第12話 ブライトイエローの光

 薄暗い廊下へと進んできたが、先程から同じ光景が続いていた。自分の足音と、木で出来た床のきしむ音しか聞こえない。従姉妹や他の人達から馬鹿にされる理由の一つが、自分が方向音痴であることを忘れることだ。思い出したときには既に遅し。なんとか這い出るか、誰かが迎えに来るか。


 私が住んでいた《白黒の摩天楼》でもよく道に迷っていたし、久方ぶりに足を踏み入れた緑壁国の王宮でも道に迷った。お陰で、ここまでの嫁入り道中はその国の案内の人が用意されており、随分過保護なものだった。


 やってしまったと、私は髪の谷間から取り出したスケッチブックに、指で簡易的なランプを描く。


「《罪作りな夜に会いましょうニュイ・ド・クリミネル》」


 雑に書いたせいで少し歪んだランプの絵を、私は手で掴み上げた。掴まれた絵は平面のまま、スケッチブックから取り出される。強度はないが、光を発することはできるので、意外と重宝するスケッチブックの魔法だ。

 ブライトイエローの弱々しい光ではあるが、先程よりも大分心強い。私はランプという強い味方を手に入れて、どんどんと廊下を進んでいった。


 そうすると、暫くして何やら話し声が聞こえてきた。


「ーーた様にはーーでーー」

「しかしーーーではーーー」

「ーーど、この秘密はーー」

「隠し事になってーーーー」


 秘密……?

 隠し事……?


 私はその時、頭の中に駆け巡ったのは、《白黒の摩天楼》を出ていく直前のことだった。


 武装魔女たちは緑壁国を影から支え、二十年前にあった狂雪山脈からの侵略防衛戦を、たった二十人の魔女たちだけで制した実績もある。そんな彼女たちの血を引いた娘たちは、次の武装魔女になるよう強く逞しく賢く教育される。


 また、魔女の掟に必要不可欠である嫁入りする日は、その成功を祈って全員が送り出す。勿論、私の時もたくさんの人達が来た。


「いやぁ、三十三歳まで結婚できないなんて、前例はないわよぉ。あんた一応王族の娘でしょ?」

「私なんて二十歳の時にはもう武装魔女でひまよ。テュベルーズ姉さん、遅すぎですよぉ」

「あんたは道覚えられないんだから、婚家から追い出されたら、寄り道せず真っ直ぐ帰ってきなさいよ」

 先に武装魔女になった友人や、妹分の武装魔女たちは、口々に言いたい放題。

「皆、もう少しこう、真心ある言葉くれないかな?」

 鋭すぎる正論に私は顔を引き攣らせるが、魔女たちの言葉は止まることを知らない。


「ヒャヒャッヒャッ、男なんて軟弱で碌でもねぇよぉ、離婚、離婚さっさと離婚! 私の旦那なんて、弱すぎてねぇ、離婚する前に死にやがって、今じゃこれだよこれぇ」

「あぅあぁぅ」

 不慮の事故で旦那を亡くした姉貴分の魔女は自分の赤子をあやしながら、靴のヒールとして加工した旦那の腕を私にとんとんっと見せつける。靴を手のひらで支えるようにかかと部分になっている骨。正直、それを知った時は、全身の血の気が引いた。


「ういっく、本当に、見た目は母譲りなのに、色仕掛けもできない、まぬけで、お人好し!ひっく、旦那に騙されそうだ、ケッケッケ」

 少ししゃがれた酒焼けの声、仮面を少し持ち上げて酒を飲む魔女。

 色仕掛けは恥ずかしくて無理だし、抜けてるせいで悪戯は全て引っかかる。肉弾戦もこの集落では弱い方。魔法も戦闘向きではない。


 ただ、最も厳しいのは、この人たちではない。


「テュベルーズねえさま、ほんとうに大丈夫?」


 最も恐ろしいのは、悪意のない悪意。純真無垢な子供たちである。


 

 

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