第6話 暴かれる黒

「それでは、まず二礼します」

「はい」

 私は言われた通り、夕雅様に連なる形で二礼。今までにしたことが無いほど頭を深く下げた。

「二拍手をします」

 パン パン

 少し私のが遅いが、同じように手を二回叩く。

「最後一礼をして終わりです」

 先程と同じように深く頭を下げる。簡単ではあるが覚えるには、まだ少し時間がかかりそうな気がする。


「ーーー」

 拝殿の奥の方だろうか。何か言葉にならない声が聞こえた気がし、「えっ」と顔をあげる。拝殿には人の気配がない。

 ただ、声の代わりなのだろうか。空から小さな水の雫が一つ落ちてきた。顔を上げると、あの美しい快晴は一転し、濃灰の曇天に包まれた。降り落ちる雫は数を増やしていく。ただ、その雨は数は多くともきめ細やかな粒で、私に柔らかく降り注ぐ。

 雨に濡れて、不快感がないなんて。天を仰ぎ、蠢く雨雲を眺めた。


「雨神様がこの婚姻を祝福していますね。これで、私とテュベルーズ殿は雨神様に祝福された夫婦めおととなります」

 隣にいる夕雅様を見ると、彼もまた空を見て、なんだか安心したように微笑んでいる。その笑顔を見て、これまでの笑顔には緊張があったのかと、初めて気付かされた。

 彼ほど若い青年がこんな初対面の年上と婚姻か、緊張していてもおかしくはない。


「こんなに雨が心地よいなんて初めて」

「雨の心地よさをテュベルーズ殿と共有できて、私は幸せ者です」

「あら、お上手ですわね」

 ちょっと茶化して笑う。なんだか心がくすぐったいが、それと同時に早く離婚しようとしている自分を思い出し、ちくりとした痛みを感じる。

 余計なことは考えない方がいい。私は雨が地を跳ねる音へと耳を傾けようとした時だった。


「ん? 雨神様、ご褒美とは一体……」

 なんだか慌てた様子の夕雅様。私が彼を見ると、彼もまたこちらを見て、そして、目を見開いた。

 美しい白銀を黒い縁取りが際立たせるような瞳。神秘的な瞳に気を取られたが、すぐに彼の顔は喉から耳まで真っ赤に上気していく方へと意識を取られた。

「テュベルーズ殿!?」

 そう言って、彼は自分の紋付きの羽織を脱ぎ、私の肩に掛ける。そして、そっと視線を反らした。


 え? 何事?

 私は疑問に思いながら、この時初めて首を下に向ける。そして、やっと自分の服装がどうなっているのか気づいた。


 濡羽色艷やかな黒のピンヒールブーツ。

 黒橡色くすんだ黒の下着。

 藍下黒青が滲む黒のコルセット。


 ない。なんでない。

 そう、着ていたはずの自分の魔法で・・・・・・作ったドレスが、跡形も無く消えていたのだ。


「あああああああ! なんでえええええええ!」

 腹の底から出した絶叫が、境内に響き渡る。そして、雨はまるで仕事を終えたかのように去っていき、元の晴天が広がっていた。


 

 

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