第32話 極彩色の光


 支度場所では、精霊が入ったからくりの手によって、美しい白無垢を着せられ、髪も整えられた。


「奥方様きれいですぅ」

「小さなとんぼ玉で編み込むなんて、流石ですう」

「この木の花飾りも、伊達衿の柄も、奥様が考案したなんて」


「皆褒めすぎよ」

 お鷹、お鳶に加え、いつもは鶴唐草堂でからくりの髪結師をしているおわしさんも手伝いに来てくれた。

 支度もほぼ終わり、部屋にある全身鏡で自分を見る。化粧をした自分は、白くなった肌に唇の朱色の紅がよく映えている。基本的に白統一のため、髪飾りも白で統一しており、とんぼ玉も透明なものに白で花の絵が描かれている。

 長い髪は綺麗に結われており、あの伸びっぱなしの髪がここまでになるのかと驚きだ。


「奥方様、そろそろっ、お時間でございます」

 部屋の外で別のからくりの声が聞こえる。からくりの声的に、おけいだろう。


 しかし、声が震えているような気がする。私は不思議に思いながら首を傾げる。


「はい、わかりました」

 私は返事をし、引き戸の方へと向かう。そして、お鳶の手によって扉を開いた瞬間、私は目を見開き固まった。


 頭に皿を被ったくちばしの付いた鮮緑青みの強い黄緑の男と、目の付いた銀鼠明るい灰色の壁。


「どうも、ええお日柄で」

 くちばしの付いた男は飄々と笑っており、壁は小さな眼で私を見下ろしている。その異様な光景、良く見れば壁の腕には、壊されたのだろうお鶏の頭だけがある。あの中に、声を担当している精霊がいるはずだ。

 私の血が、ふと危険を察知し、ぞわりと沸き立つ。


「ええ、いいお日柄で。婚姻の儀に相応しい日です。そちら通っても、よろしいかしら?」

 優しく尋ねると、くちばしの男は嫌な笑みを浮かべた。


「それは出来ひん。恨むなら、相手を恨んでくれや。ここは通さんから。大人しく部屋に居てくれや」

「拒否権はありますか?」

「言っても結果は変わらん。あんたはここで終わるまで待ってればええ。助けを呼んでも、あの甘ちゃんの坊主もちっせぇ奴らも来るわけ無いからなあ」


 その言葉を聞いた私は、静かに綿帽子を取った。そして、隣りにいたお鷹に渡した。諦めたのだろうと勘違いした彼らは、少しばかり緊張が緩んだような表情。

 この程度で気を抜くなんて。


 彼らは、こういうことに慣れていない。確信した私は張り詰めた顔から、ゆるく微笑む。


 私だって、やる時はやりますのよ。


 一瞬の隙を見て、すぐさま帯の中からスケッチブックを取り出した。ぎょっとする彼らに向けて、スケッチブックを開いた。

「《罪作りな夜に会いましょうニュイ・ド・クリミネル》」

 制約呪文とともに、紙から凄まじい極彩色の光が解き放たれた。

 

 

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