第10話 キャラメルのタルトタタン


 しかも、入室できる人は限られている。たまにやってくる父親と、王太子である無口で無愛想な異母兄、ほぼ毎日やってくる一人の侍女兼家庭教師の三人のみ。

 産んだ母親は、私を産んですぐ原因不明の突然死したそうだ。一応、私と兄の上には二人の姉がいるらしいが、私は彼女たちに一度も会ったことはなかった。


「王女様、お食事の後はお勉強の時間です」

「はい、先生」


 起きて、ご飯を食べて、勉強して、ご飯を食べて、勉強して、金盥でお風呂に入って、寝る。


「王女様は本当に頭が悪いのですね。こんな事も知らないなんて」

「申し訳ありません、先生」

「そんなことでは、貴方のような世間知らずは外に出ても犬死するだけです」

 ほぼ毎日知らないことを教えられ、罵倒されつつも色んな事を叩き込まれる。


 どこにも行けない狭い一室で毎日を過ごし、いつかもしかしたら外に出れる事を夢に見る。

 生まれてからこの方、それが当たり前だと思っていた。


「私のルージー、君がいい子のまま育ち、大人になったら色んなところに行こう」

 たまに来てくれる王である父親の言葉が、唯一の心の支え。勉強が出来て従順ないい子であれば、本でしか見たことのない外の世界に行けると信じていた。


そんなある日のこと。遠くから音楽が聞こえるのを感じながら、私は自習をしていた時だった。


「これをやろう」

「わあ、お兄様、ありがとうございます」

 相変わらず不機嫌そうな兄が、お皿の上に乗せたキャラメル色のケーキを持ってきてくれた。

 袖に隠し持ってきたのだろう、無惨にも生地が潰れ、ボロボロなケーキ。それでも、林檎らしい果肉もちゃんとあり、私にはご褒美にしか見えなかった。

 私は兄の持ってきたフォークを使い、ワクワクしながら食べ始める。甘酸っぱいが、くどくないリンゴと、タルト生地のほろりとした感じがなんとも新鮮なケーキだった。


「美味しいです」

「そうか」

「これは何ケーキですか?」

「リンゴのタルトタタンだ」

 基本ケーキを食べることが出来なかった私には、特別な日のご馳走。目を輝かせ頬張る私を見て、兄はいつもこう言っていた。


「憐れだな」と。

 小さい頃はそれがどういう意味なのか、私にはわからなかった。

 けど、こんな部屋に閉じ込められて、逃げようとせず従順にいることが、彼の目には憐れに映っていたのだろう。


 けど、この時、私の運命は大きく変わることになる。


「まあ! ティガー様! そのみにくいオンナはだれですの!」


 人生で聞いたことがない甲高い怒声が、部屋に響き渡ったのだ。

 

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