして、何かあれば美冬とどっと笑い合う。

 バンドがきっかけで知り合った自分たちは、いつまで仲良くできるのかは分からない。

 ボーカルが解散を匂わせたことがあったら、美冬と夜遅くまで電話をして、解散に繋がる出来事を挙げ連ねて話し合った。

 解散を免れたときは二人でハイタッチをした。

 いつまでPolarisを好きでいられるのかとか、仮に後輩と付き合えば美冬と会う時間が減ってしまうとか、大学受験を翌年に控えているとか、そろそろバイトを始めた方がそういう気持ちが掠めないわけじゃない。

 柚子は不安になったときに、Polarisの音楽を聴く。

『北極星は荒れ狂う海を進む船乗りの標となった星。僕たちもあなたたちの道標になりたい』

 いつの日かISSEIはMC中にバンド名の由来を語った。

 先の未来は見えなくても、美冬と一緒にPolarisを推した日々は確かなものだった。

 冬の夜空で目を凝らさなくとも、柚子の未来に架かる道標となるだろう。

 柚子は根拠なくそう思う。

「そろそろいこ!」

 美冬はにこりと笑って立ち上がった。柚子も毛先を巻いた髪をなびかせて、シェイクをトレーに乗せて、あの音楽のリズムに早く乗ろうと、美冬の後を追った。

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Polaris 鶴川ユウ @izuminuma

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