第23話 日が暮れし茜色


「それでは、伯父上頼みましたよ」 

 とんでもない大騒動だった。最後までにぎやかな早暁親方を筆頭に職人の皆さまや番頭の鶯さんに見送られ、『鶴唐草堂』を後にした私達。

 日はゆっくりと落ち始め、美しい夕日の色の移り変わりを眺めていた。

 

「空の中で夕日が、一番好きだなあ」

「テュベルーズ殿もですか?」

 呟いたつもりのなかった言葉は、夕雅の耳にも届いたのだろう。尋ね返された時に、初めて呟いてしまっていた事に気づいた私は、びくりと肩を跳ねさせた。

 

「驚かせてしまいましたか?」

「ごめんなさい、呟いたつもりがなかったので。夕日によって、今まで青色だった空が紅く染まる姿が美しくて」

 気を使わせてしまったようで申し訳ない気持ちになりながら、私はぽつりぽつりと言葉を続けた。

 夕雅様は頷きながら話を聞いてくれて、「たしかに、美しいですよね」と優しく同調までしてくれる。自分の年齢からしたらかなり若い青年なのに、私よりもずっとしっかりしていて、気づかいもできる。

 

 彼の優しい扱いに、私はなんだかどっぷりと浸かってしまう。ああ、このままこの温かな土地で過ごしたい。こんな優しい人と、どう離婚しろと。私が悪役にでもならないと難しいのでは。

 早く帰ってこいと、念押ししてきた魔女達の顔を浮かべ、私は心のなかで頭を抱えた。だって

 そうしているうちに、ゆっくりと夜の蚊帳が掛かりきった頃、私達は屋敷へと帰宅した。

 その頃には、もう離婚することについて、考えるのをやめた。

 

 さて、予定ではたしか、夕御飯だろう。どんな献立か楽しみだ。

 玄関に着くまで、そんな呑気なことばかり考えていたせいだろうか。

 

 扉を開けたら、修羅場・・・が待っていた。

 

「うちを待たすなんて、ええ度胸してますなぁ、夕雅・・

 スラリと大きく、ハリがあり艷やかな赤い肌、大きな角が二本。緑の髪を美しく纏め、おっとりとした美人顔の鬼。真っ青で美しい扇柄の着物を着た彼女は、扇をお淑やかに扇いでいる。その優雅な姿とは裏腹に、言葉鋭く尖っていた。

 ちらりと横目で夕雅様を見る。彼の表情は珍しく、眉間に皺を寄せ険しいものだった。

 

あかね、何しに来たのですか」

 比較的丁寧な彼が、厳しい口調で彼女を見ている。それにしても、夕雅様が人に対して呼び捨てしてるなんて。

 たしか、魔女の先輩たちが言っていたが、男が呼び捨てにする女性は元恋人の確率が高い。

 もしや、これは元恋人乱入!?

 集落の子供たちが声高に言っていた事が現実になったのでは。

 

意地悪いけずな事言いはる。うちが来たらあかんの?」

「そういう訳ではありませんが、いつもは寄り付かないのに、何を企んでいるのです」

 口を尖らす彼女に対して、一貫して冷たく対応する夕雅様。しかし、彼女は夕雅様からわざとらしくゆっくりと視線をずらす。そして、私の方へと視線を向けた。

 

「まあまあ、ああ、そちらが例の・・姉さん女房様。へえ、もう二人並ぶと家族のように・・・・・・馴染んではるなあ」

「えっ、ええ、夫婦ですので」

「茜!」

 にっこりと微笑む彼女の口から吐き出された言葉。文字面だけなら褒め言葉には聞こえるだろう。しかし、こちらは魔女育ち、あからさまに裏がある言葉に顔を引き攣らせる。

 夫婦と言わず家族と使ったのは、暗に夫婦じゃなくて親子くらいの関係にしか見えないとでも言いたいのだろう。私よりも夕雅様の神経を逆撫でしているようで、すごい声の荒げようだ。そんな状態だから、屋敷の奥から小さな精霊たちがこちらの様子を伺いつつ、幾多のからくりたちが並んでいた。

 

「うちはおうぎ茜と言いますぅ。よろしゅうに」

「テュベルーズです。よろしくお願いします」

 これは女同士の戦い、元恋人との戦いが始まるのだろうか。私の全神経が、今から起こるだろう戦いに備えて研ぎ澄まされていく。

 しかし、闘争心を漏れ出した私に気付いたのだろうか、彼女はすいっと私から顔を逸らした。その視線はまた夕雅様に向けられる。

 

「そうそう、お願いしたいことあんねん」

「話だけは聞きます」

 飄々とお願いする彼女に、相変わらず冷たい夕雅様。屋敷の奥からじわりじわりと、からくりや精霊たちがすごい形相でにじり寄ってくる。特にお爺さんと、私のお付きであるお鷹・お鳶の二人は、その手に鎌を持っていた。相当な殺気が漏れ出ている。

 しかし、そんなことはお構いなしの彼女は、微笑んだまま夕雅様へのお願いを口にした。

 

「うちの白無垢・・・を作って欲しいねん」

 

 私以外の人達が凍りついた。屋敷内が凍りついて、微風の吹く音が聞こえるくらいだった。

 そして、たっぷりの時間が空いた後、沈黙を破ったのは夕雅様だった。

 

「それは出来ません。私が、白無垢を用意するのはテュベルーズ殿だけです」

 

 力強く、相当怒りを堪えているのか、唸り声のようだった。

 けれど、相手はこんなことで折れるような相手ではない。

 

「別にええやろ、角なし・・・がうちに逆らうなや」

 微笑みが少し崩れた彼女は、イラついたように言葉を吐き捨てた。

 

 

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