没落貴族の令嬢は目立たず静かに暮らしたい!!

マイクなうさぎ人間

Was zweie wa acra cenjue akata,chs ieeyea hutare

丘の上にて

 森の奥から異様な音が聞こえた。

 それは、人間の耳には耐え難いほどの悲鳴とも怒号ともつかない音だった。

 音に呼応するように、森の中から数百体の魔物の群れが現れ押し寄せてくる。

 翼を持つ魔物や牙を持つ魔物、人間に似た魔物や虫に似た魔物、姿形は全く異なるというのに、突然現れた魔物の突撃隊形は恐ろしいほど統制されていた。

 前方には大型の魔物がその衝撃力活かすため等間隔に密集しており、その後ろを小型の魔物が後を追っていた。

 突撃方向は、ちょうど行軍途中だった歩兵の側面側だ。

 

 距離にして約800m、しかし魔物の突撃速度は最大で100キロに達する。30秒後には一体数百キロの巨体が100キロに迫る速さで歩兵とぶつかる。

 行軍隊形の歩兵は直ぐさま方陣に組み、槍を構え突撃に備えようとするが、突撃をまともに受ければただでは済まないだろう。

 ただ、それは無傷の魔物による突撃を歩兵が受けた場合だ。


 歩兵の展開が始まると同時に、魔物に向かって魔法が放たれる。

 火、氷、雷、風、あらゆる属性の魔法が魔物に直撃する。

 数百いた魔物は炎の玉に焼かれ、氷の魔法が辺りを凍らせ身動き取れないようさせた挙句、電撃の槍と風の刃で無惨に切り刻まれた。

 空を飛ぶ魔道生命体から届く観測情報を元に、戦闘を統括するオペレータが最適化した火力投射計画。それに従う二個魔導大隊による暴力的な攻撃だ。

 恐れを知らない魔物は、とてつもない被害を出しながらも依然として陣形は崩れておらず、速度も健在だった。

 とはいえ、全滅は時間の問題だ。

 

「流石だな、我らが王都防衛隊は!」


 前線より少し離れた丘で、戦闘を見た1人の少年が歓喜の声をあげる。

 少年の名はアノ・エルミン。軍人貴族出身で18歳の魔法使いだ。

 魔物が次々に倒れる様子を見て興奮するアノだったが、横にいた少女は不満ありげだ。

 

「何が?」

「何がって、そりゃあんな大軍を一瞬で蹴散らしたんだぜ、すげえって思うだろ」

「そう」


 少女はうんざりしながらそれだけ言い、再び戦場を眺める。

 少女の名前はラミレル・ベルモント、貴族出身の15歳。ラミレルも未熟ながら魔法使いだ。

 本来ラミレルは戦場に出るような歳ではなかった。

 それでもラミレルが戦場にこうして立たなければならくなった理由は、二ヶ月前に起きた魔物の侵攻が原因だ。


 王国軍が初動の作戦に失敗した結果、2万人の兵士と3千人の魔導士を失う大損害を被りながら国土の三割を失う撤退を行う羽目になり、なりふり構っていられなくなった軍は、魔法を使える者を片っ端から徴兵する事になった。

 結果として碌に訓練を受けておらず、まだ学生で多少は魔法を扱う事が出来るラミレルは軍の徴兵を受けて、戦場に立っているのである。

 

 ラミレルにとって幸いだったのは、魔物の本隊であった12万は二週間前に王都から20キロ離れたトルモール平野で増援に駆けつけた連合軍と共に撃破された後だった事だろう。

 現状は先の戦闘のようにチリジリとなった小規模な群れの掃討戦が続くのみ。

 その掃討戦もラミレルが見る事の出来る戦域マップはどこも順調で、小規模の群れの撃破事例が日々更新されている。

 被害も少なく、魔物の支配領域はかなりのペースで縮小しており、勝利まであと一歩といったところだ。


「にしても、こんな場所で油売って良いもんかね? ここに来てからやる事と言えば歩いて、戦闘を観察するだけ。戦闘らしい戦闘は一体の熊との格闘だぜ」

「熊も武器や魔法がなければ人なんて簡単に死んじゃう。それに本格的な戦闘は戦場に来る頃には終わっていたし、私たちは所詮学生。偵察任務に出させて貰えているだけ良いじゃない」

「でもよーこれならあの退屈な古代史の授業の方がよっぽどマシだとは思わないか?」

「それは同感…………あ、帰ってきた」


 ラミエルが指を指したのは、戦闘が終了して空から帰って来た魔道生命体であった。

 形こそ人型ではあるものの、目や口に相当する部分はなく、半透明の青色の体がどこか不気味だった。


「こいつ苦手なんだよなーそのうえポンコツだし」

「でもちゃんと扱えれば便利、それにこの子がいないと軍の巨大な索敵網は維持できない」

「そりゃそうかも知れねえけどさ、ポンコツなことに変わりわねえよ。何回魔物の群れを見過ごしたか」


 ラミレルはここに来てからの一週間半を思い出して頷く。

 損害こそ軽微だが、森に隠れた小規模の魔物の群れに奇襲を受けた事は両手では数えられない。ついさっきの戦闘だって、魔道生命体の見逃しだ。

 しかし、その奇襲を受けた時の反撃に貢献したのは、常に魔物の位置を捕捉し火力投射計画の策定を補助した魔道生命体だ。

 

「確かに聞いていたほどではないけど、有用よ」

「有用ねー」


 そんな会話をしていると、オペレーターからの指令が届く。


「また移動かよ、どこまで歩けばいいのやら」

「それだけ勝ってるって事。負け戦はしたくないでしょ」

「そりゃそうだがよ、一度くらいは武勇を馳せたいとは思わないか」

「思わない」


 同意を得られずがっくりしているアノを尻目に、ラミエルは軍の様子を見る。

 戦闘は既に終結しており、方陣を組んでいた歩兵は行軍隊形になり次の目標に向かって前進していた。

 その様子は先の戦闘に比べてあまりにも頼りないように見えた。

 歩兵が持つ槍は疲れているせいか、どこかふらついている。

 魔法使いも魔力を消耗しているせいか、風の魔法を使った移動の補助をしていない。

 戦場に来てから何度か似たような光景をラミレルは見てきたが、見るたびに弱々しくなっていくのを感じていた。

 

「あんな様子で戦えるのかしら」

「何言ってるんだ? さっき大量にいた魔物を倒したのを見てただろ」

「今戦えているのと、明日戦えるかは別よ」


 そんな事を言いながら、戦況図を思い出して存外杞憂で終わるのではないかとラミレルは考えた。

 何せ、このペースで進軍すれば一ヶ月後には王都で凱旋だ。

 1万以上の群れはおろか、千を超える群れですら稀にしか見えない現状なら、どれだけ疲弊していようと勝利は揺るがない。

 

「まあ、俺たちも移動しようぜ。一応命令だからな」

「ええ」

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