第29話 涙は流れて色を変える


 深刻そうな顔をしている夕雅様に、私は何と声をかければ良いか分からず、黙って見つめることしか出来ない。

 正直、謝られることなんて思いつかないのだ。


 この嫁入りが決まってから、私は今までの人生の中で一番充実した日々を送っている。こちらではまだお客様であろうが、新しいものを見て、新しい場所に行けるのが本当に楽しかった。

 そんな私の傍で、いつも手助けしてくれる夕雅様。私よりも全然年下なのに、細やかな気遣いをしてくれる彼に、本当に感謝しか無い。

 だからこそ、彼が何を謝りたいのかがわからないのだ。

 少し訪れた沈黙の後、すうっと吸い込む息の音が聞こえた。


「本当は、婚姻お披露目の際に、雨神様への挨拶をする予定でした。少しの期間お互いを知り、これからも共に過ごせるかと、お互いで決めようと思っていたのです」

 かすかな震えを感じさせる声。話を聞くに、私達は雨神様への挨拶を予定より早めてしまったよう。でも、何故それが謝罪に繋がるのか私にはわからない。私は尋ね返すべきかと口を開きかけたが、それよりも先に夕雅様の口が開いた。


「けど、あの日、初めて合ったあの時、私は……どうしても、貴方と縁を結びたかったのです。一目見て、恋に落ちるとはこういうことなのでしょう。貴方の半身になりたくて、気づけば、私の口は雨神様への挨拶にと言っていました」

 声の震えは止まらず、手はギュッと正座した彼の太ももあたりの着物の生地を握っている。


「雨神様への挨拶は、言わば神への誓い。騙し討ちのように、貴方との婚姻の誓いを行ったのです。それがずっと心に引っ掛かっていました。隠し通して尽くそうと思いました。でも、やはりそれは良くないと思ったのです」

 ぼろぼろと涙を零す夕雅様。今だに何故謝られているのかが理解できない私は、驚くまま彼の膝の手に自分の手を伸ばした。


「私はここに結婚しに来たのです。なにも謝ることはありませんわ」

「ち、父上から、『相手の気持ちを考えず結婚をしたため、結局母上には逃げられたから、お前は気をつけろ』と言われていたのです。今回のことも父上の耳に入り、昨夜改めて咎められました。テュベルーズ殿の、気持ちを、ないがしろにしたのではと」

 ぼろぼろと涙を零す姿は、やはりまだ幼さがある。彼の父親に会ったことはないが、彼の両親には何かしら問題が合ったのがわかる。


「私は、精霊と鬼の間に生まれた、どちらにもなれない半端者です。精霊たちのような羽もなく、鬼のような角もない。だからこそ、『ない』尽くしなりにこの国のために頑張ろうと思ってきたのに……。テュベルーズ殿、私の私欲のせいで、本当に申し訳ありません」

 半端者という言葉、発言の端々にある劣等感や後悔の念は、私の気持ちにもずしりと刺さる。そして、気づけば私は彼を抱きしめていた。

 力強く彼を抱きしめる。


「てゅ、テュベルーズ殿!?」

 突然のことだったのか、かなり上擦った声の彼。でも、私は腕を緩めることはない。強く強く抱きしめる。


「私の話を、半人前だった私の話を、聞いてくれますか」

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