第13話 白銀の瞳

「ねぇさま、やっといきおくれじゃないね!」

「でも、ほんとうかな?」

「ねえさま、だまされそーだもんね。ぜったい、なんかあるよ」

「あいて、どんなかな? ぶさいくかな、かいしょーなし、それともシタイだったり」

「ねえねえ、リコンげんいんアてようよ! うわき? しゃっきん? かくしご? ぼうりょく? しゅうとめ? どれかな?」

「うーんたぶんねぇ、もとこいびと、らんにゅうだよ!」

「ぜんぶ! ぜんぶ!」

 私の足元でぐるぐる回る幼い子どもたちも、皆魔女らしく全身黒色。しかも、無邪気で言葉を覚えたばかりだからこそ、何やら物騒なことを楽しそうに話す。

 教育的にこれはいいのかと、私の顔はぴくぴくと引き攣るが、これがこの集落では当たり前。子供は皆おませちゃんなのだ。


「うーん、どうだろうねぇ、私には分かんないやぁ」

 動き回る子どもたちを、気弱に宥めることしかできない。もっと怒ればいいのに、それができないから子供たちにも舐められる原因だ。


 あと、個人的には、出来れば性格不一致の円満離婚がいい。無駄に争いたくない。

 そして、トドメに集落の長老魔女が丸まった腰を杖で支え、ゆっくりとこちらに歩いてきた。


「まぁ、まぁ、テュベルーズ。おめぇは、ここの誰よりもよぉ、外の世界でたくさん傷ついてんだぁ。だからよぉ、私からの餞別はこれだぁねぇ」

 特徴的な話し方をする長老から渡されたのは、少し重みのある黒くて薄めの箱。


 その中に入っていたのは、かなり錆び付いた銀の鋏。持ち手には美しい蔦のエンブレムが彫られてる。


あれぇ・・・を切るときはぁ、錆びたやつのがぁ、一等いいからねぇ、ひゃっひゃひゃ。お守りに持っておきぃな。アンタは見た目もなめられるしよぉ、中身も抜けてて、騙されやすぃんだからよぉ」

 何を切らせる気だ、この長老。喉から出かかった言葉を必死に飲み込む。


「あ、ありがとうございます、心の支えにしますね」

 私はそう言って、皆からのありがたい餞別を受け取り、この国に嫁いできた。



 予想してた通り、やはり私の結婚にはなにか秘密があるらしい。ゆっくりと耳を澄ませ、中の話し声を聞く。声の中には、夕雅様の声も混じっていた。


「若様、じぃは心配でございます。この秘密、必死に隠してきたのです。墓場まで持ってても良いのですぞ」

「いや、今日、伝えよう。テュベルーズ殿は悪い人ではない。隠し事は不誠実であろう」

「しかし、雨神様から婚姻を認められたからとて、あくまでも他国の。それも、蹄鉄連合国ていてつれんごうこくの一国なのですよ。この秘密を知られたら、もしかしたら攻め込まれるかも……」

 昼間に大泣きしていたお爺さんらしき声は、不安そうに何かを訴えている。それに対して、夕雅様は毅然とした態度だった。

 まさか、ここで連合国の話が出てくると思わなかった。たしかに、二十年前に連合国の中の数国が扇鶴国の隣国に対して、侵略戦争をしたことがある。

 しかし、連合国の一つとはいえ、緑壁国は参加していない。それどころか、戦争を止めようと奮闘していた側だ。


 私に愛国心はないが、正直濡れ衣のような目線で言われるのは心外である。

 外向的に元々緑壁国と扇鶴国は、今まで直接的に関わりがなかった国。しかし、我が国が遠いこの国を侵略する旨味がない。


 色々考えてた時、私は思った。何をコソコソしてるんだ、私と。

 私に対して隠していることを話したいなら、今飛び入ってしまえばいいのでは。そして、それが離婚材料になるならば、ここで帰ればいい。


 隠し子、浮気、愛人、好きな人、借金、病。

 どんとこい離婚事由!

 できれば、性格の不一致で!



 私は引き戸の取っ手に手をかけた。


 スパーンッッ!

 軽快な音が辺りに響く。


「私に、隠していること、とは、一体何でございましょうか!」

 しゃきっと立ち、腹の底から声を出したつもり。情けない程に私の声は裏返ってしまい、響き渡らなかったが、視線は全て私に向けられた。


「テュ、テュベルーズ殿、も、もう起きておられたのですか!?」

 ゆるりとした藍下黒青を帯びた黒いの羽織に黒い被物を着た夕雅様の瞳が、こちら見て、大きく見開かれる。美しい白銀の瞳に思わず心を奪われそうになるが、勿論ここには他の人達もいる。いるのだが。


「な、なんですの、これは!?」

 私の視線の先に映っていた光景。

 それは、夕雅様の周りに無数にいる、手の平サイズの羽根の生えた人間たちの姿だった。

 

 

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