第11話 猩々緋のドレス
声がした扉の方に、思わず顔を向ける。
その瞬間、私は人生で初めて、目を奪われるという意味を知った。
「立ち入りの禁止のはず。君は、何故ここに」
「婚約者様がコソコソと抜け出して、気にならない人がいると思いますの! それで、このドロボウネコは!」
驚く兄に、キンキンと叫ぶ兄と少女。その少女が着ている服は、私が見たことがないほどに鮮烈で目に焼きつく
幾重にも重ねられた布地は艶やかな光を纏い、彼女の曇りのない
激昂し涙を流す彼女の姿も、責められ困り果てる兄の姿も、全てが初めての光景なのに。
私は目の前にある彩りの美しさに全てを奪われ、それ以外何も覚えていない。
暫くして、侍女がやってきて事態は一時収束したらしい。ただ、私の視界から消えていくその色を追おうとした私は、侍女の手によって阻止されたことだけを覚えている。
夜、私は部屋にある鏡を見た。今まではただ服を着る時に確認のため見ていた鏡。
そこに映るのは、固くうねりのある
彼女は、私のことを醜いと言っていた。醜いってどういう意味なのだろう。
醜いという言葉を部屋にあった辞書で調べた。意味はなんとなく理解した。
ああ、私は醜いんだ。幼い頃に植え付けられたその言葉は、今も私の心にしっかりと刻まれている。
目に焼き付く美しい色を纏った彼女と、醜い私という概念は今もなお私の根本だ。
少しばかり呼吸が苦しくなった私は、これ以上昔のことを思い出すのを辞めて、ゆっくりと顔を上げる。
もう既に陽が落ちてきて、視界の先には美しい夕陽が広がっていた。空色と、黄金色と、緋色と、青黒色。四色のグラデーションが少しずつミッドナイトブルーに飲まれていく。
「なんて、美しいの」
色に全てを奪われるように、美しい夜をスケッチブックへと必死に留めていた。
「んんっ……はわぁ……」
気づけば、私は布団の中で眠っていた。外はまだ日が昇る直前で、ミッドナイトブルーが一度
コルセットがない。また、あのドレスではなく薄紫の着物のようなものを着ていた。風呂に入っていないはずの身体も、なんだかスッキリしている。大抵は朝起きて後悔するが、顔の頬の乾燥以外はあまり気にならない。
どういうことだろうと、私は困惑しながら身体を起こす。平たい布団に慣れてないのか、身体は少し痛いが、慣れれば平気なくらいだろう。
それにしても、寝起きだからか、喉の乾きも酷い。
外にいる誰かに水を貰おう。それにしても久々によく寝た気がする。私はぼーっと考えながら、部屋から出ていった。
さて、知らない大きな館の中で、考えもなしに歩くとどうなるだろう。
答えはとても簡単。
「ここ、どこかしら?」
迷子になるのだ。
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