第9話 純白のお迎え
人力車で移動し、到着したのは大きな平屋の館だった。その頃には顔を真っ赤にしていた夕雅様も落ち着き、しっかりとエスコートしてくれた。
瓦というものが積み重なって出来た鉄紺の屋根。
香りのいい木造の建築。家の中に上がるために、この国では靴を脱ぐようだ。履物を脱いだ夕雅様に続くよう、ピンヒールブーツを玄関で脱ぎ、家へと上がる。
足の平が床にぺたりとくっつくと、今まで溜まっていた疲労がどっと出てきた。良く見ればむくんでいるのか、ブーツの締め付けの跡が赤く凸凹と残っている。思ったよりも、身体は疲れているようだ。こういう時に、自分の年齢のことを思い出してしまう。
「今日はお疲れでしょう。お部屋にてお休みください。明日の夜に、歓迎の宴を致します」
「お気遣い感謝致します」
優しい夕雅様たちの配慮に、私はほっと胸を撫で下ろす。これから宴と言われたら、私の体力的にも精神的にもなかなかにキツイものがある。
「それでは、また明日お会いしましょう」
「はい、明日」
去っていく私を見送る夕雅様。私は後ろ髪惹かれる気持ちを感じながら、無表情な使用人の女性と共に部屋に向かう。
案内された部屋は見事なものだった。美しい庭が見え、内装も品がある。今私は若草色の畳の上で、茶色く艷やかな塗装の椅子に腰を掛けていた。本来ならば扇鶴国らしく足を折って床に座るべきなのだろうが、私に気を使って椅子を特注したと、先程の使用人が話していた。
「本当に新鮮なことばかりね」
使用人が去った後、じっくりと周りを見渡し、ぽつりと言葉を溢す。木目の美しい柱、なめらかな畳、部屋に飾られた調度品、美しい砂絵が広がる庭。全て一級品の芸術だ。
しかし、それ以上に、私の視線を独占するものがあった。
「これは……たしか、扇鶴国のウェディングドレスよね……」
まさに純白の着物が、衣紋掛けに掛けられ、背を向けて私の前に置かれている。
一応王女として嫁ぐという関係で、扇鶴国の文献は目を通して来た。その時に婚礼儀式についても読んだ記憶がある。
でも、何故大事な着物が何故ここにあるのか。そんなことを疑問に思うよりも、用意されていることに対しての罪悪感のほうが強い。複雑な心境を表すように、顔を歪ませながら、着物をじっと見つめる。
純白のシルクは美しい光沢を放ち、細かな刺繍は扇と鶴と山。全てこの国を象徴するもの。白も様々な白を重ねることによって、色味や明暗のコントラストが生まれている。
美しい白の芸術品。
こんな邪な気持ちの私が、生半可な気持ちで着て良いものなのかと、凄く罪悪感が湧いてくる。
「ねえ、どうおもう?」
私は虚空に尋ねると、私の髪の隙間からスケッチブックがひょいっと顔を出した。
スケッチブックがぺらりと表紙を開き、一番最初のページを私に見せる。まっさらだった紙の上に子供のクレヨンの落書きのような文字が浮かび上がる。
ーーわからない
ーー
実はこの魔法のスケッチブックには自我がある。相談も乗ってくるし、励ましもしてくれる。
でも、たまにこういう無茶な正解を言うのだ。
図書室の魔女。叔母の娘であり、私の同い年の従姉妹のことである。世界の文献を見ることが出来る彼女なら、知ってるだろう。しかし、彼女と最後にあったのは、彼女が嫁いだ時なので十年以上前だ。
それに、最初から最後まで私と彼女は、とても仲の悪かった。嫁いでいく彼女から、最後にと一発食らったビンタの重さは忘れない。
ーー不安?
黙りこくっている私に、スケッチブックも心配してたのだろう。沢山のクエッションマークと共にそう書かれている。
「不安よ。だって、ずーっと、
でも、今の状況は夕雅様より私のが先に死ぬと思うし、随分と歓迎されているようにも感じる。
ーー 子供はいいの?
「子供、欲しいよ。でも、授かりものだし……」
夕雅様との子供か、彼はいい父親になると思う。
しかし、あんな素直で真面目な彼が、こんな私と結婚だなんて勿体ないと思う。もし、将来ある若者と結婚することが、最初の時点で分かったなら断っていた。
それに、子供ができたとして、まともな子育てを知らない私に、ちゃんと育てることができるのか。
子供に、私のような幼少期を送らせたくはない。私は暗い気持ちの中、自分の記憶を覗き込む。
昔、私は緑壁国の王宮に住んでいた。といっても、豪華な暮らしをしていたわけではない。
小さな天窓しか無い、隠し部屋の奥。質素な紺色のワンピースを着て、毎日を過ごしていた。
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