第26話 グラデーションスケール


 鏡の前に茜様を座らせ、背後に立った私は、スケッチブックのページを横にぎゅぎゅっと引き延ばす。本当の紙ならば破れてしまうが、紙は綺麗に伸びて、一枚に繋がった横長の長方形用紙に変わる。


「まずは、四枚の白。右から純白、月白灰色みのある白乳白色ミルクのような少し黄色みのある白生成色黄色味の強い白をグラデーションで確認しますわ」


 ただでさえ不可解な状況に茜様はぎょっとした顔でその紙を見ている。それに、遠目から見てもそのグラデーションというのは分かりづらく、一色の白のようにも見えた。私は後ろから腕を伸ばし、その紙を茜様の鎖骨付近に当てる。まるで前掛けをされるようにも見えるが、これは色を確認する上でとても重要なのだ。

 その紙を端から端まで、茜様の顔色を鏡で確認しつつ、右から左、左から右へと動かしていく。


「純白だと白が強すぎますね。でも、生成色だと肌がくすんで見えてしまう。というと、真ん中かしら。では、色を中央二色に近い色にして」

 ぶつぶつと喋りながら、紙を真剣にスライドし続ける私。楽しい、この方に似合う白というのを選ぶのが楽しい。楽しい。

 目がギラギラ光らせて、同じことを繰り返す私に、茜様の顔はどんどん引き攣っていく。そして、痺れを切らしたのかくわっと表情を変えた。

「どれも同じやろ!」

 どうやら、この白のグラデーション彼女の目には、同じ色にしか見えてなかったらしい。


「いえ、同じではないです。一旦座って、よおく見ていてくださいね」

「はあ?」

「この紙の色を純白と生成色の二色にしますね」

 そう言うと、紙の色が今言った二色きっぱりと分かれた。同じように見えていた白がここまで違うのかと、茜様の目がまん丸くなる。

「純白を当てます、肌色に比べて白が強いと思いません? 眩しくて、顔が薄くなるというか」

 あくまでも些細な差、でもその差が彼女の目にはどう映るだろうか。


「生成色は?」

「当てて見てみましょう。ううん、この強い黄色みのせいで、目や肌の輝きが失われているように見えませんか? 黄ぐすみが起きているような感じ」

「言われてみれば」

「では、さっきの真ん中二色」

 紙の色がまた別の二色、先程中央にあった色に変わる。


「乳白色もちょうどよい存在感、けど月白は一番目が輝いて見えませんか?」

「言われれば、そうかも知れへんな」

 色を交互に顔の中心に持っていくと、色々と差がどんどん見えてきたよう。魔女の集落では、この話をしても「だからどうした」扱いをされて、誰にも共感してもらえなかった。画一的な黒い布、画一的な黒いドレスが集落では基本だった。だから、その人に似合った色味なんてものは必要なかった。


「白って、色々あるんやなあ」

「そうなんですよおお! 人には人の最適な白があるのです。ウエディングドレス、白無垢という一生物の服。ここはしっかりと、こだわりたいところ、ですよね!」

 茜様の言葉に私は嬉しくて、歌い出しそうな気持ちで紙をパタパタと折って、当初のスケッチブックと同じ大きさに戻した。そして、首を回し背伸びをする茜の鎖骨に紙を当てた。


「では、今と似た色をどんどん当てていきますわね。最高の白を見つけましょう!」

「まだやるんかい!」



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