第5話 雨色は何色
「どうしました?」
記憶の彼方へと飛んでいた私。声をかけた夕雅様は、黙ってしまった私を心配そうに見上げてきた。
そこでやっと我に返った私だったが、何から話せばいいのかわからなかった。
話を反らしたくとも、ここで反らすのは不自然極まりない。また、会話を伸ばして階段を登りきってしまうにも、まだまだ続く階段を見るに無理だ。
「正直、なんて言えば、良いかと」
「何でも良いですよ、テュベルーズ殿のことを知りたいのです。風景とか、そういうものを教えていただけますか?」
答えを迷う私に、夕雅様が優しい助け舟を出してくれる。自分よりもはるか年下の彼に気を使われるとは、我ながら少し恥ずかしい。
「そうですね、魔女の集落は白い霧と黒色に変色した木ばかりで。この国のような彩りは、ほとんどない場所でした」
助け舟に感謝しつつ故郷の話を、階段を登りつつする。魔女の集落には女性しか居ないと言えば、夕雅様は「それは珍しい」と驚いていた。
「知人が言っていたのですが魔女というのは、何やら不思議な術を使えるとのこと。テュベルーズ殿も?」
「ええ、勿論、後でちょっとお見せしますわ」
魔女の中には、不思議な魔法を使える人達が少しだけいる。勿論使えない人もいるし、その力がちょっと風を吹かせるものから、山一つ砕く怪力まで程度も様々だ。
もし、私の力を知ったら、夕雅様は驚くのかしら。ちょっと想像して、彼の驚く顔が見れるのかと、ワクワクした気持ちになる。
そこからも私の国に関する他愛もない話をしていると、ついに階段も最後の段になった。
最後の段を登ると、そこには横に大きい、豪華な建物がどんっと立っていた。
美しい藍色の屋根に、むき出しである木の模様、金色の金具。大きな箱が置かれ、その上には大きな金の鈴と、紅白の太い縄が伸びている。
その建物に続く石畳みの道。生い茂る葉っぱも、咲き誇る紫陽花の花も、自分の頬を撫でる風も、鼻をくすぐる香しい木の香りも、全てが全て自分の脳裏に焼きつく美しさだ。
「テュベルーズ殿と一緒に、神宮へと
「? ええ、足が痛くならなくて安心しましたわ」
ただ階段を登りきっただけにしては、隣で随分とホッとした様子の夕雅様に、私は少しだけ不安に思いながら言葉を返す。不思議と全く足は痛くなく、寧ろ疲れが癒やされてるような気さえする。
「よかったです。もう少し馴れれば、もっと早く登れるようになると思います」
「確かに、慣れほど強いものは無いと思いますよ。それにしてもこのような建物は、初めて見ました。かなり凝った作りをしてますね」
「ええ、ここは雨神神宮
夕雅様に促されるまま、手洗い場のような場所に連れてかれる。手洗い場の上には、屋根の代わりに木組みに絡みついた藤の花か咲いており、まるで緑の屋根となっていた。なによりも、不自然に屋根の中央から水が降り注ぐという、神秘的な光景である。
夕雅様に教えてもらいながら手を洗ったが、この柄杓使いが難しく、思ったよりも手腕がびっしょりと濡れた。
ドレスのポッケからハンカチーフを出して手を拭い、やっと拝殿と呼ばれた場所へと向かう。
置かれた箱と鈴の前より三歩くらい離れた場所に立った私達、そこで夕雅様が「ここで一礼をお願いします」と優しく教えてくれたので、二人で頭を下げる。そして、箱と鈴の前へと足を進めた。
「このお
渡されたのは白い封筒で、表面には文字のように見えるような繋がった筆文字でなにか書かれていた。
私は言われたように、その封筒を箱に入れる。そして、言われた通りに縄を持って揺らし、上に着いた大きな鈴を鳴らす。
カラン カラン
少し鈍い金属音、初めて聞く音色に私はなんだか不思議な高揚を覚える。
「ありがとうございます。では、作法をお伝えしますね」
鈴の音に何故か感動してる私は、その言葉でハッと背筋を伸ばす。今は婚姻の祝福を受けるために来たのだということを、すっかり頭から抜け落ちていた。隣りにいる夕雅様を見下ろし、私は胸に手を当てる。
「お手数おかけしますわ。頑張って覚えますわね」
「テュベルーズ殿が慣れるまでは、私がお手伝いしますから安心してください」
少しばかり胸を張った夕雅様、愛らしくもあり頼もしくもある姿に、私は思わず微笑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます