第21話 限りなく春色

 私はそう言って、スケッチブックを一枚捲る。そのページには、子供の落書きのような天秤が描かれていた。

 天秤皿の片側には最初の色であるパールホワイトのハートが乗っかってるような絵が描かれている。私はその上に白と少しの青と黄色を流し込んだ。天秤はゆらゆら動き、中で色合いを勝手に調整までしてくれる。

 そして、調整したものは紙の上に戻された。


「できました、器を頂けますか?」

 私は画用紙の上にあった色を見せる。粉のためまだわかりにくいが、これで丁度のはずだ。早暁親方は引き攣った笑みを浮かべつつも、その目はぎらぎらと光っている。

「ほんま、えらい能力や。自分らぼーっとせんと、塗り皿、全部用意せぇ!」

「「「はい、親方!」」」

 私の調合に気を取られていた精霊たちは、ハッと気を取り戻したのか、皆慌てたように動き始める。最初の色は精霊から手渡しされた皿へと移す。

 更にわかりやすいよう、皿の縁には調色したのと同じ色で書いた『1』をぺたりと貼り付けた。スケッチブックから文字貼りできるのは、意外と役に立つのだ。


 二色目以降は市松人形のからくりが皿を持ってきたので、同じ作業を繰り返していく。


「私もお手伝いします」

 夕雅様は色を持ってきたり、皿への移しを手伝う。その他にも、私に匙で麦茶を飲ませてくれたりと、気づけば甲斐甲斐しく世話をしてくれる。

 そうして、最後一色のみまで作りきった。最後は白銀色。


 しかし、安堵したのも束間、スケッチブックは今までと違う動きを見せた。


「なにこれ」

 それは、目の絵。最後に選んだ白銀はなんなのか、とスケッチブックに煽られているよう。

なんて性格の悪さだ!

スケッチブック相手に叫びたくなるのを必死に飲み込み、ゆっくりと隣でからくりに皿を乗せている夕雅様を見る。

「どうかしましたか?」

 視線に気づいたのか、首を傾げる夕雅様。微笑んでいる彼の瞳は、細く見えづらい。


「あ、あっ、えーっと」

「どうしたのですか、お手伝いならなんなりと」

「よいですか?」

「勿論ですよ。テュベルーズ殿は私の半身なのですから」

 何と優しいお方なのか。何故かキュンっと締め付ける胸。おのれ、スケッチブック、図りおったなと心で思いながら、私は限りなく小さな声でお願いをした。


「夕雅様の瞳を、近くで見たいのです」


「ち、近くで、ですか」

 下から伺うように夕雅様を見ると、かあっと朱くなっていく。そして、余裕がなくなってきたのか、目は開かれて、白銀の瞳が見えていた。

「は、はい。よいですか?」

「よ、よい、ですっ」

 二人して恥ずかしそうなせいか、私の顔も熱い。ゆっくりと、私は夕雅様の顔へと自分の顔を近づける。黒い縁取りがある白銀の瞳。


 まさに輝く美しさだ。


 その色を目に焼き付けた私は、恥ずかしさからか慌てて目を逸らし、スケッチブックのページへと色を流し込んだ。最後の色が出来上がり、それを皿に乗せる。夕雅様はやっと我に返ったのか、「お皿をからくりに渡してきます」とその場から離れる。


 ーー春だねぇ


 空になった天秤の絵、白い余白部分に書かれた文字を見て、私は乱暴スケッチブックを閉じた。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る