第25話 この世に万の種類がありますの


 玄関から離れた一室、入口の前では心配そうな夕雅様とお爺さんの精霊が困ったように私を見上げている。


「私は着物の素材準備をしますが、何かあったら絶対に逃げてください。すぐに駆けつけますので」

「奥方様、お鷹とお鳶も強い子達ではありますが、安全第一に。じぃは心配でございます」

「大丈夫ですわ。お互いの仕事をしましょう」


 相当心配してるだろう二人。夕雅様に関しては私の両手を握りしめ、上目遣いで私の顔を見ている。

 たしかに、彼女の気性はかなり激しいと思われる。

 彼女の目標は、あくまで白無垢というものを作ること。ここで暴れたらその目標も達成できない。


 とりあえず、夕雅様は機織はたおり、私は服のデザインと担当が分かれねば、どうにもならない。


「とりあえず、大丈夫です。私も武装魔女の端くれなので」


 私はそう言って、夕雅様を安心させた後、引き戸を開けて中に入った。

 中に入ると扇様、お付きのからくりであるお鷹、お鳶がすでに揃っていた。

「お待たせしました。扇様、よろしくお願いいたします」

「よろしゅうに。茜でええわ」

 私がお辞儀をすると、呆れたように一瞥する茜様。なんと先程の提案を、茜様は「たしかにここで作るには変わりあらへん」と飲んでくれたのだ。心配そうな夕雅様と離れ、私達はしっかりと顔向き合わせている。


 さて、作業に取り掛かる前に確認しないといけないことがある。


「あの、思えば、白無垢って何でしょうか?」

「あんたは阿呆か、うちより十三も上やろ。わからんで、やろうとするなんて阿呆の極みやな」

「扇鶴国は謎多き国なため、こちらに来てから知ることばかりでして。教えていただけますか?」

 どうやら十三歳下だったらしい彼女は、頭が痛いのかこめかみに手のひらを当てる。確かに彼女の言う通りに、無謀だったのかもしれない。

 けれど、あのまま話し合いを続けていたら、未だに結論が出ておらず、最悪殴り合いになっていただろう。


「白無垢は婚姻の儀に着る白い着物、あんたの部屋にあらへんの? 嫁迎える際に初日に飾ってあったやろ」

 部屋にある白い着物という言葉に、私はやっと合点がいった。扇鶴国のウエディングドレスのことを白無垢というのか。私が一人「わかりました! あれのことですわね!」と喜んでいると、茜様は頭を更に抱える。


「はあ、あんたと喋ってると体の力が抜けるわぁ。もうええから、はよ初めてや」

「はい、ではまず色から決めていきますね。最初は白からです。とりあえず、今から色当てていきますので。あ、お鷹さん、鏡と椅子お願いしま〜す! お鳶さんは明かりを多めにください!」

 呆れ返っている茜様を尻目に、私は自分の髪からスケッチブックを取り出しつつ、二人に指示を出す。

 暫くして、椅子と全身鏡、明かりを増やした部屋に、茜様は驚いた顔をした。


反物たんものは?」

 普通こういう場合は生地で合わせるものだが、夕雅様曰く、織って作るなら出来るが、既存のものは出払っている。茜様がこんな無茶を言うなんて、誰も予想していなかったのだなら、そこは仕方ない。


「反物……生地のことですかね、一旦大丈夫です。似合う白、今から確認して・・・・・・・、それに合わせて作れってくれると夕雅様が言っていたので」

「似合う白? 白は白しかないやろ、何言うてん」

 小馬鹿にしたように笑う茜様、しかし、私はスケッチブックをあかね様に向けてペラペラペラッと捲った。そこには僅かだが、色味の違う白が次々と現れる。スケッチブックの厚みからは想像できない枚数。いつまでも終わらないページ捲りは、その色の多さを物語っている。

 茜様は不可解そうに眉間に皺を寄せ、私は自身を持って微笑んだ。


「この世に白はよろずもの種類があります。この中から、茜様にピッタリの白を用意させていただきますわ」


 

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