第20話 彩りの魔女


 大変だ大変だ来てくれ来てくれと騒ぐ狐のからくり人形、早暁親方と一緒に私達も狐に着いていくと、一つの大きな倉庫があった。その周りには途方に暮れた顔つきの精霊や、たぬきのからくりや、首の長いからくりが幾人も立ち尽くしている。何があったのかと、不安になりながら倉庫の中を覗いた。


 そこには、想像を絶する光景があった。


「なんて、酷い」

 壁一面の棚の幾つもの引き出しが床に転がっている。そして、その中に入ってた塗料と思わしき粉も床にぶちまけられ、全部汚く混ざっていた。


「なんやこれ!? おい、門番担当はどないしたん!」

 早暁親方は憤怒の表情で唸るように叫んだ。その迫力に思わず私もビリリッと鳥肌が立つ。

「門番達は全員気絶しててっ、今医者に診て貰ってますぅ」

 いち早く反応した精霊は、散々泣いたのか涙声で顔を拭いながら答える。悪戯にしては度を越している。


「どないしよう、他のからくりならまだしも、『小鳥』を塗るための青足りひんし、入荷待ってたらお披露目までに間に合わん。他のからくりの分もあるし」

 頭を抱え唸る早暁親方、たしかに相当の量の色が満遍なく無駄にされている。千羽を一色で塗るには心許ないのだろう。


 これは、多分、『小鳥』を塗らせないための嫌がらせだ。

 こういう悪意を感じ取るのは得意ではないが、集落である程度訓練されてきたので、すぐに察することが出来た。

 その時、私はとある解決策が頭に浮かんだ。 


「今は、使える色の量を確認しましょう。そして、小鳥の色の選定は、その後に私がやります。どうか、手伝ってくださいませんか?」

 そう言って頭を私に、皆驚いた顔を向ける。


「嫁さんが頭を下げる必要ない。ただ、これをどうにかできるんか?」

「……まだ、わかりませんが、やってみる価値はあるかと」


「でも……」

「伯父上、大丈夫ですよ。テュベルーズ殿の妙案に賭けてみましょう」




 白、青、黄色、緑、赤、銀、金。そして、床の上で混ざった塗料。それをそれぞれ皿に乗せていく。


「白もあるなら、どうにかなりますわね」

 私はスケッチブックにそれぞれの色を置いていく。そして、汚く混ざった粉塗料を撫でた。粉塗料の一部は私の中でぐるぐると混ざり始める。

 その色は限りなく灰色に近い紫色のように見える。


「ほぼ灰色ですわね」

「どうする、使えるのか」

「ええ、使えますわ」


 私はにっこりと笑うと、色を思い描いた色で並べる。そして、指で色を操作していく。スケッチブックの上で色同士がキレイに混ざり合い、時には離れ、最終的には一列のグラデーションへと変わっていく。その色に統一感を持たすため、少しだけこの灰色に近い紫色を忍ばせて。

 パールホワイトから始まり、青から緑、緑から土色、土色から藍、藍から金、金から朱、朱から若草色、若草色から緋色、緋色から青黒色、青黒色から茶色、茶色からこの灰色に近い紫色。

 そして、紫色から白銀へと移り変わる。


 このグラデーションは全て、私がこの扇鶴国で見てきた色たちだ。複雑な色合いだが、小鳥たちの色の割合を決めれば、少ない塗料でも上手く誤魔化せる。


「こんな複雑な色、作るの時間かかるわ。それに本当にこの塗料の量で行けるのか」

「いえ、色の調合までは私がやりますわ」

「できるんか?」

 早暁親方の真剣な問いかけに、私は思わず怯みそうになるが、ここで相手に不安を与えてはいけない。大丈夫、私ならできる。


「ええ、私は彩りの魔女。色に纏わることならば、お任せ下さい」

 私は身体に力を入れて、はっきりと発言した。

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