第31話 ロイヤルパープルと白銀


 驚きの告白に、今度は私の顔が強張る。


「父上の友人なのですが、今回の縁談を仲人してくれた方でして。その際に、武装魔女の掟も、いくつか教えていただいたのです」


 承知の上で、私との結婚を決めてくれたのか。

 その事実にただただ申し訳ない気持ちだった。彼の結婚を早まったことよりも、遥かに私のが酷い女だ。


「酷い内容ですよね。私こそ、申し訳ありません」

「いえ、知っていてこの縁を決めましたから。あの、テュベルーズ殿は、やはり離縁したいのでしょうか」

 優しい夕雅様は、恐る恐ると言ったように口を開く。

 離縁したいか、か。

 武装魔女になりたい気持ちはもちろんある。私達の憧れでもあるし、私を育ててくれた武装魔女達に、戦力として恩返ししたい気持ちもある。

 それに、魔女達は私のことをかなり心配していた。出生や私自身の抜けてるところもそうだが、それ以上に私の母親が死因不明なのも理由だろう。

 私だって、母に何があったのかは知らないため、それを考えると怖くなる。


 一人前の武装魔女になるために、三十年近く頑張ってきた。


 でも、急がなくてもいいのでは。だって、魔女の中には二、三年で帰ってくる人もいれば、余生を過ごしに帰ってくる人もいる。そう、なろうと思えば、もっと先でも、叶えられる夢だ。


 目を瞑って、この嫁入り道中を思い出す。今までで一番自由な時間だった。今もまた、素晴らしい景色の中で私は生きている。夕雅様の隣で。


「私は、こちらに来てから、本当に幸せで、毎日が楽しいのです」

 心の底から、そう思う。楽しい、毎日がこんなにも楽しい。人生でそう思ったのは、初めてだった。それが私の答え。


「だから、まだ、お側にいてもいいですか」


 魔女の一生は、人よりも長いのだから。

 少しだけ腕を緩める。私の胸に埋められていた夕雅様と目が合った。


「ええ、もちろんです」


 夕雅様の瞳からは流れる涙は止まらない。こんなにも美しい透明を私は初めて見た。私は優しくその涙に触れる。


「半人前の私と半端者の夕雅様、なんだか似てますね」

「二人で丁度一人前ですね」

 少し照れたように笑う夕雅様。耳も顔も赤く染まっているが、私に回された手を解くことはない。


「私の半身、大切にします」

 少しばかり背伸びした彼、何があったのかはお月さまだけが知っている……


(おおお! これがくちづ)

(しずかに!)

(若様、ようございましたぁんぅあんうわん)


 はずである。襖の向こうから聞こえる声に、私は顔を引き攣らせた。





 あれから、少し経った。

 茜様の白無垢も先日納品し、取りに来た朧車棚橋は嬉しそうに帰っていく。


 また、からくりの『小鳥』も確認した。鶴草堂の『小鳥』は私が描いた美しいグラデーション。見ているだけで心が踊り荒ぶる。

 その中にまだ塗られていない二匹の小鳥。


「これは?」

 夕雅に尋ねると、どうやら婚姻の儀では私と夕雅様で飛ばす『夫婦小鳥めおとことり』というとものがある。お互いに一匹ずつ、相手の色を手作業で色塗りをするらしい。


「まあ!私も色塗りを!」

「ええ、一緒に塗りましょう」

 早暁親方や鶯、他の職人たちに見守られながら、色塗りを始める。

 やはり夕雅様といえば美しい白銀の瞳。白銀に色を塗っていると、「私もテュベルーズ殿の瞳の色にしましょう」と本当に私の瞳色であるロイヤルパープルで塗っていた。

 しかも、「この前のように色を確認させてください」と何度も顔を覗き込む為、とても恥ずかしくて紅くなってしまった。


 色塗りのあとは、何人かの職人さんから声を掛けられて、色の相談に乗ることになった。


「この色とこの色使いたいんですけど、なんか違和感があって」

「くすみ具合がずれてるからですかね、少しこうしてみたらどうですか」

「お、お!これはよいですね!」

「奥方様〜!私のも〜!」


 色の相談に乗ってる最中、実は衝撃的な事実もあった。なんと、鶯や狐さんや、狸さんの一部はからくりではなく、「あやかし」と呼ばれる人たちだったのだ。狐さんが「木や布でこの私のふわもこしっぽができますか!?」と差し出してきたので、ありがたく少し触れてきた。柔らかかったです。


 そんなこともありつつ、遂に今日婚姻お披露目の儀を迎える。


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